現在、主として北海道に居住する日本列島の先住民族。欧文表記は Ainu。
人口は北海道に2万数千人、道外に数千人といわれるが、正確な数は不明。
「アイヌ」はアイヌ語で「神に対する」人間、人を意味し(ほかに夫・父などを指す場合もある)、アイヌ人・アイヌ民族をいう場合にも用いる。
アイヌは、北海道、千島列島、樺太(サハリン)を「アイヌモシリ(アイヌの住む大地)」として、固有の言語と文化を持ち、共通の経済生活を営み、独自の歴史を築いた集団であり、アイヌ民族に帰属することを自認する人々である。
アイヌの起源については様々な説がとなえられてきたが、現在、自然人類学の上からは、縄文時代に広く日本列島に生活していた人々のうち列島北方を居住地としたものが、弥生時代以降も著しい形質上の変化を被らずに中・近世にまで至り、アイヌ民族の主体をなしたという説が有力である。
和人 ( シャモ ) は華夷思想の影響をうけて近世末まで「夷」「毛人」「蝦夷」などと記し、「えみし」「えびす」「えぞ」などと呼んできたが、近世以前にこうしたことばで表現された人々がすべてアイヌであったわけではなく、その具体相についてはまだ明確にはなっていない。
大和政権と「蝦夷 ( えみし ) 」の接触は、記録の上では7世紀中葉の阿倍 ( あべの ) 比 ( ひ ) 羅 ( ら ) 夫 ( ふ ) の北方遠征が最初で、このことを記す《日本書紀》には、「飽田 ( あきた ) ・渟代 ( ぬしろ ) 」2郡の「道奥 ( みちのく ) の蝦夷」、「津軽郡の蝦夷」、「渡島 ( おしま ) ・胆振 ( いぶりさえ ) の蝦夷」が登場する。
この記事の「蝦夷」の理解には諸説あるが、「渡島 ( おしま ) ・胆振 ( いぶりさえ ) の蝦夷」は北海道南部に住むアイヌの祖先、「津軽郡の蝦夷」はこれと密接な交流のある人々とみる説が妥当であろう。
「道奥の蝦夷」とアイヌとの関係については不分明である。
阿倍比羅夫の遠征以後、律令国家は武装植民の形で蝦夷(地)経略を進め、華夷意識を伴う領土拡大政策は、その後も権力層に引き継がれていった。
縄文時代の終りごろまで日本列島はほぼ同様の歴史を刻んできたが、紀元前400年〜前300年ごろから列島中央部(本州・四国・九州)に住む人々の多くが稲作を主軸とした農耕社会へ移行していったのに対し、列島北方地域では、狩猟・漁猟・採集を主とした文化が存続した。
「続縄文文化」と呼ぶ。
この文化は8世紀ころに「擦文 ( さつもん ) 文化」に移行、12世紀〜13世紀まで続いた。
「擦文文化」は北海道のほぼ全域に展開し、津軽半島や下北半島にも痕跡を残している。
13世紀は「擦文文化」から「アイヌ文化」への移行期で、このころからアイヌ文化・民族の形成が始まり、14世紀以降本格的に展開していったと考えられている。
15世紀中葉、津軽半島の十 ( と ) 三 ( さ ) 湊 ( みなと ) を本拠としていた安東(安藤)氏が南部氏に追われて渡島半島に逃亡、侵入、アイヌの生産・生活の場であった主要河川の流域や海岸線に勢力を扶植していったため、アイヌと和人との対立抗争が繰り返され、ついに1456年〜1458年のアイヌの蜂起となった(コシャマインの戦)。
この戦は和人の勝利に終わり、戦功をあげた武田信広が蠣崎 ( かきざき ) 氏を継いで、「道南十二館」を核とした和人社会の覇権を握った。
武田(蠣崎)氏(松前氏の祖)は道南支配の拠点として「上ノ国」に勝山 ( かつやま ) 館を築くとともに、1551年「夷狄 ( いてき ) の商舶往還の法度 ( はっと ) 」を公布して、天ノ川〜知内 ( しりうち ) 川間の地を和人専用の地(和人地)とした。
この法度は、一面ではアイヌとの講和的性格をもち、以後1世紀ほどは比較的良好な関係が維持された。
この時期のアイヌの人々の様子は、フロイスやアンジェリス、ディオゴ・カルバリョら宣教師の報告からうかがうことができる。
それらによれば、彼らは海洋・交易民であり、自分たちの産物(鮭・鰊などの干物、白鳥・鶴や鷹などの猛禽類、鯨やトドなど)のほか周辺諸民族との交易で得た産物を「和人地」や奥羽北部にもたらし、綿、米(酒米・麹米)、酒などと交換していた。
なお水田はなく、栽培穀物は稗 ( ひえ ) が主であったようである。
しかしこうした関係も内部には矛盾をはらんでおり、さらに松前藩の成立と同藩の商場 ( あきないば ) 知行制の展開のなかで、アイヌの人々に対する過酷な収奪や漁猟場の破壊が進み、1669年アイヌの近世期最大の蜂起「シャクシャインの戦」が起こる。
鎮圧戦を進める中で松前藩は、アイヌに対し絶対服従を誓わせた七ヵ条の起請文 ( きしょうもん ) を強要、以後松前藩のアイヌに対する政治的経済的支配は一段と強化され、元禄〜享保期(1688〜1736)に場所請負制 ( ばしょうけおいせい ) が成立すると、「蝦夷地」のアイヌの多くは交易相手から漁場の労務者へと変質を強制させられていった。
松前藩と「奥蝦夷地」のアイヌとの間では、18世紀後半まで商場での交易関係が続いていたが、1780年代に商場を請け負っていた飛騨屋が漁場経営に切り替え、商場内のアイヌを酷使したため、1789年国後 ( くなしり ) ・目梨 ( めなし ) のアイヌが蜂起した(国後・目梨の戦)。
しかしこの蜂起も幕府・松前藩によって鎮圧され、近世末には蝦夷地全域は事実上、幕府・松前藩の統治下に置かれることになり、古代以来、武装植民の形で進められてきた蝦夷地経略=領土化が完了した。
明治政府は1869年、南千島を含む「蝦夷地」を北海道と改称、アイヌの人々を一方的に「日本人」に編入、アイヌ固有の歴史・文化を否定する同化政策を強力に推し進めた。
近世期までの領土化に加え、「皇民化」をはかったのである。
しかもそれは和人と対等な「皇民化」ではなく、著しく差別的な政策であったことは、1875年アイヌの呼称を「蝦夷人」から「旧土人」と改称したことに端的に表現されている。
この「皇民化」、同化政策のなかでアイヌの人々は自らの文化・母語の放棄を余儀なくされていった。
明治政府は1899年、アイヌのさらなる同化と農耕・定住化をはかるため、「保護」を名目に「北海道旧土人保護法」を公布した。
この法律制定は1879年の琉球占領(いわゆる琉球処分)、1895年に開始された台湾統治(植民地化)といった明治政府の対外膨張政策、植民地政策(異民族管理)とも密接な関連をもっており、保護法の内容は1887年に米国で制定された「一般土地割当法(通称ドーズ法)」に範をとったのではないかという指摘がある。
この法律は1937年、1946年、1947年に一部改正や条項の削除がなされたが、その制定経緯、歴史性、内容、差別的名称にもかかわらず1997年まで存続した(同年5月「アイヌ文化振興法」が成立、保護法は廃止)。
近世以来の「和人」による支配、「アイヌ政策」、とりわけ明治政府の同化政策のなかで、土地を奪われ、民族固有の歴史や文化を否定され、母語さえも放棄せざるを得ない状況に追いやられたアイヌの人々は、ただこれを甘受していたわけではない。
1920年代以降、差別的な制度の廃止、偏見の打破を目指した個人や組織の言論活動や運動が展開され、第2次大戦後、こうした動きは一層活発になった。
1980年代以降は「保護法」撤廃、「アイヌ文化振興法」制定を目指した運動を核に、伝統的な文化の保存と復興、次代への継承、母語の復権など「アイヌ民族」の再構築への取組みが様々な場で意欲的に行われている。
しかしアイヌの人々に対する差別や偏見、同化主義は今もなお「和人」社会に根強く存在しており、こうした意識の克服が「和人」社会に課せられている。
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2019年4月、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(通称:アイヌ新法)が成立した。この中で、日本の法律では初めてアイヌ民族を「日本の先住民族である」と明記し、アイヌの生活や文化を保護するための規制緩和や国による交付金制度が盛り込まれた。
しかし、このアイヌ新法の決議には「アイヌの先住民族としての権利保障が記されていない」と14人の反対者が出た他、アイヌの人たちの間でも賛否両論だそうである。
アイヌ文学
アイヌの伝統文化は口頭文芸の豊かな世界を育んできた。
そのうち物語性を持つものには、語りの形態からみて、英雄叙事詩、神謡、散文説話の三つのジャンルがある。
地域によって、英雄叙事詩はユカラ、サコロペ、ハウキなど、神謡はカムイユカラ、オイナなど、散文説話はウエペケレ、トゥイタクなどと呼ばれる。
なお「ユーカラ(ユカラ)」は北海道南部での英雄叙事詩の呼び名であり、この語で神謡や散文説話をあわせて指すべきではない。
英雄叙事詩は、短く繰り返されるメロディに乗せて、リズミカルな拍子や掛け声を伴い、数十分から数時間にわたって演じられる。物語の内容はさまざまだが、超人的な英雄が仇敵と戦った自分の身の上を物語るというものが一般的である。
このジャンルは比較的空想性が強く、過去の事実との直接的な結びつきは薄いとみるべきである。
神謡も短い繰り返しのメロディに乗せられるが、個々の物語に固有のリフレインがひんぱんに挿入される点を特徴とする。所要時間は数分から十数分程度。
物語の内容はやはりさまざまで、動物や自然現象などの神が、神々の世界や人間世界で体験した自分の身の上を物語る、というかたちをとる。
これらに対し、散文説話はメロディを伴わない散文口調で、十数分ないし数時間かけて語られる。
内容のバラエティは幅広いが、一般には、アイヌの伝統的な日常世界のなかに生きる人間が主人公となり、人間世界での数奇な身の上や神との交渉を物語るものだといえる。
近代以降アイヌ民族とその文化の位置する状況は激変した。しかしそのなかでも、伝統的な口頭文芸にとどまらず、新たな言葉や形式をもとりいれながら、アイヌ文学の創造と受容は行われ続けている。
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アイヌ語
日本列島固有の言語のひとつ。北海道方言、樺太方言、千島方言、本州東北方言のうち千島方言と東北方言は消滅。
第2次大戦後、樺太方言の話者はほとんどが北海道に移住。
アイヌ語を母語としている人はごくわずかだと思われるが、近年その復興運動が盛んになってきている。
北海道から東北北部地域にかけての地名には、アイヌ語起源と考えられるものが数多くある。
日本語をはじめ、他の言語との親縁関係については不明であり、日本語同様孤立した言語として扱われている。
元来文字を持たず口承による文学を発達させたが、中でもユーカラ「英雄叙事詩」は有名。
現在ではカタカナをベースとした文字が使われることが多い。子音12個、母音5個。高さアクセントを持つ。
語順は日本語とほぼ同じだが、豊富な接頭辞、接尾辞に加え、目的語、主語や副詞などを動詞に取り込んで、ひとつの文の意味を一語で表わすことができる、いわゆる「抱合性」が特徴である。
アイヌ民族出身の言語学者・民俗学者で、ユーカラ伝承者・金成 ( かんなり ) マツ(1875〜1961)を伯母に、「アイヌ神謡集」の知里幸恵 ( ゆきえ ) (1903〜1922)を姉に持ち、現在の北海道登別市に生まれた知里 ( ちり ) 真志保 ( ましほ ) (1909〜1961)は、金田一京助のもとでアイヌ語を研究、在学中に金田一と共著で「アイヌ語法概説」を著したが、その後「アイヌ語法研究」で独自の文法論を展開。
「アイヌ語入門」では J. バチェラーや永田方正など、先人のアイヌ語・アイヌ語地名研究を痛烈に批判した。
1958年北海道大学文学部教授となるが、不当な差別と抑圧のうえに民族の誇りさえ奪われようとしていることへの抵抗と、アイヌ民族としてのアイデンティティを取り戻そうとする強い意志が、常に研究の根底にあった。
「分類アイヌ語辞典」植物篇・人間篇・動物篇は、アイヌ文化研究の必携書。ほかに「アイヌ民譚集」などがある。
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それはともかく、
ナコルルは「サムライスピリッツ」シリーズに登場するアイヌの戦士である。
旧暦(太陰太陽暦)天明8年10月11日生まれ(新暦(太陽暦)1771年11月17日生まれ)。
身長154.5cm。体重は「語らず」。スリーサイズはB72.7-W48.5-H81.8(初代)、B81.8-W48.5-H81.8(侍魂)、B69.7-W48.5-H78.8(零)。血液型AB。
宝刀チチウシを手に、ママハハ、シクルゥの手を借りて自然を守るために闘うアイヌの巫女。
「サムライスピリッツ」(1993)に登場して以降大人気となり、京都府が主催した「京都遷都1200年記念・緑化フェア」(1994)ではイメージキャラクターとして登場。同年、東京都三鷹市の水道局のポスターに採用された際には、各地でポスター盗難が起こるほどの騒ぎになるなど、ゲームキャラクターとしてはおそらく史上初めて自治体とのコラボレーションを果たし、現在のキャラコラボブームの先駆けとなった。
また、SNKプレイモアが立ち上げた青少年の健全な育成を支援することを目的とした非営利支援活動団体「ナコルル&テリークラブ」のイメージキャラクターにもなった。
格闘ゲームにおける「清楚系キャラクター」の先駆けでもあり、一時期はそのあまりの人気ゆえに、ゲーム雑誌等で格闘ゲームキャラクター人気投票が行われると、「ストリートファイター」シリーズの春麗とともに「殿堂入り」という扱いで投票対象外にされたこともあるくらいである。
担当声優は、
生駒治美氏(「サムライスピリッツ」(1992)〜「サムライスピリッツ閃」(2008))
高橋美佳子氏(「サムライスピリッツ天下一剣客伝」(2005))
千葉麗子氏(テレビアニメ「サムライスピリッツ - 破天降魔の章 -」(1994))
國府田マリ子氏(電撃CD文庫「サムライスピリッツ」(1994))
中原麻衣氏(パチスロ「サムライスピリッツ鬼」(2011)、「KOF14」(2016)、「SAMURAI SPIRITS」 (2019)、「SNKヒロインズ Tag Team Frenzy」(2018)、「KOF15」(2022))
キャロル・アマ−ソン氏(Carol Amerson)(アニメ「Samurai Shodown: The Motion Picture」(1995))
ナコルルというキャラクター自体のモデルは、1985年に公開されたアニメ映画「カムイの剣」に登場するアイヌの少女チオマップ。
(情報提供:霧波シャンティ(アテナ ファンクラブ会長 )@eschajin様)
元気少女 、ナコナコ