「世界を殺す……か」
妙な感慨を込めて、襲撃者アレクトは、小さなため息を吐き出した。
彼女の生命は、儚く、短い。
だが、目的もなく無駄に生命を有する人間に比べれば、遥かに有意義なものだ。
生まれ出でて間もないはずの自分はそう思う。
思うことになんら違和感は感じぬ。
当然だった。
自分は、一つの目的のためだけに顕現した身である。
その目的を果たすことのみが、彼女の価値であり、それ以外の何者も、彼女は内包しない。
彼女を語ることは、すなわち世界を語ることであり、そこに1ミクロンの差違は存在しないはずなのだ。
だが、目前の人間は、今なんと言ったか。
世界を殺す。
小さき生命の死神は、喜劇の一分子も含まれない表情で、そう言い切ったのだ。
大言壮語も程ほどにするがよかろう……。
そう思いもするが、アレクトは不思議と嫌悪感も馬鹿々々しさも感じない。
まともな人間に、そんなことが言えるはずが無い。
だが、世界と同一である彼女は知っていたのだ。
これまで世界を動かしてきた人間に、馬鹿でない者など一人もいないのだ。
たまたま彼女の目前に立ちはだかった少年が、そうではない保障など、どこにも無いはずではないか。
そもそもが、この場を演出している俳優のなかに、普通の人間などいはしない。
世界の具現者たる自分、死神の瞳を持つ少年、教会の代行執行者。
そして……。
アレクトは、志貴を視界の中心に映したまま、その背後にうずくまる少女に焦点を合わせた。
一切の干渉を受けず、魂に内在する魔力のみで並行世界をさ迷う異邦人。
この「世界」から完全に独立し、いかなる制約も受け付けぬ「魂」。
それは、アレクト自身が志貴に語ったように、とても危険な能力であった。
そんなものを、この「世界」が放っておけるはずが無い。
だからこそ、「世界」は自分を産み落としたのだ。
この「異能」を刈り取るために。
その能力が、本人の意図するもであろうがあるまいが、その生存目的がなんであろうが、アレクトには一切関係のないことだ。
アレクトは、視線を再び志貴に移した。
とりあえず、あの異邦人を刈り取るためには、この少年を排除せねばならなかった。
この生粋でありながら純粋な死神を。
「よかろう」
アレクトは腰を落とすと、剣を構えなおした。
その漆黒の剣が、志貴の蒼く光る瞳と不気味なコントラストを描く。
次の瞬間から、この場に香る死の匂いを一層かきたてるであろう。
このコントラストは、その前奏曲だった。
「遠野志貴。その大言、成してみせよ!」
叫ぶと同時に、アレクトの身体が光と変わる。
見るものが見れば、そうとしか形容できぬほど、それは急激な変化だった。
志貴の視界に映っていた襲撃者が、コンマ一秒もかけず巨大化する。
それが時間という概念を無視したかの行動で接近したのだ、という事実を、志貴は殆ど脊髄反射で察知した。
だが、彼も下がる気は無い。
鼻がかする程の至近距離から襲い掛かるアレクトの二本の剣。
一撃すれば志貴の生命を刈り取ることが出来るであろうその切っ先を、志貴は背を反らしながらかわし、襲撃者の小さな身体を思い切り蹴飛ばして間合いを離す。
空で体勢を整え着地したアレクトの顔面に、突進してきた志貴のナイフが突き出される。
こちらも本能でそれをかわした後、再び斬りかかった。
『遠野君、いけない』
志貴の変化に気づいていたシエルは、様々な意味で危惧を覚えざるを得なかった。
志貴が直視の魔眼という異能を有しながら、遠野志貴を保っていられるのは、彼が本来なるはずだった「殺人貴」という未来を「忘却」しているからに過ぎない。
だが、いくら忘却しているとはいえ、その未来が完全に「喪失」することはありえないのだ。
人間はすべての可能性を内包したまま生き、それを内包したまま死んでいく。
人間が起こす行動のすべては、その「可能性」に全てを負っているのだ。
可能性を人間が放出し、行動に移した結果、それは「事実」として世界に認知される。
発現する可能性よりも、発現しない可能性のほうが圧倒的に多いとはいえ、すべての可能性が発現する機会を有している。
それがどのようなものでも、だ。
そして「七夜志貴」の顕現は、「遠野志貴」という人間にとって、もっとも危険な「可能性」だった。
それは遠野志貴という人間を、超体術という名の超能力と、直死の魔眼という異能を併せ持つ、最悪の死神をこの世に産むことになる。
そしてそれは、誰を幸福にすることも無いまま、遠野志貴の人格を侵食し、幾多と知れぬ命を刈り取りながら、彼自身を暗黒で破滅の沼へとじりじりと引きずりこんでいくであろう。
実際、シエルの危惧は的中しつつあった。
志貴は、黄金の髪を持つ襲撃者と剣を打ち合いながら、その「線」を正確に見極めている。
彼の今の目的はただ一つ。
この忌々しい襲撃者を「破壊」───「分割」することであった。
かつて、不死身の吸血姫アルクェイド・ブリュンスタッドを、そうして殺したように。
『我は────────』
志貴とアレクトの斬り合いに、再びシエルが参戦する。
もう何度目か解らぬ殺し合いの展開。
アレクトも、志貴とシエルにてこずりながらも、優勢を保ったまま主導権を完全に握ろうと集中する。
『我は面影糸を巣と張る蜘蛛────────』
遠野志貴の瞳の蒼い輝きが増し、それに反比例して、表情から人間味が消えていく。
もはや、なんのためにこの襲撃者を撃ち滅ぼさねばならぬのか、それすら消えつつあった。
『そうだ、殺せ。殺せ殺せ、コロセコロセコロセコロセコロセココロセ!』
そうだ、殺せばいいのだ!そうすることで全てが解決するではないか。
難しいことは、何一つ存在しない!
「おおおおおおおおおおおおおお!」
志貴の叫びが、彼自身の魂を侵食し、周囲の空気を邪気に染めつつ、飛び散ってゆく。
その変化に気づいたのは、その場では誰もいなかった。
志貴のことではない。
本来ならばこの場の主役になるはずだった少女のことだ。
栗色の髪と、同色の瞳を持つ少女は、志貴、シエル、そしてアレクトの三者による凄絶な死闘から取り残され、一人うずくまったままだった。
元より、アレクトのような人外の化生でもなければ、志貴やシエルのような異能を体内に持っているわけでもない。
あくまで、自覚できる範囲内では、である。
アレクトの言によれば、彼女は自分の知らないところで、世界にとって危険な能力を持っているという。
そして、自分の知らないところでそれを行使し、世界を危険に晒しているという。
そして、自分の知らない力のせいで、殺されねばならないのだという。
そんな馬鹿な話があってたまるものか。
だが、そんな馬鹿な話から、自分の身を守ることすらできぬ無力さに、少女は涙した。
悔しかったのだ。
自分が誰かも判然とせぬ自分には、殺されるしか価値が無いのだ、と、思い知らされたことが。
力なく俯いた身体から、涙と悔しさが漏れ続け、流れ続け……。
そして、全てが流れきった後、残ったものは、郷愁であった。
この凄惨な場に全くそぐわぬ郷愁が、少女の心を支配した。
意図したものではない。
自分が頼るものは、それしかなかったのだ。
それすら無くしたとき、彼女は、自分が人間としてあり続けることの意味をすら、放棄してしまうだろう……。
「私は────────」
あの真紅の背景に彩られた、夕日の丘。
その場で彼女を待ってくれているはずの、優しい面影。
「私は帰還るんだ────────」
自分という魂に内在する、懐かしい景色。
そして────────あの、少年。
「私は、綾人さんのところへ、帰るんだ!!!!」
少女は立ち上がった。
枯れ尽くした涙の代わりに、激しい衝動に支配され、その身は立ち上がった。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ「帰りたい」という激しい欲求だけが、少女を突き動かした。
それが何処かもわからぬのに、少女はそこへ帰らねばならなかったのだ。
自分と、自分以外の誰かのために。
少女は、一人ではなかった。
魂の内には少年がいてくれる。
そして、絶望の淵にあったいまの少女の傍には、翡翠が、そして自分のために戦ってくれている二人がいてくれる。
「私は孤独なんかじゃない」
それは、最初にアレクトに襲われたときの再現だった。
少女の身体を蒼い魔力が帯電し、その白い肌に細く蒼いラインの形をした魔力回路が発現していく。
そして、その小柄な身体を覆うように、小さな蒼い半透明のドームが形成された。
ただ一点、そのときと異なることは、その魔力のドームが、すぐには破裂しなかったことだ。
先の闘いでは、それはシエルの目前で炸裂し、志貴とアレクトを弾き飛ばした。
だが現在は、音もなく少女を覆ったままだった。
それは、彼女に障るすべてのものを排除するかのようでもあり、彼女の小さなテリトリーを守っているかのようでもあった。
少女は、ゆっくりと立ち上がった。
その視線の先には、世界と死神と神の代行者との闘いが、間断なく続いている。
そのうちの誰かが殺されない限り、そして、最終的には自分が殺されぬ限り、この悲劇は終わらぬのだろう。
少女は、自分でも驚くほど冷静な視線で闘いの場を眺めていた。
だが、それも二瞬ほどのことだった。
自分が原因で始まったのなら──。
少女は、一歩を踏み出した。
後ろではなく、前へ。
自分の意思で。
自分の手で、何らかの決着を──。
そして、しなやかな動作で、その白い手を、三人に向けた。
「──── 固有結界 ──── 叛鏡絹域 ────」
そして、少女の視界が白く染まった。
自分の背後で強力な魔力が躍動するのを、ことここに至ってようやくシエルが気づいた。
だが、自分がしてはいけない隙を作ってしまったことに、すぐに後悔する。
「先輩!」
志貴の叫び声が鼓膜に響くのと、自分の腕に激しい痛みが走るのが、ほぼ同時だった。
意識を保つのがやっとというほどの過酷な戦闘のなかで、この可愛げのない金髪紅瞳の襲撃者は、シエルがつくった一瞬の隙を見逃さなかったのだ。
その細腕に握られた漆黒の剣が、シエルの左腕に突き刺ささり、切っ先が後背の空間にまで貫通した。
「……ッッ!」
声にならない叫びを空中に放ち、シエルは動く右腕で剣を振るいつつ襲撃者から距離をとる。
離れる瞬間、左腕から剣が抜け、新たな血が地面に零れ落ちた。
アレクトが、体勢の崩れたシエルを追う。
志貴がその背中から切りかかり、注意をそらせようとする。
次の瞬間、アレクトの視線がシエルから離れた。
だが、襲撃者がシエルから視線をはずしたのは、志貴のせいではなかった。
シエルから数秒遅れて、アレクトも気づいたのだ。
本来、この場にありえぬはずの光景が、目前に展開されている。
彼女の真のターゲットとなるべき少女の身体を覆う魔力の渦と、その白い肌を覆う、考えられぬ量の魔力回路。
そして───────。
「遠野君、伏せて……ッ!!」
シエルが口から、血と同時に声を吐き出す。
恐らく、シエルだけだったのだ。
この次の瞬間に起こりえる事態を予測しえたのは。
「なんだってんだ!」
志貴はなにがなんだかわからなかったが、シエルの言葉を行動に移すだけの理性は残っていた。
そして、そのわずかに残っていた理性が、二重の意味で彼を救った。
次の瞬間だった。
白い閃光が、周囲を漂白する。
シエルには確認する必要も無い。
それは、あの栗色の髪の少女が発したものであろう。
思わず三人ともがまぶたを閉じ、更に腕で視界を保護した。
そして次の瞬間、突風が三人を襲った。
激しくは無い。
だが、強力な意思を感じさせる力の波。
それは、三人でかわされていた死闘を中断させるに充分な要素となりえた。
その閃光と突風とに耐え切ったあと、全てが終わったのを確認してから、志貴は眼を開ける。
そして、驚愕の色を表情に浮かべた。
それは彼だけではなかった。
シエルもそうだった。
────世界が、漂白されていた。
信じられぬ光景だった。
たった今、先ほどまで、様々な色彩で彩られていたはずの世界が、白一色に塗りつぶされていたのだ。
世界は、ものの輪郭だけを淡いグレーに染めて、それ以外の一切の色彩を奪われていた。
音も風も、白い物体以外はなにも存在しなかった。
自分たち以外に、動くものすらなかった。
まるで、色を塗り忘れた風景画のデッサンの中に閉じ込められたような、奇妙極まる印象だった。
そして、その漂白の世界の中で、色がついたままの者が、三つだけ存在した。
遠野志貴、シエル、そして栗色の髪の少女だ。
志貴が特にその少女に印象的だったのは、その瞳である。
先ほどまで栗色の輝きを発していたそれは、今や白一面に染まった世界の中で、蒼色の輝きを放っていたのだ。
先ほどまでの彼自身と同じように。
誰も、何が起こったのか、まったく理解していなかった。
世界を漂白した少女自身ですら。
だが、その中で、最も特異なことに気づいたのは、やはり明敏なシエルだった。
たとえ傷ついていても、こういう常軌を逸した世界の中にあっても、彼女の冷静さは群を抜いている。
シエルが気づいたのは、襲撃者アレクトのことである。
コンマ数秒呆けてしまった後、シエルはアレクトに視線を向けた。
かの可愛げのない襲撃者も、この世界の突変に、やはり慌てふためいているのか。
否、そうではなかった。
世界と同じく、アレクトも漂白されていたのだ。
先ほどまで生気に溢れていたその金髪の襲撃者は、黄金の髪の色も、真紅の瞳の色も、そして禍々しい一対二本の漆黒の色もすべて奪われ、その輪郭のみを残して、白に染められていたのだ。
その表情は、志貴とシエルがこれまで見たことも無い表情で固まっている。
この冷静な襲撃者は、驚いていたのだ。
だが、動けないわけではないらしい。
三十秒前までの俊敏さからは想像もつかぬ鈍重さではあるが、気丈にも表情を再び冷静に組み替え、剣を構えようとする。
この襲撃者にとっては、なにもかもが予想外であった。
志貴の覚醒も、シエルの腕前も予想外だったが、最大の誤算は、今や「世界を止めてしまった」栗色の髪の少女、彼女が抹殺すべきターゲットだった。
この瞬間、目前に起こっていることを正確に認識しているのは、アレクト一人である。
あの少女は、こともあろうに、「世界」を「拒絶」したのだ。
自らを望まぬこの「世界」を、自らの意思で。
それがたまたま「固有結界」というかたちで発現してしまったのである。
この漂白された「世界」のなかで、最も制約を受けているのはアレクトである。
というよりも、彼女以外に制約を受けているものなど居はしない。
少女が拒絶したのは「世界」であり、同時にアレクトは「世界」の一部だからである。
重かった。
身体がいうことをきかぬ。
瞬きするのさえ、力を必要とした。
剣を構えなおす、その行為ですら、全身の力を総動員しなければならなかった。
馬鹿な!その思いを、今度はアレクトがする番だった。
たとえ世界を拒絶する願望を個人が持ったとしても、貧弱な容量しか持たぬ人間の脳と魂一対で、このような大それたことが可能なのか!
この世界を演出した本人である少女は、腕を下ろすと、その瞳を蒼く輝かせたまま、叫んだ。
「今です!」
その声にもっとも俊敏に反応したのは、やはりシエルであった。
この漂白された世界のうちにあって、なんの制限も受けない彼女の技は、すべての制約を一身に受けることとなった襲撃者に、一辺の慈悲をかけることもなく炸裂する。
「セブン!」
シエルが叫ぶと、その腕に空気中から湧き出たかのように、瞬間的に巨大な銃が握られていた。
握られて、というよりは、脇に抱えていた、というほうが適切かもしれない。
銃というよりも、その巨大さは、「銃の機能を有する鈍器」以外のなにものでもない。
シエル最大にして必殺の概念武装、第七聖典────。
それがいま、彼女の腕の中に現れたのだ。
シエルは動きのとれない襲撃者に体当たりを敢行すると、その小柄な身体を、その銃の鉄杭としか表現のしようのない太い銃身に突き刺し、高々と天に向かって突き上げたのである。
「カルバリオ・ディスピアー!!!!」
動きのとれないアレクトの身体に、次々とその攻撃が炸裂する。
その一撃が必殺の破壊力を誇る銃身である。
それを、アレクトの肉体に、何発も何発も炸裂させる。
周囲には、その概念攻撃の要素である聖典のページが、紙ふぶきのように舞い散る。
その一枚一枚が、対象の命を確実に削り取る、凶悪な紙ふぶきだった。
このあたり、戦闘者としてのシエルは、まるで容赦というものがない。
標的を完璧に抹消する、という概念においては、実はシエルとアレクトは、そう遠い位置にあるわけではないのである。
ドン、ドンという鈍い炸裂音が、ほとんど一瞬のうちに、両手の指ほどの数も炸裂すると、ようやくアレクトの肉体は地面に弾き飛ばされた。
シエルは第七聖典を「消す」と、構えることもなく、その襲撃者の方向を向く。
剣を杖変わりとして立ち上がったアレクトの姿に、志貴と、その後背に立つ少女は息を飲んだ。
穴だらけだったのだ。
アレクトの肉体は、無数の生々しいクレーターに抉られ、貫通した部分は、円形に吹き飛ばされていた。
上半身と下半身、腕や足がその元にくっついているのが不思議なほど、それは無残な姿だったのだ。
顔の右半分を吹き飛ばされたアレクトは、それでも残された左目にありったけの憎悪をこめて、シエル、志貴、少女の順番に、視線の毒針を打ち込んだ。
志貴が、なおの戦闘を予感してナイフを構えたが、それをシエルは、動く右腕で制する。
志貴が改めて襲撃者を見る。
もはや原型を留めていないその肉体は、足元から消滅しつつあったのだ。
それはまるで、塩の柱が蒸発する様を連想させた。
首の下まで消滅したところで、襲撃者は言葉を発した。
「これで終わったと思うな。その少女は、ますます危険な存在となった。他の誰でもない、彼女自身のせいでな……」
そして、アレクトは粒が空間に溶け去るように、全身を消滅させた。
……誰も、一言も発しなかった。
勝利したというのに、誰も喜びを口にしなかった。
とてつもない疲労感と、納得できぬ焦燥感だけが、三人には残されたのだ。
急激に世界が色彩を取り戻していく。
それまで白一色のデッサンだった風景画に、急に色が重ねられたようだった。
地平線から自分の足元まで、元の、志貴がよく知っている自宅の庭が戻っていた。
風も音もある、生命力のある風景。
そして、それを確認するかのようなタイミングで、栗色の髪の少女が地面に倒れこんだ。
固有結界の生成が彼女自身に負担を強いたことは、疑いなかった。
シエルは少女を抱き起こしつつ、周囲を見渡す。
部屋の中から庭に至るまで、自分が投げた黒鍵が鉄の林と化して、文字通り林立していた。
────これで終わったと思うな。
襲撃者アレクトはそう言った。
第三幕があるのか。
あるとすれば、それはどのようなものになるのか。
そして、この少女は如何なる者なのか……。
何一つ、解決していないな。
シエルはそう思う。
少女を抱き起こしながら、志貴に目をやる。
彼は、呆然と立ち尽くしているだけだった。
誰一人として、次に起こりうる情景を、想像すらできずにいた。
まだ……。
(To be continude...)
(初稿:08.05.10)