友ら来たりなばA

004

「で? なんで今日はこの三人なんだ? 俺たちは、てっきりアンディ君とジョー・東だと思ってたんだが」

 リョウが新しいビールの蓋を開けながら、当然の質問をした。
 それを聞いてテリーとマリーは苦笑し、それまで談笑していた舞は、一瞬固まってしまった。

「?」

 リョウと香澄とユリは不思議そうに、お互いの近くにいる客をみつめた。
 突然、固まっていた舞が、おたまを振り上げて叫んだ。

「アンディですって!? 知らないわ、あんなヤツ! この私を袖にするなんて!」

 あまりといえばあまりの迫力に、香澄たち三人は、ずざざっとキッチンの一隅にかたまってしまった。

「ひょっとして、またケンカしたの?」

 ユリがおそるおそる聞いてみる。
 アンディと舞は、最早周辺公認のカップルと化しているのだが、昔も今も「奥手なアンディ」に「積極的な舞」という図式は、一向に変わらない。
 テリーなどから(そして、たぶん他の誰から)見てもアンディは少し求道者的でストイックな面が強すぎる。
 もっと進んだ仲になりたい舞としては、なかなか叶わない願いに、ストレスがたまる一方なのだ。
 それが原因で、ケンカも多いのであった。
 しかし、今回のケンカは少し深刻なようである。

「アンディのヤツ、何があっても修行修行でさ。
 まぁ、本人がやりたいならそれでもいいんだけど、私の誕生日まで忘れて修行してんのよ!? 信じられないと思わない!?」

「わかった、わかりましたから、おたまを振り回さないで下さい!」

 香澄が背後から必死で舞をなだめるが、ユリも香澄も舞の気持ちはわかる気がした。
 舞の誕生日は1月1日。
 つまり、同居している女性を放り出して、正月も関係なく日柄一日鍛えているのだ。
 格闘家としてはわからぬでもないが、相手の女性としてみればやりすぎだという気がしないでもなかった。

 勢いよくまくしたてて少しは落ち着いたのか、舞はおたまを下ろして再びキッチンに向かう。
 香澄とユリ、マリーの三人も後についてもとの位置に戻った。
 もう料理自体は殆ど完成しているので、あとは盛り付けるだけなのだが。

「でさ、私もついぶっちぎれちゃって、家を出たのよ。
 それで別に行くあてもなかったから、テリーと合流したの」

「い、家出!? いつから!?」

「んー、正月の二日。
 もう半年くらいかしら」

「半年も帰ってないんですか!?」

「半年も一年もないわ。
 アンディが自分で謝りに来ない限り、絶対に帰らないんだから。
 もっとも、アンディにしてみれば私よりも不知火流の方が大事らしいから、迎えになんてこないでしょうけどね!」

 四人はできた料理と、それを盛り付けるための皿をテーブルの上に並べた。
 香澄とユリはなんとか舞の話についていっているが、リョウはまだ呆然と聞いている。
 彼にしてみれば、二人の行動どちらも極端にみえてしかたなかったのだ。

「で、でも、不知火流の正統継承者は、不知火の姓を継いだ舞さんなんでしょう? その人が道場を開けちゃっていいんですか?」

 香澄が舞の隣で手伝いながら聞く。
 不知火流はもともと、体術と忍術の二系統から成立しており、その体術のほうをアンディが、忍術のほうを舞が継いだのである。
 不知火も道場を持つが、教えられるのはもっぱら体術のほうだった。

「それは大丈夫。
 体術のほうはアンディが道場で教えてて心配ないし、忍術のほうは昔から一子相伝なの。
 もともとのスタイルが違うのよ。
 だから、無理に私がアンディとくっつかなくたって、私が自分の子供に忍術のほうを教えさえすれば、それで万事解決ってわけ」

「はぁ……」

 理想では体術と忍術を同時に究めてこそ真に極めたと言えるのだが、不知火八百年の歴史の中でそれをやりとげたのは、舞の祖父である不知火半蔵ただ一人である。
 マリーはサラダをユリから受け取って並べながら、くすくすと笑った。

「マイはテリーのこと、気に入っちゃったのよね?」

 舞は香澄と一緒にエプロンをとりながら、少しだけ顔を赤らめて、微笑んでテリーのほうを見る。
 見られたテリーは、「なに?」といった表情で、ビール缶を持ったまま舞とマリーを順にみやった。

「そうよね〜。
 アンディももちろんいい男なんだけど、「お兄ちゃん」の男らしい奔放さも私の好みに合わないわけじゃないって最近思うようになったわ」

 癖になっているのか思わずアンディを擁護してから、舞はちょっとだけ意地の悪い笑顔でテリーを見つめた。

「強引に迫られたら、色々OKしちゃうかもよ?」

 挑発的な舞の流し目に刺されて、テリーはビールを気管に入れてしまい、思いっきりむせてしまう。

「おいおい……」

「はっは、責任重大だな、伝説の狼よ!」

 リョウがビールの缶を持ったまま、ばんばんとテリーの背中を叩く。
 が、彼の笑顔はすぐに引きつることになる。
 逆襲という言葉遣いでもないが、テリーが切り出したのだ。

「で、そういうあんたはどうなんだ、リョウ?」

 言って、ちらっと香澄のほうに目をやった。
 舞がそれを受けて香澄の方に向き直る。

「そうそう、私も聞きたかったのよ。
 なんで香澄ちゃんがここにいるわけ?」

 今度は、リョウを含めた全員の目が香澄に向けられる。
 別に隠すようなことでもなかったので、香澄は正直に話した。

「ふーん……」

 香澄の話を聞いて、コーヒーに口をつけていたマリーが妙に感心したように頷いた。
 舞が料理の講義をしていたにしては、何故かテーブルの上に広げられたのは、いかにもアメリカのパーティー料理である。
 それも量が半端ではない。
 ユリは最初、男三人が来ると思っていたので、簡単でたくさんできる料理を選んだのだ。
 舞は、その手伝いをしていたから、別に講義をしたからといって、料理を和風に変えたわけではなかった。

「香澄ちゃんも大変ねぇ、毎度毎度お父さんを……」

「いや、もう慣れました」

 香澄も苦笑して答える。
 何度も聞かれて何度も答えたので、答え方も手馴れたものだった。
 誇れることでもないのだが。

「で?」

 舞が、にや〜と笑いながら香澄に顔を近づけてくる。
 香澄は何かよからぬ予感を感じて、ちょっと後ずさる。
 だが、舞は香澄の耳元に顔を近づけてそっと呟いた。

「な、何でしょう?」

「お父さんを見つけるのだけが目的で、準備も整いなおしたなら、別にここでなくてもいいわけよね?」

「は、はいっ!?」

 いきなり何を言い出すのか? といった風に香澄は舞を見つめる。
 しかし、舞のほうはあまり気にしていないようだ。

「さっき、リョウさんが「香澄」って呼び捨てで呼んでたわよね?」

「……………………」

「それに、甲斐甲斐しく返事してたわよね?」

 舞は、彼女らしい笑顔で香澄を見つめた。
 年下の友人をちょっとだけからかうような、悪戯心半分の笑顔。
 香澄は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 彼女の本心は、舞に見事に見抜かれてしまっているようだった。

「将来は、極限流総帥の若妻……かな?」

 舞がリョウと香澄を順々に見ながら、香澄の答えを導こうとする。
 香澄は俯いたまま、ぽつりと答えた。

「あ、あの……」

「あの?」

「リ、リョウさんがその気になっていただけたら、わ、私は……」

 両手の指をでたらめに絡めながら、香澄は言って更に俯いた。
 ユリとマリーは勇気ある告白に微笑み、舞は「よく言った」と香澄の頭を撫でた。
 香澄と舞の表情でそれに感づいたらしいテリーは、笑いながら、

「責任重大だな、我が友マイ・フレンドよ!」

 と、隣に座って嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな複雑な表情をしているリョウの背中をポンポンと叩いた。

005

 その後、しばらく食事は静かに進んだ。
 とは言え、香澄にとってはそれどころではなく、顔を真っ赤にしたまま伏し目がちに、細々と食を続けている。
 なにせ、公衆の面前でのリョウへの爆弾告白である。
 しかもそれは、テリーと舞の話の流れに乗せられた完全な不意打ちであり、さらっと言ってしまった後の、気恥ずかしさやら後悔やら自責やら、色んなものに心を侵食されて、香澄は顔を上げることができなかった。
 しかし、そんな香澄を置いてきぼりにして、場は盛り上がっていた。
 話はユリのメール友達の方に移っている。
 ユリはKOFで闘った格闘家たちを始めとして、たくさんの知り合いと交流を深めていたのだった。


「一番頻繁にメールくれるのって、誰?」

 やはり興味があるのか、舞がサラダを口に運びながら、訊いてくる。

「意外なとこだとゼロさん(オリジナル)とかけっこう筆まめだけど、やっぱり同年代が多いかな。
 中国のアテナちゃんとか、ケンスウ君とかよくくれるよ?」

 ユリは、中国在住の青年の名を出した。
 椎拳崇。
 前述の麻宮アテナと同門で、やはり超能力+中国拳法という、他に類をみない格闘パターンで闘う。
 酔拳を主とする彼らの師・鎮元斎がどのように彼らの修行をつけているのか、ユリだけでなく彼らを知る誰もが知りたがったものだった。

「そっか、アテナちゃん、自分のホームページ持ってたもんね。
 でもケンスウ君も?」

 ユリは自分のコップによく冷えたジュースを注ぎいだ後、ペットボトルをマリーに渡した。

「うん、よくくれるよ。
 アテナちゃんが使ってるパソコンを使わせてもらってるんだって。
 お師匠の鎮さんが一番興味あったみたいなんだけど、結局二人で使ってるみたい」

「なんだかんだ言って、あの二人も仲がいいわよね。
 アテナちゃんがかなりニブいから、恋人同士にはなってないみたいだけど」

「そうそう、それなんだけどさ!」

 マリーがさらりと言った言葉にユリが大きく反応したので、マリーは思わずコップに注いでいたジュースをこぼしそうになってしまった。

「どうしたの!?」

 舞と香澄もフォークを止めてユリのほうに耳を傾けた。

「一ヶ月くらい前にケンスウ君、ついに告白らしくて。
 今、つきあってるみたいよ、あの二人」

「えええっ!?」

 三人が三様に声を上げた。
 それもそのはずだろう。
 ケンスウがアテナに好意を持っているのは、彼らを知っている人間で知らない者はいなかった。
 ただ一人、アテナ本人を除いては。
 ただでさえこういうことに鈍い彼女は、アイドル活動と格闘という生活を心底楽しんでいたから、気が付かなかったのだが。

「それで、二人から別々にメールが来るんだけど、二人とも文章が大混乱しててさ。
 最初はなにが書いてあるのかわかんないのもあったよ。
 特にアテナちゃんが」

「へぇ〜」

 これ以上ないほど驚きの表情をした舞が、ようやく少し落ち着いて、フォークを握りなおした。
 香澄は隣のユリの方に顔を向けたまま、並々と注がれたジュースに口をつける。

「しかし、あの二人、うまくいくのかしら。
 私が言うのもなんだけど、ちょっと変わったとこあるじゃない」

 そう言ったのは、おそらく四人の中で一番落ち着いているマリーである。
 舞が、くすくすと笑いながら言葉を継いだ。

「変わってるっていうなら、私たちも知り合いもみんなそうだって。
 普通は手や足から気弾だの炎だの、飛ばさばいでしょ?」

 ユリも香澄も、思わず苦笑混じりに頷いてしまった。
 性格的にはともかく、そういった能力的には、一応自覚はしているのである。

「それで、二人、うまくいってるの?」

 改めて舞が問うと、ユリは難しい顔をして腕を組んだ。

「いや〜、やっぱり難しいみたいだよ。
 ケンスウ君も、年の割になかなかかわいい顔してるから、KOFの女性ファンから結構ファンレターが来るらしいんだけど、アテナちゃんがマイペースに見えて物凄いヤキモチ焼きみたいでさ。
 ケンスウ君がにやにやしながら手紙を読んでるのみて、凄く怒るんだって。
 最初はケンスウ君も控えてたんだけど、アテナちゃんがあまりに口うるさいから、「お前だって男のファンがおるやないか!」って、大喧嘩したって言ってた」

 ちなみに、ケンスウはユリよりも一つ年上である。

「あのお二人の喧嘩は怖そうですね。
 だって、超能力ですよ?」

 思わず「幻●大戦」のようなおどろおどろしいものを想像をして、香澄が隣でぶるぶると震えてみせた。

「で、どうなったの?」

 舞の目が段々輝いてきた。
 自分がアンディと喧嘩中なのを棚に上げて、やっぱり他人の喧嘩には興味があるらしい。
 マリーは舞の隣で苦笑してしまう。

「うん、アテナちゃんはケンスウ君に嫌われたんじゃないかって、泣きそうなメールくれたよ。
 ケンスウ君も珍しく弱気になってたみたいだけど」

 ユリはフォークにパスタを絡めながら言った。

 二人からのメールは、とにかく感情の起伏が極端だった。
 嬉しいときは、読んでいるほうまで嬉しくなってくるのだが、怒っているときはひたすら怒りっぱなし、気弱なときも最初から最後までそうだ。
 特にアテナは、ケンスウと交際を始めてから、メールの内容は彼のことだらけになった。
 三日に一通ほどのペースでくるのだが、実に内容は細かい。
 もう「誰かに話したくて仕方がない」というアテナの気持ちが、ユリにはよくわかる。
 アテナのほうも、ユリのことをよき相談相手と思っているようだった。

「アテナちゃんの気持ちもわかる気はするけどね。
 やっぱり自分から告白しといて、他の女の子の手紙を、わざとじゃなくても告白した子にわかるように読むのって問題じゃない?」

 マリーが言うと、舞がそれに反論する。

「私はそうは思わないな。
 確かに付き合ってはいても、お互いにはお互いにプライベートってものがあるでしょう? そりゃ結婚すれば話は別だし、目の前で異性とじゃれてたって言うならむかつくだろうけど、今回なんて、たかがファンレターじゃない」

 香澄は、年上の女性の意見を黙って聞いていた。
 ケンスウとアテナの話を、思わず自分とリョウに重ねてしまったのである。
 自分がリョウを慕っていることは、今日改めて公言しなくても、幾分はリョウも気付いていたはずである。
 いつか、もしもリョウが自分以外の人を愛していると知ったら、自分ならどうするだろう。
 否、自分はどうなるだろう。
 自分の周囲はどう考えるだろう。
 自分の気持ちを公言したにも関わらず、香澄はリョウの気持ちを知るのが怖かった。
 それは恋愛初心者ゆえのものではなく、そこまで深く他人と関わった経験のない無知ゆえの恐れだった。

 香澄が考えているなか、舞が言葉を続けた。

「それに、だいたい女のことを知らない男って、つきあったって面白くないと思わない? 子供なら、それもいいかもしれないけど、ある程度大人なら、やっぱり女の喜ばせ方くらい知ってなきゃ、女も飽きると思うな」

 このあたりの意見が、舞らしいといえば、舞らしい。

「あら、アンディはマイを喜ばせてくれなかったの?」

 マリーが意地悪く正すと、舞は思いっきり苦笑をした。
 どうやら、ついさっきの自分のセリフを、自分に重ねてしまったらしい。

「お願いだから苛めないでよ、マリーさん。
 今はアンディのことは思い出したくないんだってば」

 しかし、追求の手はやまない。
 次の審問官は、ユリである。

「舞さん、正直に聞いていい?」

「なに? ユリちゃん?」

「アンディさんって、その……下手・・だったの?」

 あまりといえばあまりにストレートな質問に、一瞬目をきょとんとさせた後、逆に舞もマリーも高らかに笑い声を上げた。
 香澄だけが、どう反応していいのかわからずに視線を右往左往させている。
 舞はひとしきりケタケタと笑った後、ジュースを一杯飲み干した。
 本当は今日、みんなとお酒を飲みたかったのだが、まだ未成年ということもあり、年上組のテリーとマリーに禁止されてしまっていた。
 それで、マリーがジュースで付き合うという交換条件で、なんとかジュースで我慢しているのだ。

「いやぁ、ごめんごめん。
 ユリちゃんらしくて、思わず笑っちゃった。
 まぁ、ことの次第はノーコメントってことで。
 それが彼のすべてじゃないしね」

 と舞はケンカ相手にフォローを入れはしたものの、どうやらもう歯止めはききそうになかった。


 この後、暫く女性陣(香澄除く)による過激な会話が展開されるのだが、香澄は顔を耳まで紅潮させてただ俯き、男二人は、話のナマナマしさに目を白黒させながら、完全に蚊帳の外状態で、話を制御するどころではなかったことを付け加えておく。

(To be continude...)

 

COMMENT

(初稿:06.06.21)