友ら来たりなばB

006

 午後八時。
 たらふくビールを飲んだ舞とユリは、テーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
 リョウとテリー、マリーも赤い顔をしており、ただ一人ビールを飲まなかった香澄だけが酔っていなかった。
 最も、三人とも酒には慣れているのか、その酒量の割には平気な顔をしていたが。
 結局、昼食からぶっ続けで夕食分まで食べてしまったので、香澄はおなかをぱんぱんにしながら、座っていた。
 しばらくは体重計を見たくないのが正直なところである。
 リョウとテリーはユリと舞をユリの部屋に寝かせに行き、そのままキッチンとつながった隣のリビングで「二次会」に突入している。
 料理同様、大量に仕入れていたはずのビールは、すでに八割が失われていた。


「遠慮することはない、今日は泊まっていくといい。
 寝たままの女の子を抱えて歩くわけにもいかんだろう」

 昼は女の子同士の生々しい話を、目を白黒させながら聞いていたリョウだが、総じて今日は機嫌がいい。
 やはり、滅多に会う機会のない友人と心ゆくまで酒を飲むのは、楽しいものなのだ。
 三人の会話も、自然にサウスタウンの現在に話が及んだ。
 リョウもそうだが、テリーとマリーにしても、この街には特別な思い入れがある。

 リョウとこの二人は、サウスタウンの裏表に大きな影響を及ぼしてきた。
 リョウとその親友ロバートの活躍でMr.BIGを失脚に追い込んだのは衆知のことだが、その後にサウスタウンの裏社会の実権を握ったギース・ハワードという男は、テリーとマリーに大きな因縁があった。
 ギース・ハワードは、マフィアに籍を置いていた若き日に、マリーの祖父であった日本人格闘家・周防辰巳から日本古武術を修めた後に彼を殺害、その後中国の八極拳師タン・フー・ルーの弟子となり、数年後に同門であったテリーの養父ジェフ・ボガードを対立の後に殺害したのである。
 その後、更にギースは組織内で対立していたMr.BIGを完全に追い落としてサウスタウンの実権を握り、じわじわと表世界にその触手を伸ばし始めていた。
 しかし、そのギースも死闘の末にテリーに破れ、自らの名を冠した高層ビルからその身を投げた。
 ギースの身辺を調査していたマリーがテリーと知り合ったのはその数年後、ギース復活の噂が無秩序にこの街に流れている時だったのだ。

「で、今はどうなんだ。
 ギースがいなくなった「組織」は動いてるのか?」

 テリーが缶を煽りながら聞くと、リョウは眉を少しだけしかめた。

「悪い意味で派手だな。
 俺もちょくちょく内情は耳にするが、内部じゃまだ権力争いをやってるらしい。
 それを外でもやるもんだから、民間人にも被害が出てる」

 リョウは、自らが巻き込まれた経験を二度と繰り返さないために、そういう情報を得るためのルートをささやかながら作っている。
 セスやヴァネッサに協力を仰いで築かれた彼のネットワークは、まだ衝撃的な情報こそ得たことはないが、大まかながら組織の内情をリョウに伝えてくれていた。
 リョウの得る情報から想像できる組織の内情は、まさに陸に上げられて瀕死直前の魚のそれである。
 無秩序なひれの動きから飛ぶ水しぶきに迷惑するのは、いつも民間人だった。

「……くだらない事ほど、人間は熱中できるみたいね。
 まんざら馬鹿ばかりでもないでしょうに」

 マリーが忌々しそうに呟いた。
 彼女は仕事で情報を扱う関係上、犯罪組織を対象にすることも多い。
 サウスタウンにも、何度も潜入している。
 だから、そういう人間の特徴を、かなりの正確さで捉えている。
 そして、彼女はそういう人間を一概に軽蔑していた。
 偏見とは言えなかった。

「しょうがねえさ。
 俺たちみたいなアウトローは、自分の力だけで生きていかなきゃいけない。
 俺はまだ格闘に出会えたが、金と権力に魅入られた人間は、それがすべてになっちまうからな」

 テリーが言う。
 彼に言われるまでもなく、マリーもそれはわかっている。
 しかし、テリーほど割り切れないのも、事実だった。
 マリーは、シークレット・サービスを職業としていた婚約者と父親を、テロリズムによって同時に失った。
 それが、彼女がエージェントとなる大きなきっかけとなったのだが、自分の親の仇を自分の手でうったテリーと違い、マリーの仇は婚約者と父親と一緒に爆死したのだ。
 彼女は振り上げた拳を、振り下ろすことが永遠にできないのである。
 テロリズム、ひいてはそれを行う人間・組織に対する怒りと軽蔑は、社会的な情勢を差し引いても、彼女は拭うことはできなかった。

「で、今も忙しいのか? 無理を続けてるなら、たまには身体を休めたほうがいいぞ?」

「あら、そういうあなたも忙しく人に教えてるじゃない、カラテ・マスター?」

 リョウがマリーに問いかけると、マリーは表情を和らげた。
 仕事も性格も性別もまったく違う三人だが、やはり生死をかけて何かと闘い続けたという経験は、性格の底辺で三人を繋ぎ合わせているらしい。

「そもそもエージェントっていうのは、どういう仕事なんだ? いや、もし差し支えなければ教えてくれないか?」

 リョウは興味本位で聞いてみた。
 格闘者としてのマリーのことは以前から知っているが、彼女の仕事のことは殆ど知らない。

「そうね……」

 マリーは、やや口篭った。
 表面上、マリーはフリーランスということになっているが、現在でも実質は米情報総局の専属に近い。
 彼女の仕事にはトップシークレットに属することも多くあるので、依頼主どころか仕事の簡単な内容まで、そのほぼすべてが他言無用なのだ。
 どう説明したものか。

「簡単に言えば、依頼主クライアントから頼まれて、対象となる組織や個人のことを調べることが仕事、かな?」

私立探偵プライベート・アイみたいなものなのか」

「いや、そうでもないわね。
 調べるだけの場合もあるけど、大抵は補足や排除なんかも含まれるの。
 だから、私みたいな格闘も銃も扱える人間は重宝されるのね」

「そりゃ、また危険な仕事をしてるんだな」

「そうね。
 でも、最近はテリーやマイができる範囲で手伝ってくれてるから、随分と楽になってるのよ。
 一人でやってるときなんか、まさか自分がチームでやるなんて想像もしてなかったけどね」

 マリーはくすくすと微笑んでテリーの首筋に抱きついた。
 その微笑の裏で何回、マリーが命を危険に晒してきたのか、リョウには想像もできない。
 ただ、「楽になっている」というマリーの言葉は、現実感を持って受け止めることが出来た。
 リョウ自身も、ユリの存在があったからこそ極貧の10年を耐えられた、という事実があるからである。

「テリー・ボガードもエージェントの仲間入りか。
 すげぇことだな」

 テリーは暑くなってきたのか、トレードマークの赤いジャケットを脱いで、ラフなシャツ一枚となった。
 すでに帽子もテーブルの上に置いてあり、彼のもう一つ特徴でもある黄金のロングヘアーは、髪留めを解かれて彼の背中に広がっていた。

「いや、こっちは相変わらずの風来坊さ。
 とはいっても、マイが来てから、以前のように見境なしに放浪することはなくなったけどな。
 どっちかというと、三人でうろうろすることが多くなったかな?」

「そういうこと。
 最近は、仕事のないときはマイアミで大人しくしてるわ。
 テリーとマイって見てて飽きないから、退屈はしないわね。
 それに二人とも強いから、よき相棒になるしね」

 マリーは笑った。
 彼女の仕事からすれば、テリーと舞はあくまでも「民間の協力者」であるのだが、リョウが聞く限り、その枠を少々超えて、二人はマリーに協力しているようだ。
 彼女の笑顔に合わせて、今度はテリーが笑い声を上げた。

「俺はマリーとマイを見てると、いつも楽しそうで暇しないけどな!」

「たぶん、舞ちゃんもそう思ってるぜ。
 テリーとマリーを見てたら暇しないってな」

 リョウが言うと、二人はそれぞれに楽しそうに笑って、新しいビールを開けた。
 そして、「乾杯」とばかりに三人は缶をこつんとぶつけあった。

 後ろで聞いていた香澄にとっては、ある意味でこの会話は羨ましいものだった。
 日本にも友人はいるし、アメリカでも何人か友人はできた。
 いずれも腹を割って相談し合える、香澄にとっては大事な人たちだ。
 しかし、この三人のように相手のことを理解しているか、と聞かれれば、少し疑問になる。
 自分にとって大事な誰かのために、大事に思われる人物でありたい。
 そういう人物になりたい、と、志してはいるのだが。


 結局、その晩はユリの部屋に舞が、香澄の部屋にマリーが、リョウの部屋にテリーが泊まった。
 リョウはテリーと「汗くせぇ!」「酒くせぇ!」と笑いあいながら、部屋で更に飲み明かしていたようである。
 ユリと舞は、もう夕方から眠っていたから、朝までそのままだった。
 香澄は、マリーからいろんな話を聞きたかったのだが、散々に飲んだ後だったからか、マリーは横になるとすぐに眠ってしまっていた。

007

「……………………………………………?」

 目が醒めたばかりのユリは、目蓋を半分閉じたまま、自分の状況を確認すべく辺りを見渡す。

「……………………………………………?」

 記憶が合わない。
 自分は、みんなとリビングで会話に花を咲かせていたはずである。
 しかし、目覚めた自分がいるのは、明らかに自分の部屋だ。
 しかも、隣には舞が眠っている。
 ユリは自分が眠る前の記憶を手繰り寄せようと、記憶の糸を思い切り引き寄せる。
 食が進み、テーブルの上にあった料理も順調になくなり、飲んでいたジュースがいつの間にかお酒に変わり、それも順調に消化していたはずである。
 と、そこでユリの記憶が止まり、思考が空白になった。
 ………………酒か。
 何時ごろだったか、舞に進められるままにビールを飲みだしたのは。
 舞もテリーとマリーに止められてジュースを飲んでいたはずなのに、年長組の目を誤魔化して、飲み始めたらしい。
 酒が入ったらダメだ。
 一応、ユリには自分が酒に弱いという自覚はある。
 酔っ払うとか気持ち悪くなるとか言う前に、すぐ眠ってしまうのだ。
 状況をはっきりと自覚すると、急に頭がぐらぐらしてきた。
 体内に沈殿したアルコールというのは、随分都合よく目覚めるらしい。
 それでも、気持ちが悪いということは無い。
 恐らく、昨晩もそう飲んではいないのだ。
 その前に眠ってしまった筈だから。
 時計を見ると、午前六時をさしている。
 いつもよりも少し遅めなのは仕方が無い。
 とりあえずは、隣で眠っている舞を起こさねばならない。
 彼女等三人は、今日午前の早いうちに、サウスタウンを後にすると言っていたのだから。


「舞さん、シャワー空いたよ」

 適当に髪にドライヤーをあててブラシですきながら、ユリは廊下でうずくまっている舞に話しかけた。
 シャワーを浴びれば抜けてしまうくらいしか飲んでいないユリと違い、今朝の舞はなかなかに重症である。

「うう…………気持ち悪い…………」

 解りやすいくらいに真っ青な顔をしながら口元を手で多い、鏡の前に突っ立った。

「大丈夫? 先に水を飲むかトイレに行く? 胃薬ならあると思うけど……」

「いや、先にシャワーを借りるわ。
 頭は痛いけど嘔吐感はないから、ひと浴びすればかなり違う…………と、思う」

 言って、舞は脱衣場に閉じこもった。
 暫くすると、水の落ちる音が聞こえてくる。

『大丈夫かな……』

 心配そうに振り返りながらも、ユリはキッチンに足を向けた。
 電気のスイッチが入っていたのはシャワーを浴びる前に確認しているので、恐らくは香澄が既に起きて何らかの準備をしていてくれるだろう。
 このへん、ユリにとっては有難くもあり、力強くもある。
 わずか三人の“家族”とはいえ、家事仕事と道場の仕事を両立してこなすのはなかなか重労働なのだ。
 リョウは家事を手伝うといっても掃除しか出来す、台所に立っても正直に言って役には立たない。
 必然的に殆どの台所仕事はユリの担当となる。
 このあたりの仕事を全て一人でこなすことを考えれば、料理の腕はまだ未熟とは言え、香澄が隣にいてくれるのは確かに心強いのだった。

「さぁてと、朝ごはんの準備でもしようか」

 昨日はみんな、充分飲み食いしているから、今朝は重いものを作る必要は無い。
 サンドイッチとヨーグルト、あとは軽めのサラダでもあればいいだろう。
 そう思いつつ、階段のところまで来た時、その階下、つまり道場の方から、なにやら勢いのいい掛け声と、暴れるような音が響いてきた。

『道場? 誰だろ。
 ……ま、大体予想はつくけど……』

 本当は必ずしも行く必要は無かったのだが、興味があるのは確かだったので、覗くだけでも覗いてみようとユリはとんとんと階段を下りていく。
 すでにアルコールの陰は微塵も無い。

 道場に立っていたのは、リョウとマリーだった。
 リョウにとってはいつものことだが、マリーは珍しく空手の道着を着込み、道場の真ん中でリョウと対峙していた。
 そしてテリーがその二人を壁に背中を預けて腕を組んで見つめている。
 リョウとマリーは既に幾手か交えているのか、首筋に汗を光らせていた。
 マリーはいつでもタックルにいけるように低く腰を落とし、リョウもいつもの如く天地上下の構えでそれを威嚇する。
 ユリとテリーの四つの瞳が見守る中、先に動いたのはリョウだった。
 それは、偶然でも必然でも、かつ突然でもない刹那の突拳。
 対峙している二人にしか解らぬ空気の流れを切り裂き、リョウの突きがマリーに襲い掛かった。
 狙いは正確、人中である。
 そこから、息も切らせぬ二人の攻防が始まる。
 絶え間なく入れ替わる攻防、交錯する拳脚。
 互いに寸暇の必殺を狙いつつ相手の好機を外し、かつ隙を見せぬ。
 ユリが驚いたのは、リョウがかなり積極的に攻め手を狙っていることだった。
 最近の公式の格闘技の大会でのリョウ・サカザキといえば、堅い防御と返し技の名手、という評価が当然の如くついてまわり、リョウ自身もそれを誉れとするかのような闘い方を展開していた。
 しかし、今は違う。
 リョウの蹴りをかわしざま、マリーはリョウの腕を狙って、空中から得意の掴み技にいこうとする。
 普段であれば、半身でそれをかわし、そこから飛燕疾風脚なり虎煌拳なりで主導権を握りにいくか、虎咆で迎撃してから一度仕切りなおすだろう。
 だが、今回はマリーの姿を空中に確認すると、真正面から暫烈拳で受けて立ったのだ。
 結局、これは相打ちに終わり、二人は互いに少しのダメージを受けて後、再び対峙したが、その状況は二人の表情が物語っている。
 マリーが驚いたような顔をしているのは、恐らくユリと同じことを考えているからだろう。
 当のリョウは「してやったり」といわんばかりの表情で、微笑みすら浮かべている。

「似合わない……」

 思わず、ユリが呟いた。
 そして恐らくマリーもそう思った。
 だが、ユリはすぐに考えを正した。
 確かに、こういう相手の裏をかくような戦術はリョウらしくない。
 裏表の無い剛直な拳こそがリョウの真骨頂であるように思える。
 だが、攻撃的なスタイル自体がリョウらしくないかというと、決してそうではない。
 むしろ、以前のリョウは自分から攻め立てるスタイルだったのだ。
 今の防御に重きをおいた戦闘スタイルは、リョウにはリョウなりの考えがあってそうしているのだろうが、ユリが最初に見たときは、逆にそちらに違和感を感じたほどである。
 ユリの思惑を置いて、二人の仕合いは再び白熱の様相を呈する。
 恐らくは二人とも朝食前の軽い運動のつもりだったのだろうが、とうにその垣根は軽く飛び越えていた。

「いけない、朝ごはん作らなきゃいけないんだった。
 香澄に押し付けちゃ悪いよね」

 独語したことで我に返ったのか、ユリはふと本来の目的を忘れていたことに気付いた。
 そして、熱い声と汗の飛ぶ道場を一度だけ振り返って階段を昇った。

「まったく……なんであれだけ飲んだ翌朝に、あれだけ動けるんだか……」

 無論、それはリョウとマリーだけでなく、壁際で面白そうに眺めているテリーに対して向けた言葉でもある。

 ユリがキッチンに入ると、テーブルに蹲った舞と、それを介抱する香澄がいた。

「おはよう、香澄」

「あ、ユリさん、おはようございます」

 香澄がユリに気付き、丁寧に挨拶を返す。
 キッチンは既に掃除と換気が済ませてあり、いつでも調理が出来るように準備が整えられていた。

「ごめんね香澄、遅くなっちゃって」

「いえ、私はいいんですけど……」

 香澄が立ち上がったまま、心配そうに舞を見下ろす。
 どうやらシャワーを浴びたくらいでは、頭痛は軽くならなかったらしい。
 幾分、顔色は正常に戻っているものの、まだ本人は気持ち悪そうだった。

「もー、舞さん、昨日飲み過ぎたんだよ。
 キングさんの店ではこんなに酔ったこと無いのに、なんであんなに飲んじゃったの?」

「うー、解んないけど、耳元で喋らないで……。
 頭に響くから……」

「まったく……」

 ユリは悪態をついてはみたが、いつまでも舞一人の面倒を見ているわけにもいかない。
 下の道場で暴れている三人が上がってくるまでには、朝食を作っておきたかったのである。
 ユリは香澄に言って胃腸薬を持ってこさせると、半ば無理やり舞に飲ませて、後の介抱を香澄に任せた。
 そして、自分はキッチンに立ち、冷蔵庫からサンドイッチ用の食パンや野菜を取り出すと、手始めにレタスを洗い始めた。

 リョウ、テリー、マリーの三人がシャワーと着替えを済ませ、リビングに入ってきたのは三十分ほど経ってからである。
 もっとも、リョウとテリーの二人は上半身裸のままで、ユリに白い目で見られてはいたが。
 その時には既に朝食も出来上がっており、昨日出されてそのままになっていたロングテーブルに並べられていた。

「お、こいつは美味そうだ。
 リョウは毎日こんな豪勢な朝食なのか? 羨ましい限りだな」

 テリーが感嘆混じりに言うと、

「あまり褒めてやらんでくれよ。
 ユリはすぐ図に乗るからな。
 それに、サンドイッチが豪勢に見えるのは、あんたがジャンクフードの食いすぎだからだ」

 などとリョウが答え、テリーとマリーに苦笑させた。
 ユリが拳骨をリョウに一発食らわせたのには気付かなかったけれども。

「しかし、マイは大丈夫か?」

 テリーが、これまた心配そうに声をかけるが、舞の反応は変わらない。
 どうやら胃腸薬も、すぐには効かないようである。

「マイも道場で汗を流してみる? アルコールが消えるわよ?」

 マリーが無茶なことを言う。
 舞は俯いたまま弱々しく手を上げて、それを左右に振った。

「遠慮しとくわ……。
 今は大人しくしてるから大丈夫だけど、忍蜂とかだしたら、それだけで大惨事になりそうだから……」

 香澄を含めた五人は、思わず納得して首肯した。


 そして、午前七時半。
 訪問客三人は、サカザキ家を後にする。
 マリーのホームタウンであるマイアミに帰るのだ。
 マイアミまではサウスタウン空港からの直行便があるが、そこまで行くためには地下鉄を使うのが一番早い。
 三人は、リョウの運転する車でそこまで送ってもらうことになっていた。

「それじゃ、楽しかったよ。
 有難うな」

「うん、あれくらいでよければいつでもご馳走するからさ。
 今度は長い休みつくって遊びに来てよ」

「そうね、私の仕事の都合がつけば、是非そうさせていただくわ」

「舞さんも、そのときはお酒は控えめにしてくださいね」

「結局、その話で落とされるのね、あたし……」

 リョウが正面玄関に車を回してくるまでの一時、五人は別れを惜しんで会話を弾ませた。
 親しいようでいても、なかなかこうして会う機会は無い。
 特にマリーのような仕事をしていれば、次の機会があるかどうかさえ確実ではないのだから。


「それじゃあ、元気でね。
 また一緒に遊ぼうね〜!」

 リョウを含む四人を乗せ、走り出した車の後ろから、ユリが大きく手を振った。
 舞は少し青い顔をしてはいたが、窓から元気よく手を振り替えした。
 マリーは何事もなかったかのように、笑顔で小さく手を振っている。
 テリーは車の前座席の窓からその逞しい上半身を出すと、ユリに向けて叫んだ。

「夏になったら、マイアミにも遊びにきなよ! みんなで海に遊びに行こうぜ!」

 そうして、伝説の狼は、そのままそのトレードマークである赤い帽子を、ユリと香澄のほうに投げ渡した。
 ユリはその様を視線で追いかけて、空を見上げる。
 季節は六月、テリーの言う夏は、そう遠い先のことではない。
 また今年もKOFが始まり、厳しい戦いの幕が開くだろう。
 けれども、その厳しい戦いすらも、こうして語り合える仲間達と再会の場であり、新たな強敵と出会える場であることを思えば、そう悪いものでもないように、ユリには思えるのだった。
 気付くと、もうリョウの車の姿は確認できなかった。
 テリーの投げた帽子も、ビル風に乗り、ユリと香澄の頭を飛び越え、全員の雄飛と再会を指し示すかのように、空の彼方に遠く、消えていった。

(FIN)

COMMENT

 この作品も「母の面影」同様、同人時代の蔵出しです。
 もう面影が無いほど書き直しているので、読み比べても解らないと思いますが…………。

 元になった「KASUMI Try! Try!! Try!!!」は、出来のほうはともかく、かなり長いシリーズで、今まで出している分で約60話ほどが、誰も知らないところで世に出ています。
 この「友ら来たりなば」「母の面影」のほか、18禁サイトの小説も、もとはこの「KASUMI Try! Try!! Try!!!」を下敷きにしています。
 だから、香澄がサカザキ家に居候している、という設定も共通です。

 この他、ユリと香澄が小説にチャレンジする、といった内容のミニエピソードなどもあったりするのですが、その辺りは気が向いたら蔵出ししていきます。

(初稿:06.06.21)