! | この小説は、「母の面影」の設定を流用した「続編」です。ゲーム本編には無い独自設定があります。ご了承ください。 |
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ある朝。
休日だというのに、香澄は少し早めに目を覚ました。
今日は大事な客を迎えることになっていたから、そのための準備をしておかなくてはいけなかった。
香澄はいつもの活動的なミニスカートに変えて、少し長めのスカートを穿いて、キッチンにむかう。
キッチンは聞き覚えのある声の賑やかな音楽が流れていて、すでにユリが朝食の準備を始めていた。
「ユリさん、おはようございます」
香澄がエプロンをしながら声をかけると、ユリがおたまを振りながら振り返って返事をした。
「おっす。
おはよ、香澄」
「いまかかってるの、アテナさんのCDですか?」
キッチンとつながったリビングのテーブルの上にはノートパソコンが置いてあり、音楽はそこから聞こえているようだ。
「うん。
アテナちゃんが新発売のアルバムのデータをつけてメールくれたから、CDに落としたの。
日本でもまだ発売前なんだって。
アメリカじゃ、たぶんここでしかかかってないよ」
ユリがお吸い物の味見をしながら、答えた。
話にでた「アテナ」というのは、アイドルでありながら、中国拳法+超能力の使い手でもあるという、日本の異色アーティスト・麻宮アテナのことである。
香澄とユリは、KOFの大会で対戦している。
以来、ユリとはメール友達だった。
「それにしても、今日は忙しくなりそうですね」
香澄が茶碗や箸を洗いながら言うと、ユリがちょっといやそうな顔をした。
「う〜ん、来るのはいいんだけど、いっつも急すぎるんだよ、あの三人は」
「明日の昼!?」
その話を伝えられたとき、リョウはリビングのソファで、いつものように新聞を広げ、香澄は遅めの風呂から上がったばかりだった。
急ぎといえばものすごく急な話だ。
細かいことは考えていない、磊落なテリーらしいといえばそうなのだが、聞かされたほうは焦ってしまう。
結局、夜も遅かったので、明日にできるだけ準備しよう、ということになったのだ。
「いつもの三人って事は、残りはアンディさんとジョーさんでしょうか?」
ユリの隣に立ちながら、香澄が声をかける。
アンディというのはテリーの弟で、幼いときに日本に渡って骨法を修めた苦労人である。
一応テリーの弟、ということにはなっているが、直接の血の繋がりはないらしい。
ジェフ・ボガードという同じ養父に育てられた、いわば義兄弟だ。
線の細い美形とストイックかつ求道者的な雰囲気で、兄とはやや異なるファン層を持つ。
もちろん、格闘家としての腕は折り紙つきだ。
「やっぱり、そうじゃない? あの三人って、なんだかんだで、いつもつるんで行動してるような気がするんだけど」
ユリは眉間にしわを寄せながら、香澄の疑問に答えた。
「いつも三人でくっついて行動」しているのはユリも香澄もそうなのだが、どうやらあの三人とは一緒にしてほしくないようだった。
香澄は微笑みながら、シンクの下から自家製の梅干の入ったビンを出した。
サカザキ家の朝は、これがないと始まらない。
「ユリさんは、ジョーさんが苦手なんでしたっけ」
「見るのもイヤ!」
ユリが大げさに首を横に振った。
誰とでも大抵は仲良くできるユリが、ここまで嫌う人物も、そうはいない。
「デリカシーなさ過ぎだよ、あの男は。
お兄ちゃんだってデリカシーは疑問だけど、その分、優しいじゃない。
なんだって、ボガード兄弟とあのパンツ男って気が合うんだろう?」
無茶苦茶な言われ方をしている現役ムエタイ・チャンプ、ジョー・東。
十代で単身タイに渡り、「伝説の巨人」サガットに師事した最後の弟子の一人として、タイでは最も有名な日本人である。
彼はムエタイ戦士らしく、試合には常にトランクス一枚で臨むのだが、全世界に生中継されているKOFの試合中に、いきなりトランクスを下げ「生尻」を出して相手を挑発、その場で失格処分となった、KOF史上前代未聞の「伝説」の持ち主でもある。
その伝説には、試合後に現地の警察による事情聴取、というおまけまでついた。
ちなみに、挑発されたのはユリだった。
ついでに言うと、その問題のシーンは歴代のKOF中継の中でも、ダントツの最高視聴率を記録したそうで、今でもたまに「KOF名珍場面」とかいう特集があると、ほぼ毎回一発目に流される。
ユリのトラウマになるのも無理はないというものだ。
「あのパンツ男、今度あたしの前で尻なんか出したら、包丁であのチンケな(表記不可能)を切り落として(表記不可能)した挙句に、体中にコンクリートくくりつけて、生きたままサウスタウン・ベイに(以下、表記不可能)」
ユリは、包丁の柄を握り締めたまま、ぶつぶつと呟きながら、ぶるぶると震える。
香澄は、その異様な雰囲気に、さすがにゆっくりとあとずさる。
そのとき、ドアが開いた。
「おはよう、って、うわっ!?」
入ってきたのはリョウだったが、いやに目の据わったユリが包丁を握り締めたまま自分のほうに切っ先を向けたものだから、驚いておもわず廊下まであとずさった。
「あ、ああ、お兄ちゃん、おはよう。
あははは……」
ふと我にかえったユリは、包丁の切っ先に気づき、慌ててそれを背中に隠してごまかすように笑う。
しかし、今度はユリの背中のほうで、顔の鼻先2cmのところに包丁の切っ先を向けられた香澄が、顔から血の気を失いながら呻いているのに、ユリは気づかなかった。
さて、本日の朝食は、ご飯とサーモンのソテー、ほうれん草の胡麻和え、じゃがいもとワカメのみそ汁、そしてリンゴが一切れである。
格闘一家ということもあり、食を担当するユリは、常に量と栄養のバランスをきちんと考慮している。
それにしても、心持ち量が多めになってしまうのは、まだまだ育ち盛りな香澄がいることと、極限流の修練が厳しいことに所以していた。
ユリは最近、毎食の一品を必ず香澄に任せるようにしていた。
ユリ自身の労働の軽減ということもあるが、なにより香澄自身が望んだのである。
格闘家であるのと同時に一流の調理師でもあるユリや不知火舞、キングといった面々と交流していく中で、なにか思うことがあったのであろう。
今朝の献立も、ユリはバランスを考えればサーモンではなく鯵の開きあたりを考えていたのだが、あえて香澄の裁量に任せて好きにさせた。
結果、どうやら香澄の努力は正当に報われたようで、食事に関しては食べるほうが専門のリョウも、
「うん、美味いぞ、香澄」
と満足そうに微笑んで声をかけた。
香澄はリョウにその言葉をかけてもらうことを何よりも楽しみにしていたし、リョウとユリも、そのときの香澄の、いかにも嬉しさを押さえきれない笑顔を見るのを楽しみにしていたから、今のところユリと香澄のタッグは、最高の結果を出していると言えた。
褒められる喜びと憧れ。
これらは別個の感情であるが、それぞれがスキルの上昇とそのための努力の、優れた潤滑油であることの、これはよい証左であったろう。
特に最近は、リョウが香澄を呼び捨てで呼ぶことが多くなり、香澄が以前にもまして笑顔が増したことを考えれば、別の感情が多分に影響していることも考えられるが、香澄はともかく、リョウが自発的にそれに気づくには、恐らく100年ほどかかると思われた。
しかし、そのような微笑ましい日常を謳歌できるのも、ユリが包丁で人を脅すとかいうことがない日常で、の話である。
「いや、俺は絶対にユリに刺されると思ったぞ。
あの目は尋常じゃなかった」
リョウは茶碗を手に取り、箸を動かしながら力説した。
無敵の龍をして恐怖たらしめるほど、彼の見た妹の目は狂気なり殺意を孕んでいたのであろう。
大きく同意して首を縦に振っている香澄と兄を同時に見やりながら、ユリは不満そうに頬を膨らませた。
それ以上の反論ができないところが悲しい立場だが。
「やだなあ、あたしがお兄ちゃんを刺すわけないじゃん。
あたしが刺したいのは、あのパンツ男だけだって」
怖いことを言いながら、ユリも箸を動かす。
いくら団欒が弾もうと、食事の速度が落ちないのは、流石といえば流石である。
「まあ、お前の気持ちもわからんではないが……」
一旦端を置き、味噌汁に口をつけてからリョウはユリを視界に収めた。
「ジョー・東自身は、そんなに悪い男ではないぞ? 暑苦しいところがあるのは確かだが、腕は立つし、根幹は気持ちのいい男だ」
兄がジョーの肩を持つようなことを言ったのが気に入らなかったのか、ユリの表情がやや不満気に膨れる。
サーモンの最後の一切れを咀嚼して飲み込み、ユリが問うた。
「それじゃあ、お兄ちゃんが試合中にジョーのお尻を見せられたらどうする?」
「俺か? うーん……」
考え込んでしまったリョウを、ユリと香澄が注意深く見つめる。
そして、彼は口を開いた。
「(編集部注:リョウ・サカザキのこのセリフは、読者に残酷かつ反社会的な犯罪をほのめかす危険性が非常に高いと判断され、厳しく注意を受けてカットになりました。
もうしわけありませんがご理解ください)?」
それを聞いた瞬間、ユリと香澄の表情から血の気が引き、彼女等は思わず、音を立てて椅子ごとテーブルから後ずさる。
香澄に至ってはキッチンの壁まで下がっていた。
二人とも真っ青な顔をして、歯を鳴らして震えていた。
「うわああぁ! い、今とんでもないこと言ったよ、この人!」
「信じません信じません信じません! リョウ・サカザキがそんなこと仰るわけが無い! 信じません信じません信じません!」
まるでこの世のすべてを否定するかのごとき二人の取り乱しように、リョウも慌てて立ち上がる。
「おいおいおい、冗談じゃないか! それに俺の言が問題ならユリのアレはどうなるんだオイ!」
「ひいいいい! 近づかないで!」
「犯されるうぅ!」
「と、とんでもないこと言ってるのはお前だ、香澄!」
阿鼻叫喚。
「さて、と」
そんなこんなで大騒ぎの朝食を終えた一行は、それぞれに立ち上がった。
「それじゃ、俺は掃除を始めるぞ。
買い物のほう、頼むな」
「はいな」
「おまかせください」
確認しあう三人。
準備の役割分担は、昨夜のうちに決めてあった。
リョウが大雑把な掃除、ユリと香澄が昼食のための買出し。
テリーほか三人(メンバー不明)は泊まることになるかもしれないので、少し量は多めに買い込むつもりだった。
本当は買出しはリョウがする予定だったのだが、テリー一行は列車を使って来るらしく、駅まで迎えに行けるのは免許を持っているリョウだけなので、彼には連絡が来たときのために残ってもらわねばならなかったのだ(機械に疎いリョウは「携帯電話」というものを持っていない)。
しかし、結局、リョウが本当に大雑把に掃除をすませ、ユリと香澄が帰ってくるまで、その連絡はなかった。
連絡があったのは、午前11時58分。
昼“2分前”だった。
午前11時58分。
リビングの窓際にある、FAXを兼ねた電話が鳴った。
「あ、私がでます」
昼食の準備にかかっていたユリの脇をすりぬけて、香澄が受話器をとった。
「はい、サカザキです……」
『もしもーし! ユリちゃん!? 今、駅についたんだけど!』
受話器の向こうから、けたたましい女性の声が聞こえた。
どうも聞き覚えのある声。
「もしもし、あの、もしかして舞さんですか!?」
『もしかしなくても舞さんよ! って、その声、まさか香澄ちゃん!? なんで香澄ちゃんがそこにいるの?』
けたたましい声が、よりけたたましくなった。
「ええ、まぁ話すと長いんですけど。
舞さんこそ、なんで駅に?」
『なんでって、テリーがユリちゃんにメール入れてなかった? 今日、行くって』
「ああ、あのメール! てっきり、アンディさんとジョーさんがメンバーだと思ってたんですけど、舞さんだったんですか?」
『え!? 一番肝心なこと書いてなかったの、あの男。
ちょっと、お兄ちゃん!?』
そこまで言ったところで、いきなり電話が切れてしまった。
がちゃんっという大きな音がして、香澄は耳を押えてしまった。
「舞さんがいるの?」
耳を押えながらキッチンに帰ってきた香澄に、ユリが驚いたように声をかける。
「はい。
テリーさんも一緒みたいですよ。
アンディさんとジョーさんじゃなかったみたいですね」
聞いて、ユリは心底ほっとしたような顔をした。
ジョーがいないらしいというだけで、心象はかなり違うらしい。
これはこれで、ジョーには失礼な話だが。
「舞さん、テリーさんのこと「お兄ちゃん」って言ってたみたいですけど……」
「ああ、舞さん、アンディさんと結婚するつもりらしくてさ。
テリーさんのこと、ずっとそう呼んでるの。
それより、こっちのお兄ちゃんに迎えに行かせなきゃね。
香澄、ちょっとお兄ちゃんに言ってきてくれる?」
「あ、はい」
香澄はスリッパを鳴らして、キッチンを出て行った。
そして12時30分、サカザキ家が一気に賑やかになった。
リョウに先導されるように、三人が入ってきたのだ。
先頭のテリーはわかっていたのだが、それに続いて入ってきたのは、香澄とユリの想像を覆す、不知火舞とマリー・ライアン(「ブルー・マリー」という通称のほうがよく知られているが)だったのだ。
「やほー! ユリちゃん香澄ちゃん、久しぶり! 元気してた!?」
「とっても元気だよ! 舞さんこそ、元気そうじゃん! マリーさんも、元気そうですね! 今日は、アントンは一緒じゃないんですか?」
「アントンは今日はお留守番よ。
二人とも元気そうでよかったわ」
香澄とユリ、舞とマリーの四人は、抱き合うようにして再会を祝した。
それもそのはずで、この四人は香澄がKOFに初出場したときのチームメイトなのだ。
古い表現を使えば、大会期間中の約二ヶ月間、「同じ釜の飯を食った仲」なのである。
不知火舞は日本の忍者の血を現代に受け継ぐ不知火流忍術の継承者で、ユリよりも長いストレートの黒い髪とスタイル抜群のダイナマイトバディの持ち主である。
闘いの場には、肌の露出の極めて多い艶っぽい衣装で赴くのだが、今日は紺のスーツに同色のタイトスカートを身に着けている。
ユリより1歳の年長でしかないが、色っぽさでは舞には敵わなかった。
マリー・ライアン、通称「ブルー・マリー」は、金髪をショートカットにし、舞を上回るスタイルの良さが自慢の女性だが、その外見からは想像もできないが、アメリカ国防総省がSクラスと認めるほどのエージェントである。
現在はフリーでやっているが、コマンドサンボの達人ということもあり、過去に仕事で何度かKOFに潜入したり参加したりしていた。
この四人の中では最年長で、リョウやテリーと同年の22歳である。
ちなみに、「アントン」というのは、マリーの飼っている大型の犬(イングリッシュ・ポインター)で、フルネームは「アントニオ」だった。
マリー本人が「アントン」と愛称で呼んでいるので、そっちのほうが有名になってしまっているが。
女が三人集まると姦しい、などと言うが、二十歳前後の女性が四人集まって静かになるはずもない。
四人はまだ準備中だった昼食の準備のために並んでキッチンに立ち、残った男二人は、今日のために押入れから引っ張り出されたロングテーブルの端に座って、互いの近況に花を咲かせていた。
料理に関しては、四人の中ではユリと舞が双璧である。
ユリのレパートリーは和洋ともに広いのだが、こと和食に関する腕前では舞の独壇場だ。
ちょっと性格的には騒がしいところもある舞だが、実は料理から和裁まで家事仕事はなんでもこなし、更に忍術まで極めたスーパー大和撫子なのである。
香澄の目標となる人物の一人だった。
マリーは仕事で世界を飛び回っていることが多いので、家事は殆んどする機会がない。
料理は一応一通りできるが、味のほうは本人も首を傾げる。
今も、なぜか始まってしまった舞の料理講座を興味深そうに聞いてはいるが、その実、手ぶらだった。
香澄は熱心なのは熱心なのだが、一人で黒い煙を上げて、ユリに怒られながら舞には笑われている。
そんな状況を見ながら、暢気なのはあぶれた男二人。
「どうだ、相変わらず放浪を続けてるのか」
リョウはビール缶のプルトップを開けながら、尋ねた。
テリーも渡された缶を開け、リョウが驚くほどのスピードで一気に飲み干した。
普段は夜にしか酒をあけることはないが、今日は特別だ。
「いや、最近はマリーの仕事に付き合うことが多くてな、派手にドンパチやってるよ。
おかげで暇はしてないぜ」
テリーが豪快に笑いながら言うと、しっかり聞いていたマリーが「なんなら暇をあげましょうか!?」と笑いながら言った。
テリーは苦笑しながら、ビールを持った手をひらひらとマリーに振ってみせる。
「まぁ、壮健ならなによりだ。
だとしたら、サウスタウンは久しぶりじゃないのか」
「かれこれ二年ぶりかな。
親父の墓にも久しぶりに参ってきたよ」
「なんとまぁ、親不孝なことだ」
「違いねぇ!」
言いながら、二人して大笑いしあう。
今この場にいる者の中で、両親が二人とも存命しているのは香澄だけである。
全員、わけありではあるのだが、それを乗り越えて語るだけの強さは皆持っているのだった。
(To be contimude...)
(初稿:06.06.21)