海兵学校の訓練は厳しい。船上における技術だけでも、覚えるべき手わざと知識は山のようにある。
加えて、海上騎士を生業とするからには、当然のように武器を持って戦わねばならないから、船の知識とは別に戦いの技も磨かなくてはならない。
訓練生達は日夜、船上で、そして校舎で、厳しい教官たちに鍛えに鍛え抜かれていた。
殆どの訓練生は、授業が終わって宿舎に戻るころには、体力を使い果たしてくたくたになっていることが多い。
しかし、どこの世界にも例外はいるもので、体力のありあまった一部の生徒は、いかに宿舎を抜け出して夜の街に遊びに行くか、厳しい教官を出し抜く手段の考案に余念がない。
彼らは、昼間の授業以上の情熱を傾けて、見回りをする教官の行動パターン・思考パターンを考察し、予測し、宿舎からの脱出路を模索した。
訓練生には、わずかながら給金も出ているから、普段からよほど無駄遣いをしていない限り、月に二度か三度の夜遊びを支えるだけの余裕は、彼らの財布にはある。
この教官と訓練生の駆け引きも、ガイエン騎士団の伝統のようなものであった。
午後7時。アルノはチョコレート色の髪をゆらし、いくつかの資料をかかえて、自分の部屋に帰ってきた。
すぐ隣の食堂から、かすかにいい香りがこぼれてきて、アルノの鼻先をくすぐった。おそらく、騎士団の食事関係を全て担当している料理人フンギが、明日の仕込みでもしているのだろう。
訓練生と騎士の宿舎から少し離れた、この立派な石造りの塔に寝泊りをしているのは、アルノと騎士団長グレンだけだ。もう少し夜が更ければ、フンギも帰宅の途につくだろう。
アルノは他の訓練生達と違い、夜の街に遊びに行くようなことはない。
遊びの趣味がないわけではないが、なにせ、自分の部屋の真上に、「綱紀粛正」と「鉄拳制裁」が趣味だといわれている鬼教官・グレン団長が居住している。彼の目をかわし、命がけで夜の街に遊びに行くほど、アルノはチャレンジャーではなかった。
律儀に夜間外出の許可をとってもいいが、外出先と金銭の使用状況を報告する義務が発生する。「酒と女を買いに行きます」などと報告するのは、自殺契約書に自らサインするようなもので、そんな物好きはさすがに一人もいない。
アルノは、自分が夜間外出できないからと言って、夜遊び組みの邪魔はしなかった。
グレン団長の夜間の行動時間などを夜遊び組に漏らすようなことはしないかわりに、彼らの行動をグレンに密告することもない。
あえていえば、相応の努力をした者は、相応の見返りがあるべきだと思っているから、夜遊び組の健気な努力を悪いことだとも思っていなかった。
脱出を見つかる訓練生、脱出を見つけられない教官、どちらもが悪いのだ。
アルノのこの無言の中立は、訓練生・教官の双方から妙に信頼されたが、同期のなかでは年長に入る夜遊び組のタルだけは、
「じじいか、お前は」
と、苦笑しながらツッコミを入れた。
さて、アルノは私室に入ると、資料をテーブルに投げ出した。これから、昼間の訓練の報告書を書かなければならない。
アルノは自分の主君筋にあたるスノウ・フィンガーフートとともに、訓練生たちのリーダー格を勤めることが多い。訓練船の船長や、模擬艦隊戦のときには指揮官役も務める。
スノウはラズリル領主の嫡男だから、なかば政治工作の一つとしてリーダー役を任されるが、アルノは事情が少し違う。彼は、リーダー役しかできないのである。
アルノは剣をとらせても魔法を使わせても、同期の中では常に上位グループに入っているが、これらは個人の努力でなんとかなるジャンルである。しかし、船上での行動はそうはいかない。
アルノは、これらの集団的な協調を求められる行動には、なぜかまったく向いていなかった。一種の天才肌のような性質だったのかもしれないが、他人と行動のタイミングがまるでかみ合わず、集団行動の阻害にしかならないのである。
グレン団長はこの、個人技には秀でた問題児をどうするか、半年ほど悩んだが、たまたまスノウが病欠したときに、彼のかわりに船長を務めさせたところ、意外な好成績を残した。
こうして、アルノは騎士団に自分の役割を見つけることができたのだが、その役割には責任が付随していた。
今日のカリキュラムの時間割と生徒名簿、そして自らの記憶を頼りにノートと格闘して一時間、ようやく報告書を書き上げ、アルノは椅子の背もたれに体重を預けて伸びをした。
文章を書くのは、アルノはあまり得意ではない。こういう作業は、スノウの方が、よほどうまい。
しかし、スノウは気分屋なところがあり、報告書も書いたり書かなかったり、日によってまちまちだ。彼が報告書を書かないときは、自分がより詳細に記述しなければならないが、訓練中にスノウの動きまで気にかけるほどの余裕などあるはずもない。
このあたりは、アルノの憂鬱の種で、グレン団長の心配の種でもあった。
アルノは年寄りくさく首と肩を回し、こきこきと鳴らしてから、自分がまだ訓練着のままであることに気付いた。
まだ春先ではあるが、海の潮風と自分の汗にまみれた訓練着は、部屋着として着心地のいいものではない。
訓練生の洗濯物は、二日に一度、担当の訓練生が回収していく。それまでの洗い物を入れておくのに、アルノは大きな酒樽を使っていた。
彼が入学してこの部屋に住むことになったとき、たまたま洗い物用のかごが、訓練生の数だけ用意されていなかった。別にアルノはそのような小物にこだわりがあるわけではないので、たまたま部屋に置かれっぱなしになっていた酒樽を代用し、そのまま今に至っている。
元が酒樽だから便利とはいえないが、使ってみれば多少は不便でも愛着がわいてくるもので、いまさらこの酒樽から「かご」に浮気する気にもなれなかった。
アルノは、緩慢な動作で鎧の下に着る厚めのシャツとアンダーシャツとを脱ぎ、上半身裸になる。そして、いつものように「風呂が終わるまで、あと一時間か」などと思いながら、酒樽の蓋を開けた。
蓋を開けて、硬直した。
「……………………」
「……………………」
部屋を覆う二つの沈黙。硬直したアルノの視線の先、酒樽の中。
自分の昨日の洗濯物と一緒に、裸の女の子がいた。
「……………………」
「……………………」
さらなる一瞬の沈黙のあと。
「!!!???」
思い切り、蓋を閉めた。
何がどうなっているのか分からないが、状況だけは理解できる。
自分のこれまでの生活と、今日のこの状況が違うのは、たった一つである。
自分の洗濯物のなかに、裸の女の子がいた。
「なんだ、それだけか」
……などと自分を安定させられるほど、アルノは老成していなかった。
酒樽が中から激しく叩かれている。間違いなく、中に誰かいる。
アルノは蓋を押さえつけたまま、派手な深呼吸を全身を使って二十回ほど繰り返してから、無理やり状況を整理する。
酒樽の中に裸の女の子がいた。その女の子は、白色の髪と、褐色の肌を持つ、元気そうな子だった。
そこで、アルノは不意に我に返る。
「……って、まさかジュエル!?」
慌てて蓋を開けたアルノだが、次の瞬間、視界に火花が散った。
中の女の子が蓋を開けようと全力で突き上げた腕が、そのままアルノの顎に直撃した。これほど理想的な角度・タイミングで叩き込まれたアッパーカットは、ガイエン海上騎士団の歴史のなかにも、そうはあるまい。
168センチ、55キロのアルノの身体が綺麗に後方に崩れ落ち、教科書に載せてもよいほどの、理想的なノックダウンを演出した。
彼をこれほど綺麗にダウンさせた人間は、これまでグレン団長しかいない。
「え? あ、ご、ごめん、アルノ、大丈夫!?」
と、彼の耳に聞きなれた女性の声が入ってきたが、それが誰のものかを確認できるようになるまで、20秒ほどかかった。
一瞬、気を失ったアルノが意識を回復したとき、視界に褐色の乳房が目に入って、一気に目が覚めた。上半身を抱き支えられていたアルノは、慌ててそこから離れると、壁に体重を預けて腰を落とした。
「よかった、アルノ、気がついたんだね」
ほっとした声で溜息をついたのは、さきほどなぜか酒樽の中に入っていた女性で、アルノの友人でもある。
ジュエル。白色のショートカットの髪と褐色の肌を持つ同期生だ。いまはその肌を隠すことも忘れて、全裸でアルノの前にしゃがんでいる。
相変わらず、アルノは何が起こっているのかさっぱり分からないが、とりあえず、いま気がついたもっとも重要なことを言った。
「ジュエル、その、とりあえずなにか服を……」
「え?」
一瞬呆けて、ジュエルは自分の身体を見下ろす。そこでやっと現実に気付いた。
自分が、同期生のまえで全裸になっているという現実に。
ここで、ジュエルはもっとも一般的な反応を示そうとした。バストを手で抱え込んで、声を上げようとしたのだ。
だが、意外なことが起こった。ジュエルも早く、アルノが動いた。
ほとんど野生的な瞬発力で、アルノは将来的な危機を察知したのである。
1、石造りのこの塔は、いくらかの防音構造であるとはいえ、夜間でもあるし、女性の叫び声は当然、周囲に響くだろう。
2、時間は午後8時、消灯まではまだ3時間あるうえに、大の大人が寝るにはまだ早い時間である。
3、この部屋の真上には、「呼吸する鉄拳制裁」ことグレン団長が存在している。団長が女性の叫び声を聞いて、この部屋に踏み込んできたら、果たしてどうなるか。
……誰が考えてもわかる。少なくとも、アルノは明日の朝日をおがむことはできないだろう。
そして、まだこの世に未練のあるアルノは、素早く動いた。ジュエルが自分の豊満なバストを押さえるまえに、ジュエルの口を手で押さえたのだ。
問題は、そのあとだった。勢いよく立ち上がったため、アルノは少し前方につんのめった。そして、ジュエルの口を押さえたまま、後方のベッドに倒れこむかたちとなった。
自分たちになにが起こっているのか、いちおう、二人とも理解はしている。だが、理解はしていても、思考がまったくついてこなかった。
上半身裸のアルノが、全裸のジュエルをベッドに押し倒している。
二人の心臓が、破壊される直前かと思えるほどの激しく動いた。ジュエルの褐色の肌が、はっきりわかるほど真っ赤に染まっている。
アルノは、できるだけジュエルから視線を外そうとしたが、さきほど視界に焼きついたジュエルの裸体が、脳裏から離れようとしない。着やせするのか、想像していたよりも大きなバストも、下半身の微妙に湿った白色の恥毛も、全てがはっきり見えていた。
それでも、震える声と身体とを意志で抑えつけて、アルノは小さくいった。
「ジュエル、ごめん。でも、声は出さないで。
この真上に団長がいる。団長に気付かれたら、おれたち二人とも終わりだ」
言って、アルノはジュエルの顔を覗き込む。
桜色に染まっていたジュエルの表情が、さらに赤くなった。だが、アルノの言うことももっともなので、小さく頷く。
アルノは安心してゆっくりと、手をジュエルの口から外そうとした。しかし。
「あ……っ」
ジュエルが突然、小さく声を上げた。慌てて、アルノが再びその口を手で覆う。
咄嗟には理解できなかった。ジュエルは目を閉じ、小刻みに震えながら、「ん……」と小さく呻き続けている。
アルノがジュエルの口を押さえたまま、少し楽な体勢になろうと、上半身を起こした時だ。
「んうう……」
ジュエルがくぐもった声をあげ、ビクンと小さく痙攣した。そして、身体から力が抜けたようにぐったりとした。
アルノは、この反応を知っていた。ジュエルが、絶頂を迎えたのだ。
毎日のように顔を合わせ、軽口を叩きあってきた友人が、目の前でエクスタシーに呑まれて脱力していた。
自分の手にあたるジュエルの吐息が、それまで以上に熱く感じる。
アルノはしばらく呆然とした。どう反応していいかも分からなかったが、とりあえず自分の体勢を見直して、ジュエルの絶頂の原因がわかった。
膝だ。自分の膝が、ジュエルの足の中心、その女性の秘所に直撃している。細かく体勢を変えるたびに、その膝が、ジュエルを刺激していた。
「……………………」
すぐに膝を外そうと、アルノは頭では思ったが、身体が反応しない。
自分の下で脱力しているジュエルの肢体の艶かしさが、今までに経験したことのない種類の緊張を、アルノに与えている。
(見たい)
と、アルノは思った。ジュエルが乱れる様子を、もっと見たかった。
アルノがジュエルの秘所にあたっている右膝を、細かく動かした。
「ん……う……」
さっきまでぐったりとしていたジュエルが、小さく反応する。
ジュエルが、弱々しい視線で、アルノを見た。それが、彼のなにを刺激したのかはわからない。
わからないが、アルノはジュエルの口を抑えたまま、ジュエルの秘所に刺激を与え続ける。
時には強く、時にはリズミカルに、時には深く。強弱をつけて、ジュエルの女性をもてあそぶ。
「んーーーー! んーーーー!」
とんとんとん、と刺激を与えられて、ジュエルはあっけなく陥落した。
2分ももたずに、がくがくと身体を痙攣させる。2度目の絶頂が、視界と脳裏を白く染めた。
ほとんど無意識に、自分をもてあそぶ同級生の首に両手を絡ませて、その責めに身を任せる。
最後も、あっけなかった。アルノは右手でジュエルの口をおさえたまま、左手をジュエルの股間に伸ばした。そして膝でクレパスへの刺激を続けながら、ジュエルのクリトリスを、強くつまみあげた。
「!!!!!!!」
ジュエルの脳裏に火花が散った。腰が勢いよく跳ね上がった。そして、大量の愛液が、噴水のようにとびちってアルノのズボンをぬらした。
これまで経験したことのない、とんでもない絶頂が、ジュエルの思考も理性も、なにもかもを飲みこむ。
(ぎもぢいいい……)
ジュエルが覚えていたのは、それだけだった。
アルノに押し倒されたまま、大きく背を反らしてガクガクと痙攣した。立て続けに与えられた3度の絶頂が、ジュエルの意識を夢の彼方へと持ち去ってしまった。
ジュエルが目を覚ましたのは、一時間後、午後9時を過ぎてからだ。
最初は、どこにいるのか分からないほどぼうっとしていたが、いつもと違う壁が目に入り、自分がいつもと違うベッドで、いつもと違う姿で眠っていたことに気付いて、一気に目が覚めた。
自分がアルノの部屋でなにをしたのか、なにをされたのかを思い出して、噴き上がるような勢いで鼓動が速くなった。
慌てて裸の身体をシーツで隠して周囲を見渡したが、アルノの姿はない。
よく見ると、テーブルの上にメモ書きが置いてある。それによると、アルノは寄宿舎の風呂に入りにいったようだ。
アルノは寄宿舎の連中と、隣で働いているフンギに気を使って、厨房の仕事が終わり、風呂の終わるギリギリの午後9時前後に、フンギとともに入浴しにいくことが多い。
メモはシンプルな内容だった。ただ「風呂にいく」という事実と、グレン団長にばれないように静かに帰るコツの二点だけが書いてある。
自分の部屋でジュエルが何をしていたのか、一文字も追求していなかった。
失神したジュエルを放って出て行ってしまったのは、気恥ずかしさもあるのだろう。実際、自分だって、目覚めたときにアルノが隣で見つめていたら、どのような顔をしていいかわからない。
ジュエルはアルノの洗濯物の中から自分の服を出し、絶頂後で力の入らない腕で無理をして着ると、弱々しい足取りでアルノの部屋をあとにした。
アルノのメモ書きを、大事そうに胸元に抱えて。
(2011/07/02)
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