「犬を飼う」ということ

命への責任

 うーん……。
 正直な話、しつけもできないのに、「可愛いから」というだけで犬を飼う人の気持ちが理解できない。
 しつけのなってないお馬鹿な部分を可愛いと思ってるのは飼い主だけで、そのお馬鹿な部分が近所迷惑になったりすると、馬鹿にされたり怒られたりするのは、罪のない犬だ。

 私は先祖代々、異様な動物好きの家系で、実家でも覚えているだけで歴代十匹以上の犬猫を飼っていた(今でも三匹の猫がいる)。
 特に父親が犬も猫も好きで、自分の子供は凄まじい放任主義だったくせに、ペットのシツケは厳しかった。
 だから少なくとも、無意味にキャンキャン吠える飼い犬は一匹も居なかったし、「リカ」という巨大猫はネズミ取りの名人で、ご近所の人気者ですらあった。

 しつけができないのに犬を飼う人が理解できないのは、こんな父親がいたせいだろう。
 私もけっこうなレベルの犬猫好きだけど、一人暮らしを始めてから、それが可能な環境であっても、ペットを飼ったことがない。

 私には、ペットのしつけができないから。
 しつけができないということは、自分のペットに責任が持てないと言うことだ。そんな飼い主に飼われるペットが、幸福な環境になれるハズがないではないか。

 動物を愛でることと、その命に責任を持つということは、似て非なることだ。
(だから、野良の動物にエサだけやって「動物愛護だ」とかほざいてる人間の気も知れない)
 命に責任を持つと言うことは、ものすごーくたいへんなことなんである。

 ……まあ、思い切りぶっちゃけて要約すると、犬をキャンキャン吠えさせて、私のように怒りっぽい近所住人に、市役所やら警察やらに通報されないようにね。
 あなたのペットを可愛いと思ってるのは、あなただけかもしれないよ?

(初稿:2010/10/26)