Tomorrow never knows

 その日の午後、俺はいつものように、アルクェイドのマンションに遊びに来ていた。
 最近は朝から放課後まではシエル先輩や明彦とつるんで、学校が終わるとアルクェイドのマンションに寄っていくことが日課になっている。
 もっとも、俺がここに来て、特別にやることがあるわけでもない。
 アルクェイドと他愛もない話をしたり、本を読んだり、ゲームをしたり、料理をご馳走したりしてもらったり、たまにお出かけしたり、そして時々、抱き合ったり。

 今日も今日とて、俺はぼ〜っとアルクェイドが持っている文庫本を、フローリングの床に腰を下ろして、彼女のベッドに背中を預けて読んでいる。
 大抵、なんにでも興味を示すアルクェイドだが、それは本でも同じだ。
 意外にきちんと整理されたシンプルな部屋の棚には、ジャンルも大きさもバラバラな本が、辞典と一緒に並んでいる。
 名前からもわかるとおり、彼女は外国人(外国吸血鬼?)であって、意味のわからない日本語もあるから、辞典で調べながら読んでいるらしい。

 アルクェイドの本棚を調べるのが、今の俺のささやかな楽しみだ。
 彼女が今、何に興味を持っているのかが、ストレートにわかる。
 どうやら、最近のお気に入りはミステリーのようで、それらしいタイトルの文庫本が数冊増えていた。
 彼女自身の存在がミステリーだ、という野暮なツッコミは、このさい無しだ。

 アルクェイドはといえば、そんな俺を見ていて楽しいのか、ベッドに横になって、俺の読んでいる本を覗くように、背後から見ている。
 最初はにこやかに観察されるのも何となく恥ずかしかったが、慣れとは怖いもので、今はさほど違和感を感じなくなった。
 逆に、この部屋では、彼女の存在感が近くにないと、なんとなく不安にすらなる。
 一応、鈍いだの鈍感だのケダモノだの、散々に言われている俺だが、自分に向けられている好意くらいは、わかっているつもりだ。
 アルクェイド、シエル先輩、秋葉、翡翠、琥珀さん、そして弓塚。ついでに明彦。
 みんな、俺にとっては凄く大切な人たち。一緒に生活して、一緒に勉強して、一緒に戦って、一緒に遊んで、一緒に喧嘩をして。

 俺は子供の頃から、常に「死」と隣り合わせに生きてきた。
 身体が弱かったせいもあるが、何よりも、この「眼」。
 ものの「死」を見る事ができる。そこを切ると、生命を含めたモノが「死ぬ」線。それを見る事ができる「眼」。
 幼いときは誰にも理解されず、ストレスの元でしかなかった。
 しかし、ある先生に出会い、この「眼」と共存していく方法を教えてくれた。
 そして、みんなと出会って、この「眼」が誰かを守れる、ということを教えてくれた。

 俺のことを好きでいてくれるみんなにはちょっとだけ悪いけど、俺は現状に凄く満足してる。
 これからも、みんなと馬鹿騒ぎしながら、楽しく生きていきたい。
 なんて言ったら、また秋葉から「だから兄さんは節操がないと言われるんです」とか怒られそうだけど。

 いつか、終わるかもしれない物語。
 終焉、それはいつでも唐突で、突然で、実に呆気ない。しかも、誰にでも平等に訪れる。
 それが、悪いとは思わない。それは、 当たり前のことだから。
 でも、それが訪れるまでの時間は、俺たちが自由に作ることができる。
 みんなと一緒に、作ることができる。

「志〜貴!」

 後ろから、アルクェイドが抱きついてきた。肩までの彼女の金髪が、俺の頬を撫でる。
 猫のような、という表現がぴったりな彼女だ。

「ん? あ、悪い。また本に夢中になっちまって」

 俺が本を閉じて、すまなさそうに言うと、アルクェイドは微笑んだ。

「ううん、いいのいいの。私は志貴を見てると飽きないし、考え事してる志貴は、ちょっとだけかっこよく見えるよ?」

「ちょっとだけか」

 俺も、ちょっとだけ苦笑する。

「それより志貴、もう夕方だよ。ごはん作って、ごはん!」

 アルクェイドが、窓を指差した後、俺の肩を揉んできた。
 言われて窓を見ると、そこからは、真っ赤に染まった光が入ってきていて、フローリングの床をオレンジに染め上げていた。

「そうだな、じゃ、ない腕を振るってみるか」

 俺は言うと、本をベッドに置いて、立ち上がった。
 正直言って、ごはんを作るといっても俺は麺類しか作れないのだが、アルクェイドも気分転換ついでに、喜んでくれてる。
 作りがいはあるというものだ。
 俺は台所に立って、冷蔵庫の中を見てみる。勝手知ったる人の家、とはよく言ったもの。

「なんか、材料買ってる?」

「あ、パスタとかあるはずだから、適当に見繕って」

「うぃ」

 俺は言われたとおり、適当に材料を出して、調理を始めた。


 いつも通りの夕方、いつも通りの夜。そして、いつも通りの朝。
 こういう風景がいつまでも続くことを、俺は願っている。
 無論、何の変化もない未来なんてあり得ない。いつかは俺は年をとり、みんなも少しずつ変わっていく。
 でも、そんな変化を少しずつ受け取りながら、みんなで明日を迎えられることを、俺は願っている。

(Fin)

COMMENT

 以前に出した同人誌からの再録。
「以前」といっても実に七年も前なので、さすがに恥ずかしいものがありますが、あえてほとんど修正せずにのっけました。
 毒にも薬にもならない、というか、ぶっちゃけ内容の無い一品ですが、最近は斬るだの殺すだの、剣呑なものばかり書いているので、たまにはいい……のかなあ?

(初稿:02.04.01)
(改稿:09.06.19)