それは、以前のマリアからは想像も出来ないほど俗な質問だった。
マリアがその質問を自分にしたことも、その対象が大神であることも、予測していたとはいえ、やはり天草には意外に感じられる。
「……そう思う理由を、よければ教えていただけるか?」
質問に対して質問を返した天草に、またマリアは一瞬の逡巡を見せた。
これは、他の花組の隊員にも相談できないことだった。
なぜなら、一つに誰もが大神の実力を認め、彼に惹かれながら、彼の素性を殆ど知らないこと。
そして二つ目に、マリアを含めた花組の全員が、恐らくはマリアと同じ秘密を他の隊員に対して持っている、ということ。
その秘密、それは、マリアが大神に抱かれている、ということだった。
そうそう回数があるわけではない。しかし、マリアがなんらかの変調をきたし、精神的に沈んでしまった時など、大神は言葉の変わりに、それらの行為を彼女に与えた。そして、それは他の隊員も同じなのではないか、とマリアは思っている。
大神が花組の隊長として赴任してきたばかりの頃は、互いにいがみ合うことが多く、チームワーク云々を言う以前の問題であり、役者の集団としてはもちろん、なにより戦う者の集団として致命的な弱点を内包していた。
しかし、大神が赴任してから半年ほども経つと、やんわりと、少なくとも彼女たちの元来の性格に起因しない刺々しさはなりをひそめ、チームワークも自然に、効果的に発揮できるようになっていた。
もちろん、それが大神の人格に惹かれたのも原因の一つではあるだろう。マリアをはじめ、さくら、すみれ、紅蘭、カンナ、アイリスの全員が大神に惹かれていることは間違いない。
しかし、ここ一年で、マリアを含めて彼女らは見違えて輝きだした。感情どうこういうのではなく、彼女らが年齢的に持っている若さが、それ相応以上に花開きだしたのだ。
これは、単に男性に惹かれたから、という以上の変化といっていい。
花組の全員が大神に抱かれていて、メンバーがそれを自らの秘密として心の内に秘めている。それは、まだいい。
「精神的に安定させてやりたい」という大神の目的を置いておいても、大神に求められて反対する者が花組にいるとは思えないから、花組のためにはそれが必要だったのだろう。結果論であるにしても。
しかし、マリアはここで重大な疑問を持つ。
果たして、大神個人としての心理はどうなのか。
少し下賎な言葉面だが、若さという点に置いても、美貌という点に置いても、花組の少女たちは、およそ世の男性の趣向の頂点に近い。だが、それら全員を相手にしてなお、大神は彼女らいずれか個人に惹かれている、という様子はない。
だとすると、大神には、ほかに本当に心にある女性が外にいるのではないか。
それがマリアの質問の原義となっていた。
聞けば、天草は大神とは士官学校に入る前からの付き合いという。彼以外に、この質問をぶつけられる相手はいなかったのだ。
そこまで理解するにも知る由も天草は至らなかったが、マリアの質問に対し、押し黙って月を見上げてしまった。
マリアは不安を心に募らせながらも、つられて月を見上げてしまう。
天草が呟いた。
「…空には白い月…深紅の色は、涙によって拭われた…それは、夢の終わり。短く長い、夢の終わり…か…」
言い終えて、天草は振り返った。
「詩…ですか?」
マリアが、自分の質問をはぐらかされたと思ったのか、少し怒りを声に込めた。
「遺言だよ」
「…遺言!?」
「そうだ」
天草は、それ以上は語らなかった。
彼は姿勢を変えぬまま、顔だけをマリアに向けた。その表情は、悲哀とも怒りともとれる、複雑な表情である。
マリアは困惑していた。
「あの、それが私の質問となにか関係が…」
いいかけて、気づいた。ふと言葉と足が止まる。
「遺言…? 大神隊長の愛する人…?」
マリアの思考が、高速で回転を始めた。自分の質問と、天草の応答。それは、どうつなぎあわせても、そういう結論に達してしまう。
解答の真偽を求めて天草の方に視線を向ける。が、天草は表情を消したまま、マリアの表情を確認するように彼女を凝視していた。
「天草隊長……?」
マリアの不安げな声を、天草は自分の愛刀を肩に担ぎ上げながら聞き流した。彼の足が、帝国劇場の中に向いて歩き出した。
マリアは、彼の服を掴んで帰すまいとした。彼女の疑念、不安は、1mgも解決されていないのだから。
天草は、歩を止めてマリアを見る。
「そう求められても、俺にはこれ以上は言えぬ。お前さんにとって大神が大切な人間であるように、俺にとってもヤツは刎頸の友だ。友の記憶を簡単に掻き回すような安い真似はしない」
諭すような天草の言に、マリアは彼の服を離して頷いた。
それはそうだろう。自分だって、親友のカンナのことを聞かれて、なにもかもを聞いた方に答えるとは思わなかった。
「まぁ、お前さんの気持ちもわからんでもないから、切っ掛けは与えた。後は自分でなんとかするんだな。お前さんは、それが出来る人間の筈だ」
おやすみ、と一言付け加えると、天草は再び歩を進め、劇場の闇の中に姿を消した。後には、佇むマリアが残された。
マリアは、再び月を見上げる。結局、疑問は解決せず、不安だけが水量を上げた。それがほんの切れ端であっても、大神の過去の一端を見た。天草は嘘はついてはいないだろう。
「隊長の愛していた人が……死んでいた…?」
マリアはぽつりとつぶやいた。
それは自分から発した言葉ではなく、思わず出た心境の一端だった。
空には白い月
深紅の色は、涙によって拭われた
それは夢の終わり
短く長い、夢の、終わり
<<FIN>>
初稿:不明
改稿:07.02.27