友ら来たりなばF

「…………………………………………?」

 目が醒めたばかりのユリは、目蓋を半分閉じたまま、自分の状況を確認すべく辺りを見渡す。

「…………………………………………?」

 記憶が合わない。
 自分は、みんなとリビングで会話に花を咲かせていたはずである。しかし、目覚めた自分がいるのは、明らかに自分の部屋だ。しかも、隣には舞が眠っている。
 ユリは自分が眠る前の記憶を手繰り寄せようと、記憶の糸を思い切り引き寄せる。食が進み、テーブルの上にあった料理も順調になくなり、飲んでいたジュースがいつの間にかお酒に変わり、それも順調に消化していたはずである。
 と、そこでユリの記憶が止まり、思考が空白になった。
 ………酒か。
 何時ごろだったか、舞に進められるままにビールを飲みだしたのは。舞もテリーとマリーに止められてジュースを飲んでいたはずなのに、年長組の目を誤魔化して、飲み始めたらしい。
 酒が入ったらダメだ。一応、ユリには自分が酒に弱いという自覚はある。酔っ払うとか気持ち悪くなるとか言う前に、すぐ眠ってしまうのだ。
 状況をはっきりと自覚すると、急に頭がぐらぐらしてきた。体内に沈殿したアルコールというのは、随分都合よく目覚めるらしい。それでも、気持ちが悪いということは無い。恐らく、昨晩もそう飲んではいないのだ。その前に眠ってしまった筈だから。
 時計を見ると、午前六時をさしている。いつもよりも少し遅めなのは仕方が無い。
 とりあえずは、隣で眠っている舞を起こさねばならない。彼女等三人は、今日午前の早いうちに、サウスタウンを後にすると言っていたのだから。



「舞さん、シャワー空いたよ」

 適当に髪にドライヤーをあててブラシですきながら、ユリは廊下でうずくまっている舞に話しかけた。シャワーを浴びれば抜けてしまうくらいしか飲んでいないユリと違い、今朝の舞はなかなかに重症である。

「うう……気持ち悪い……」

 解りやすいくらいに真っ青な顔をしながら口元を手で多い、鏡の前に突っ立った。

「大丈夫? 先に水を飲むかトイレに行く? 胃薬ならあると思うけど…」

「いや、先にシャワーを借りるわ。頭は痛いけど嘔吐感はないから、ひと浴びすればかなり違う……と、思う」

 言って、舞は脱衣場に閉じこもった。暫くすると、水の落ちる音が聞こえてくる。

『大丈夫かな…』

 心配そうに振り返りながらも、ユリはキッチンに足を向けた。電気のスイッチが入っていたのはシャワーを浴びる前に確認しているので、恐らくは香澄が既に起きて何らかの準備をしていてくれるだろう。
 このへん、ユリにとっては有難くもあり、力強くもある。わずか三人の“家族”とはいえ、家事仕事と道場の仕事を両立してこなすのはなかなか重労働なのだ。リョウは家事を手伝うといっても掃除しか出来す、台所に立っても正直に言って役には立たない。必然的に殆どの台所仕事はユリの担当となる。
 このあたりの仕事を全て一人でこなすことを考えれば、料理の腕はまだ未熟とは言え、香澄が隣にいてくれるのは確かに心強いのだった。

「さぁてと、朝ごはんの準備でもしようか」

 昨日はみんな、充分飲み食いしているから、今朝は重いものを作る必要は無い。サンドイッチとヨーグルト、あとは軽めのサラダでもあればいいだろう。
 そう思いつつ、階段のところまで来た時、その階下、つまり道場の方から、なにやら勢いのいい掛け声と、暴れるような音が響いてきた。

『道場? 誰だろ。…ま、大体予想はつくけど…』

 本当は必ずしも行く必要は無かったのだが、興味があるのは確かだったので、覗くだけでも覗いてみようとユリはとんとんと階段を下りていく。すでにアルコールの陰は微塵も無い。


 道場に立っていたのは、リョウとマリーだった。リョウにとってはいつものことだが、マリーは珍しく空手の道着を着込み、道場の真ん中でリョウと対峙していた。そしてテリーがその二人を壁に背中を預けて腕を組んで見つめている。
 リョウとマリーは既に幾手か交えているのか、首筋に汗を光らせていた。マリーはいつでもタックルにいけるように低く腰を落とし、リョウもいつもの如く天地上下の構えでそれを威嚇する。
 ユリとテリーの四つの瞳が見守る中、先に動いたのはリョウだった。
 それは、偶然でも必然でも、かつ突然でもない刹那の突拳。対峙している二人にしか解らぬ空気の流れを切り裂き、リョウの突きがマリーに襲い掛かった。狙いは正確、人中である。
 そこから、息も切らせぬ二人の攻防が始まる。絶え間なく入れ替わる攻防、交錯する拳脚。互いに寸暇の必殺を狙いつつ相手の好機を外し、かつ隙を見せぬ。
 ユリが驚いたのは、リョウがかなり積極的に攻め手を狙っていることだった。最近の公式の格闘技の大会でのリョウ・サカザキといえば、堅い防御と返し技の名手、という評価が当然の如くついてまわり、リョウ自身もそれを誉れとするかのような闘い方を展開していた。
 しかし、今は違う。リョウの蹴りをかわしざま、マリーはリョウの腕を狙って、空中から得意の掴み技にいこうとする。普段であれば、半身でそれをかわし、そこから飛燕疾風脚なり虎煌拳なりで主導権を握りにいくか、虎咆で迎撃してから一度仕切りなおすだろう。だが、今回はマリーの姿を空中に確認すると、真正面から暫烈拳で受けて立ったのだ。
 結局、これは相打ちに終わり、二人は互いに少しのダメージを受けて後、再び対峙したが、その状況は二人の表情が物語っている。
 マリーが驚いたような顔をしているのは、恐らくユリと同じことを考えているからだろう。当のリョウは「してやったり」といわんばかりの表情で、微笑みすら浮かべている。

「似合わない…」

 思わず、ユリが呟いた。そして恐らくマリーもそう思った。
 だが、ユリはすぐに考えを正した。確かに、こういう相手の裏をかくような戦術はリョウらしくない。裏表の無い剛直な拳こそがリョウの真骨頂であるように思える。
 だが、攻撃的なスタイル自体がリョウらしくないかというと、決してそうではない。むしろ、以前のリョウは自分から攻め立てるスタイルだったのだ。今の防御に重きをおいた戦闘スタイルは、リョウにはリョウなりの考えがあってそうしているのだろうが、ユリが最初に見たときは、逆にそちらに違和感を感じたほどである。
 ユリの思惑を置いて、二人の仕合いは再び白熱の様相を呈する。恐らくは二人とも朝食前の軽い運動のつもりだったのだろうが、とうにその垣根は軽く飛び越えていた。

「いけない、朝ごはん作らなきゃいけないんだった。香澄に押し付けちゃ悪いよね」

 独語したことで我に返ったのか、ユリはふと本来の目的を忘れていたことに気付いた。そして、熱い声と汗の飛ぶ道場を一度だけ振り返って階段を昇った。

「まったく…なんであれだけ飲んだ翌朝に、あれだけ動けるんだか…」

 無論、それはリョウとマリーだけでなく、壁際で面白そうに眺めているテリーに対して向けた言葉でもある。


 ユリがキッチンに入ると、テーブルに蹲った舞と、それを介抱する香澄がいた。

「おはよう、香澄」

「あ、ユリさん、おはようございます」

 香澄がユリに気付き、丁寧に挨拶を返す。キッチンは既に掃除と換気が済ませてあり、いつでも調理が出来るように準備が整えられていた。

「ごめんね香澄、遅くなっちゃって」

「いえ、私はいいんですけど…」

 香澄が立ち上がったまま、心配そうに舞を見下ろす。
 どうやらシャワーを浴びたくらいでは、頭痛は軽くならなかったらしい。幾分、顔色は正常に戻っているものの、まだ本人は気持ち悪そうだった。

「もー、舞さん、昨日飲み過ぎたんだよ。キングさんの店ではこんなに酔ったこと無いのに、なんであんなに飲んじゃったの?」

「うー、解んないけど、耳元で喋らないで…。頭に響くから…」

「まったく…」

 ユリは悪態をついてはみたが、いつまでも舞一人の面倒を見ているわけにもいかない。下の道場で暴れている三人が上がってくるまでには、朝食を作っておきたかったのである。
 ユリは香澄に言って胃腸薬を持ってこさせると、半ば無理やり舞に飲ませて、後の介抱を香澄に任せた。そして、自分はキッチンに立ち、冷蔵庫からサンドイッチ用の食パンや野菜を取り出すと、手始めにレタスを洗い始めた。


 リョウ、テリー、マリーの三人がシャワーと着替えを済ませ、リビングに入ってきたのは三十分ほど経ってからである。もっとも、リョウとテリーの二人は上半身裸のままで、ユリに白い目で見られてはいたが。
 その時には既に朝食も出来上がっており、昨日出されてそのままになっていたロングテーブルに並べられていた。

「お、こいつは美味そうだ。リョウは毎日こんな豪勢な朝食なのか? 羨ましい限りだな」

 テリーが感嘆混じりに言うと、

「あまり褒めてやらんでくれよ。ユリはすぐ図に乗るからな。それに、サンドイッチが豪勢に見えるのは、あんたがジャンクフードの食いすぎだからだ」

 などとリョウが答え、テリーとマリーに苦笑させた。ユリが拳骨をリョウに一発食らわせたのには気付かなかったけれども。

「しかし、マイは大丈夫か?」

 テリーが、これまた心配そうに声をかけるが、舞の反応は変わらない。どうやら胃腸薬も、すぐには効かないようである。

「マイも道場で汗を流してみる? アルコールが消えるわよ?」

 マリーが無茶なことを言う。舞は俯いたまま弱々しく手を上げて、それを左右に振った。

「遠慮しとくわ…。今は大人しくしてるから大丈夫だけど、忍蜂とかだしたら、それだけで大惨事になりそうだから…」

 香澄を含めた五人は、思わず納得して首肯した。



 そして、午前七時半。訪問客三人は、サカザキ家を後にする。マリーのホームタウンであるマイアミに帰るのだ。
 マイアミまではサウスタウン空港からの直行便があるが、そこまで行くためには地下鉄を使うのが一番早い。三人は、リョウの運転する車でそこまで送ってもらうことになっていた。

「それじゃ、楽しかったよ。有難うな」

「うん、あれくらいでよければいつでもご馳走するからさ。今度は長い休みつくって遊びに来てよ」

「そうね、私の仕事の都合がつけば、是非そうさせていただくわ」

「舞さんも、そのときはお酒は控えめにしてくださいね」

「結局、その話で落とされるのね、あたし…」

 リョウが正面玄関に車を回してくるまでの一時、五人は別れを惜しんで会話を弾ませた。親しいようでいても、なかなかこうして会う機会は無い。特にマリーのような仕事をしていれば、次の機会があるかどうかさえ確実ではないのだから。


「それじゃあ、元気でね。また一緒に遊ぼうね〜!」

 リョウを含む四人を乗せ、走り出した車の後ろから、ユリが大きく手を振った。舞は少し青い顔をしてはいたが、窓から元気よく手を振り替えした。マリーは何事もなかったかのように、笑顔で小さく手を振っている。
 テリーは車の前座席の窓からその逞しい上半身を出すと、ユリに向けて叫んだ。

「夏になったら、マイアミにも遊びにきなよ! みんなで海に遊びに行こうぜ!」

 そうして、伝説の狼は、そのままそのトレードマークである赤い帽子を、ユリと香澄のほうに投げ渡した。
 ユリはその様を視線で追いかけて、空を見上げる。季節は六月、テリーの言う夏は、そう遠い先のことではない。
 また今年もKOFが始まり、厳しい戦いの幕が開くだろう。けれども、その厳しい戦いすらも、こうして語り合える仲間達と再会の場であり、新たな強敵と出会える場であることを思えば、そう悪いものでもないように、ユリには思えるのだった。
 気付くと、もうリョウの車の姿は確認できなかった。
 テリーの投げた帽子も、ビル風に乗り、ユリと香澄の頭を飛び越え、全員の雄飛と再会を指し示すかのように、空の彼方に遠く、消えていった。



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 この作品も「母の面影」同様、同人時代の蔵出しです。もう面影が無いほど書き直しているので、読み比べても解らないと思いますが……。
 元になった「KASUMI wake up!」は、出来のほうはともかく、かなり長いシリーズで、今まで出している分で約60話ほどが、誰も知らないところで世に出ています。この「友ら来たりなば」「母の面影」のほか、18禁サイトの小説も、もとはこの「KASUMI wake up!」を下敷きにしています。だから、香澄がサカザキ家に居候している、という設定も共通です。
 この他、ユリと香澄が小説にチャレンジする、といった内容のミニエピソードなどもあったりするのですが、その辺りは気が向いたら蔵出ししていきます。
(06.06.21)