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友ら来たりなばE
午後八時。
たらふくビールを飲んだ舞とユリは、テーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
リョウとテリー、マリーも赤い顔をしており、ただ一人ビールを飲まなかった香澄だけが酔っていなかった。最も、三人とも酒には慣れているのか、その酒量の割には平気な顔をしていたが。
結局、昼食からぶっ続けで夕食分まで食べてしまったので、香澄はおなかをぱんぱんにしながら、座っていた。しばらくは体重計を見たくないのが正直なところである。
リョウとテリーはユリと舞をユリの部屋に寝かせに行き、そのままキッチンとつながった隣のリビングで「二次会」に突入している。料理同様、大量に仕入れていたはずのビールは、すでに八割が失われていた。
「遠慮することはない、今日は泊まっていくといい。寝たままの女の子を抱えて歩くわけにもいかんだろう」
昼は女の子同士の生々しい話を、目を白黒させながら聞いていたリョウだが、総じて今日は機嫌がいい。やはり、滅多に会う機会のない友人と心ゆくまで酒を飲むのは、楽しいものなのだ。
三人の会話も、自然にサウスタウンの現在に話が及んだ。リョウもそうだが、テリーとマリーにしても、この街には特別な思い入れがある。
リョウとこの二人は、サウスタウンの裏表に大きな影響を及ぼしてきた。リョウとその親友ロバートの活躍でMr.BIGを失脚に追い込んだのは衆知のことだが、その後にサウスタウンの裏社会の実権を握ったギース・ハワードという男は、テリーとマリーに大きな因縁があった。
ギース・ハワードは、マフィアに籍を置いていた若き日に、マリーの祖父であった日本人格闘家・周防辰巳から日本古武術を修めた後に彼を殺害、その後中国の八極拳師タン・フー・ルーの弟子となり、数年後に同門であったテリーの養父ジェフ・ボガードを対立の後に殺害したのである。その後、更にギースは組織内で対立していたMr.BIGを完全に追い落としてサウスタウンの実権を握り、じわじわと表世界にその触手を伸ばし始めていた。
しかし、そのギースも死闘の末にテリーに破れ、自らの名を冠した高層ビルからその身を投げた。ギースの身辺を調査していたマリーがテリーと知り合ったのはその数年後、ギース復活の噂が無秩序にこの街に流れている時だったのだ。
「で、今はどうなんだ。ギースがいなくなった「組織」は動いてるのか?」
テリーが缶を煽りながら聞くと、リョウは眉を少しだけしかめた。
「悪い意味で派手だな。俺もちょくちょく内情は耳にするが、内部じゃまだ権力争いをやってるらしい。それを外でもやるもんだから、民間人にも被害が出てる」
リョウは、自らが巻き込まれた経験を二度と繰り返さないために、そういう情報を得るためのルートをささやかながら作っている。セスやヴァネッサに協力を仰いで築かれた彼のネットワークは、まだ衝撃的な情報こそ得たことはないが、大まかながら組織の内情をリョウに伝えてくれていた。
リョウの得る情報から想像できる組織の内情は、まさに陸に上げられて瀕死直前の魚のそれである。無秩序な鰭の動きから飛ぶ水しぶきに迷惑するのは、いつも民間人だった。
「…くだらない事ほど、人間は熱中できるみたいね。まんざら馬鹿ばかりでもないでしょうに」
マリーが忌々しそうに呟いた。
彼女は仕事で情報を扱う関係上、犯罪組織を対象にすることも多い。サウスタウンにも、何度も潜入している。だから、そういう人間の特徴を、かなりの正確さで捉えている。
そして、彼女はそういう人間を一概に軽蔑していた。偏見とは言えなかった。
「しょうがねえさ。俺たちみたいなアウトローは、自分の力だけで生きていかなきゃいけない。俺はまだ格闘に出会えたが、金と権力に魅入られた人間は、それがすべてになっちまうからな」
テリーが言う。彼に言われるまでもなく、マリーもそれはわかっている。しかし、テリーほど割り切れないのも、事実だった。
マリーは、シークレット・サービスを職業としていた婚約者と父親を、テロリズムによって同時に失った。それが、彼女がエージェントとなる大きなきっかけとなったのだが、自分の親の仇を自分の手でうったテリーと違い、マリーの仇は婚約者と父親と一緒に爆死したのだ。彼女は振り上げた拳を、振り下ろすことが永遠にできないのである。
テロリズム、ひいてはそれを行う人間・組織に対する怒りと軽蔑は、社会的な情勢を差し引いても、彼女は拭うことはできなかった。
「で、今も忙しいのか? 無理を続けてるなら、たまには身体を休めたほうがいいぞ?」
「あら、そういうあなたも忙しく人に教えてるじゃない、カラテ・マスター?」
リョウがマリーに問いかけると、マリーは表情を和らげた。仕事も性格も性別もまったく違う三人だが、やはり生死をかけて何かと闘い続けたという経験は、性格の底辺で三人を繋ぎ合わせているらしい。
「そもそもエージェントっていうのは、どういう仕事なんだ? いや、もし差し支えなければ教えてくれないか?」
リョウは興味本位で聞いてみた。格闘者としてのマリーのことは以前から知っているが、彼女の仕事のことは殆ど知らない。
「そうね…」
マリーは、やや口篭った。
表面上、マリーはフリーランスということになっているが、現在でも実質は米情報総局の専属に近い。彼女の仕事にはトップシークレットに属することも多くあるので、依頼主どころか仕事の簡単な内容まで、そのほぼすべてが他言無用なのだ。どう説明したものか。
「簡単に言えば、依頼主から頼まれて、対象となる組織や個人のことを調べることが仕事、かな?」
「私立探偵みたいなものなのか」
「いや、そうでもないわね。調べるだけの場合もあるけど、大抵は補足や排除なんかも含まれるの。だから、私みたいな格闘も銃も扱える人間は重宝されるのね」
「そりゃ、また危険な仕事をしてるんだな」
「そうね。でも、最近はテリーやマイができる範囲で手伝ってくれてるから、随分と楽になってるのよ。一人でやってるときなんか、まさか自分がチームでやるなんて想像もしてなかったけどね」
マリーはくすくすと微笑んでテリーの首筋に抱きついた。その微笑の裏で何回、マリーが命を危険に晒してきたのか、リョウには想像もできない。
ただ、「楽になっている」というマリーの言葉は、現実感を持って受け止めることが出来た。リョウ自身も、ユリの存在があったからこそ極貧の10年を耐えられた、という事実があるからである。
「テリー・ボガードもエージェントの仲間入りか。すげぇことだな」
テリーは暑くなってきたのか、トレードマークの赤いジャケットを脱いで、ラフなシャツ一枚となった。すでに帽子もテーブルの上に置いてあり、彼のもう一つ特徴でもある黄金のロングヘアーは、髪留めを解かれて彼の背中に広がっていた。
「いや、こっちは相変わらずの風来坊さ。とはいっても、マイが来てから、以前のように見境なしに放浪することはなくなったけどな。どっちかというと、三人でうろうろすることが多くなったかな?」
「そういうこと。最近は、仕事のないときはマイアミで大人しくしてるわ。テリーとマイって見てて飽きないから、退屈はしないわね。それに二人とも強いから、よき相棒になるしね」
マリーは笑った。彼女の仕事からすれば、テリーと舞はあくまでも「民間の協力者」であるのだが、リョウが聞く限り、その枠を少々超えて、二人はマリーに協力しているようだ。
彼女の笑顔に合わせて、今度はテリーが笑い声を上げた。
「俺はマリーとマイを見てると、いつも楽しそうで暇しないけどな!」
「たぶん、舞ちゃんもそう思ってるぜ。テリーとマリーを見てたら暇しないってな」
リョウが言うと、二人はそれぞれに楽しそうに笑って、新しいビールを開けた。そして、「乾杯」とばかりに三人は缶をこつんとぶつけあった。
後ろで聞いていた香澄にとっては、ある意味でこの会話は羨ましいものだった。
日本にも友人はいるし、アメリカでも何人か友人はできた。いずれも腹を割って相談し合える、香澄にとっては大事な人たちだ。しかし、この三人のように相手のことを理解しているか、と聞かれれば、少し疑問になる。
自分にとって大事な誰かのために、大事に思われる人物でありたい。そういう人物になりたい、と、志してはいるのだが。
結局、その晩はユリの部屋に舞が、香澄の部屋にマリーが、リョウの部屋にテリーが泊まった。リョウはテリーと「汗くせぇ!」「酒くせぇ!」と笑いあいながら、部屋で更に飲み明かしていたようである。
ユリと舞は、もう夕方から眠っていたから、朝までそのままだった。香澄は、マリーからいろんな話を聞きたかったのだが、散々に飲んだ後だったからか、マリーは横になるとすぐに眠ってしまっていた。
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(06.06.21)
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