友ら来たりなばA

 なんだかんだと言いながらも、朝食の準備は続く。普段はソファで新聞を読んでいることが多いリョウも、今朝はユリの指示に従っててきぱきと準備を手伝った。
 それは、いつもと何ら変わらないサカザキ家の朝食の風景。
 ただ一点、ユリがすまなさそうに苦笑いしていることと、リョウと香澄がジト目で彼女のことを見ているのが、いつもと違う風景であったけれども。



 さて、本日の朝食は、ご飯とサーモンのソテー、ほうれん草の胡麻和え、じゃがいもとワカメのみそ汁、そしてリンゴが一切れである。
 格闘一家ということもあり、食を担当するユリは、常に量と栄養のバランスをきちんと考慮している。それにしても、心持ち量が多めになってしまうのは、まだまだ育ち盛りな香澄がいることと、極限流の修練が厳しいことに所以していた。
 ユリは最近、毎食の一品を必ず香澄に任せるようにしていた。ユリ自身の労働の軽減ということもあるが、なにより香澄自身が望んだのである。格闘家であるのと同時に一流の調理師でもあるユリや不知火舞、キングといった面々と交流していく中で、なにか思うことがあったのであろう。
 今朝の献立も、ユリはバランスを考えればサーモンではなく鯵の開きあたりを考えていたのだが、あえて香澄の裁量に任せて好きにさせた。結果、どうやら香澄の努力は正当に報われたようで、食事に関しては食べるほうが専門のリョウも、

「うん、美味いぞ、香澄」

 と満足そうに微笑んで声をかけた。
 香澄はリョウにその言葉をかけてもらうことを何よりも楽しみにしていたし、リョウとユリも、そのときの香澄の、いかにも嬉しさを押さえきれない笑顔を見るのを楽しみにしていたから、今のところユリと香澄のタッグは、最高の結果を出していると言えた。
 褒められる喜びと憧れ。これらは別個の感情であるが、それぞれがスキルの上昇とそのための努力の、優れた潤滑油であることの、これはよい証左であったろう。
 特に最近は、リョウが香澄を呼び捨てで呼ぶことが多くなり、香澄が以前にもまして笑顔が増したことを考えれば、別の感情が多分に影響していることも考えられるが、香澄はともかく、リョウが自発的にそれに気づくには、恐らく100年ほどかかると思われた。
 しかし、そのような微笑ましい日常を謳歌できるのも、ユリが包丁で人を脅すとかいうことがない日常で、の話である。

「いや、俺は絶対にユリに刺されると思ったぞ。あの目は尋常じゃなかった」

 リョウは茶碗を手に取り、箸を動かしながら力説した。
 無敵の龍をして恐怖たらしめるほど、彼の見た妹の目は狂気なり殺意を孕んでいたのであろう。大きく同意して首を縦に振っている香澄と兄を同時に見やりながら、ユリは不満そうに頬を膨らませた。それ以上の反論ができないところが悲しい立場だが。

「やだなあ、あたしがお兄ちゃんを刺すわけないじゃん。あたしが刺したいのは、あのパンツ男だけだって」

 怖いことを言いながら、ユリも箸を動かす。いくら団欒が弾もうと、食事の速度が落ちないのは、流石といえば流石である。

「まあ、お前の気持ちもわからんではないが…」

 一旦端を置き、味噌汁に口をつけてからリョウはユリを視界に収めた。

「ジョー・東自身は、そんなに悪い男ではないぞ? 暑苦しいところがあるのは確かだが、腕は立つし、根幹ねっこは気持ちのいい男だ」

 兄がジョーの肩を持つようなことを言ったのが気に入らなかったのか、ユリの表情がやや不満気に膨れる。サーモンの最後の一切れを咀嚼して飲み込み、ユリが問うた。

「それじゃあ、お兄ちゃんが試合中にジョーのお尻を見せられたらどうする?」

「俺か? うーん…」

 考え込んでしまったリョウを、ユリと香澄が注意深く見つめる。そして、彼は口を開いた。

(編集部注:リョウ・サカザキのこのセリフは、読者に残酷かつ反社会的な犯罪をほのめかす危険性が非常に高いと判断され、厳しく注意を受けてカットになりました。もうしわけありませんがご理解ください)?」

 それを聞いた瞬間、ユリと香澄の表情から血の気が引き、彼女等は思わず、音を立てて椅子ごとテーブルから後ずさる。香澄に至ってはキッチンの壁まで下がっていた。
 二人とも真っ青な顔をして、歯を鳴らして震えていた。

「うわああぁ! い、今とんでもないこと言ったよ、この人!」

「信じません信じません信じません! リョウさんがそんなこと仰るわけが無い! 信じません信じません信じません!」

 まるでこの世のすべてを否定するかのごとき二人の取り乱しように、リョウも慌てて立ち上がる。

「おいおいおい、冗談じゃないか! それに俺の言が問題ならユリのアレはどうなるんだオイ!」

「ひいいいい! 近づかないで!」

「犯されるうぅ!」

「と、とんでもないこと言ってるのはお前だ、香澄!」

 阿鼻叫喚。



「さて、と」

 そんなこんなで大騒ぎの朝食を終えた一行は、それぞれに立ち上がった。

「それじゃ、俺は掃除を始めるぞ。買い物のほう、頼むな」

「はいな」

「おまかせください」

 確認しあう三人。

 準備の役割分担は、昨夜のうちに決めてあった。リョウが大雑把な掃除、ユリと香澄が昼食のための買出し。テリーほか三人(メンバー不明)は泊まることになるかもしれないので、少し量は多めに買い込むつもりだった。
 本当は買出しはリョウがする予定だったのだが、テリー一行は列車を使って来るらしく、駅まで迎えに行けるのは免許を持っているリョウだけなので、彼には連絡が来たときのために残ってもらわねばならなかったのだ(機械に疎いリョウは「携帯電話」というものを持っていない)。
 しかし、結局、リョウが本当に大雑把に掃除をすませ、ユリと香澄が帰ってくるまで、その連絡はなかった。
 連絡があったのは、午前11時58分。昼“2分前”だった。



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(06.06.21)