ザ・キング・オブ・ファイターズ
Fan-Fic
母の面影@
 休日の朝。サカザキ家はいつもより少し遅めの朝を迎えている。

 午前九時半、香澄とユリは朝食の後片付けをしていた。いつもの通り、朝食前に一通りトレーニングを終え、疲れてはいるが二人は心地よい高揚感のなかにいる。

 リョウは用があるというので、休日だというのに朝食をとってすぐ出かけていった。さすがに一流派の総帥ともなると忙しいのかな、と香澄は思ったりもしたが、ただの私用らしかった。

 テレビをつけ、最近の麻宮アテナのアルバムについて、二人であーだこーだと雑談しているとき、玄関のインターホンがなった。



「は〜い」

 ユリがぱたぱたとスリッパを鳴らしながら、玄関にかけていく。どうやら客は男性らしい。二、三、英語によるやりとりが聞こえた後。

「香澄〜、荷物〜!」

 と、呼ばれた。

 香澄は玄関まで言ってみると、そこには宅急便の配達員らしき男性と、大きなダンボールの箱が二つ、鎮座ましましている。

「ほい、宛名があんただからさ、ここにサインしてって」

 ユリに紙を渡されて、香澄は慣れないアルファベットで自分の名前をさらさらと書いた。それを見て満足したのか、巨漢の宅配員は「HAHAHA!」とアメリカ人らしい陽気な声を残して、去っていった。

 とりあえず、二人でその大きなダンボールを、リビングまで持っていく。そうとう大きなものが入っているのか、それとも大量に荷物が入っているのか、それは結構な重さがある。普通の女の子よりは二人は力持ちだが、荷物をテーブルに置いたとき、二人は汗をかいてしまっていた。

「なにが入ってんのよこれ。すっごい重さ…」

「あの男の人、こんなのよく4階までもって来ましたね…」

 不覚にも二人は息を切らしながら、無名の達人をちょっと尊敬してしまった。

「で、それなに?」

 ユリが興味津々で聞いてくるので、香澄は箱にべたべたと貼られたラベルを見てみると。

「あれ、お母さんからだ」

 送り主を見ると、それは実家の母親からである。香澄はべりべりと豪快にダンボールに封をするガムテープを剥がしていき、箱を開けると、中には紙の包みがいくつか入っている。それは両方の箱で同じだった。

「うあっ」

 紙の包みの中には、香澄の着替え等の衣服が主だったが、勉強道具や母親のお稽古事の教本が何冊かあって、香澄は苦笑してしまった。

 嬉しかったのは香澄の胴衣が入っていたことだった。白い上と紺の袴、同色の腕当てと赤色のたすき。それがそれぞれ2セット、丁寧にたたまれて入っている。今まではユリの胴衣を借りていたのだが、これで晴れて「藤堂流の継承者」として道場に立てるのだ。

「あ、手紙がついてますね。これ、ユリさん宛です。家の母親から」

 箱には、手紙が三通ついていた。それぞれ香澄、ユリ、リョウに、香澄の母・志津香から宛てられたものだ。

 ユリは封筒を受け取ると、封を開けて便箋を出し、目を通した。
 それは実に達筆なペン字で、香澄を助けてくれたこと、及び居候させてくれていることに対する感謝が述べられていた。同時に、同年代の友人がいないアメリカで、ユリの存在は香澄にとって実に大きいであろうこと、これからも仲良くしてやって欲しいといったことが、理路整然とした日本語で書かれていた。

 ユリは微笑んで、何度も手紙を読み返した。母親のいないユリには、喜ばしくもあり、羨ましくもある。

 香澄を見ると、なぜか苦笑して頭をかきながら、母からの手紙を読んでいた。

「なんて書いてあるの?」

「え? いや〜、お二人に迷惑をかけるなとか、勉強を欠かすなとか、生水を飲むなとか、そんなことばっかりです。相変わらず心配性なんだから」

 言いながらも、香澄は嬉しそうだ。それはそうだろう。
 こっちに来てから、実家どころか日本語に接する機会すらあまりない。家の中ではリョウとユリは日本語で話してくれるが、家の外ではほとんど英語だ。香澄はいつも元気だが、気弱になることがあってもおかしくないのだ。どんな形でも実の家族の温かみを感じれば、嬉しくなるのも当然だろう。

 二人は、再び息を切らして荷物を香澄の部屋に持ち込んだ。

「ちょうどヒマだし、整理すんの手伝おうか?」

「いいんですか?」

「うん。そのかわり、香澄のお母さんのこと、教えてくれる?」

「はい♪」

 二人は大量に送られてきた荷物を箱から引っ張り出して、整理を始めた。香澄は手を動かしながら、嬉しそうに家族のことを色々と話した。ユリも微笑みながら聞いていた。嬉しそうな香澄を見るのは、ユリにとっても嬉しいことだった。

 しかし、時間がたつにつれ、ユリの顔からなんとなく元気がなくなっているのを、香澄は気づいた。整理の手を止めてしまう。

「ユリさん?」

「……え?」

「あの、なにかお気に触ることを言っちゃいました?」

 ぼうっとしていたユリは、はっと気づいて笑顔に戻した。しかし、その笑顔もなんとなく生気を欠いている。いつものユリの笑顔ではなかった。

「ううん、なんでもないよ。あたしの方こそ、ごめん。話の途中だったね」

 二人は、再び作業を始めたが、言葉が出てこなかった。香澄はユリの顔をちらちらと覗いたが、なにか考え込んでいる顔で、手のほうも動いていない。なによりその目は、悲しみが浮かんでいる。

 普段のユリからは考えられないことだった。

「あの、ユリさん…?」

 心配して香澄が声をかけると、またユリははっと我に帰った。そして、すっくと立ち上がってしまった。驚いて見る香澄の顔を見ずに、

「香澄、ごめん。あたし、ちょっと頭が痛いから、部屋で寝てる」

 と言って、香澄の部屋を出てしまった。

「ユリさん……」

 香澄は原因がわからず、なかば呆然として、ユリを見送った。見送らざるを得なかった。
 ユリの言葉は、かすかに涙ぐんでいた。



 昼前、リョウが用を済ませて帰宅したとき、香澄はリビングで沈痛な表情を浮かべて座っていた。

「あれ? ユリは一緒じゃないのか?」

 リョウが聞くと、香澄はやっとリョウに気づいて、沈痛な顔を向けた。その顔を見て、リョウも二人の間に何かあったのだと気づいた。

「どうした。ケンカでもしたのか?」

 香澄の対面に腰かけながら、リョウは再び聞く。

「リョウさん……」

 香澄は逡巡しながらも、朝の出来事をすべてリョウに話した。聞き終えてリョウは、重い表情で天井を見上げた。

「そうか…」

「リョウさん、私、ユリさんになにか悪いこと言っちゃったんでしょうか? ユリさんのあんな顔を見るのは初めてだから…」

 香澄はもう泣きそうな顔で、リョウに懇願するように聞く。
 香澄としても、初めて見るユリの悲しそうな顔に、どうしていいかわからなくなってしまったのだ。

「なにが悪かったんでしょう…」

「まぁ、とにかく落ち着け。香澄くんが悪いわけじゃない」

「でも…」

「たぶん、香澄くんのしたお母さんの話を、自分に重ねちゃったんだ。昔のことを、思い出したのかもしれん。それで、ちょっとやりきれなくなったんだろう」

「……?」

 香澄はよくわからず、涙をためた目でリョウを見た。リョウも重い表情を変えていない。

「あの、それって、どういう…」

 リョウはその質問をくることは読んではいたが、答えていいものかどうか少し迷った。しかし、香澄に必要以上に自戒させないためにも、話してしまうことにした。香澄とユリがお互いをもっと理解しあうためには、必要なことだとも思った。

 自分の目を見つめているリョウの顔を凝視しながら、香澄はリョウの次の言葉を待った。リョウは、重々しく口を開いた。

「ユリは自分の母親のことを、なにも覚えていないんだ」



 その時、ユリは自分の部屋で、ベッドに横になっていた。寝転がって、一枚の写真を見ていた。

 その写真には、後列に大人の男女が、前列には子供の男女が映っている。後列の黒髪の男性は、前列でやんちゃそうに笑う二人にあきれるような顔をしている。その隣の長い金髪の女性は、子供たちの笑顔につられるように笑っていた。

 セピア色がかかっているその写真は、もう十年以上前、母が亡くなる直前に、サカザキ一家四人でとったものだった。サカザキ家にとって、家族全員で写した最後の写真。

 なにをするでもなく、ユリはその写真に魅入った。そして、ふっと息を一つ出した。

「あたしにも、香澄みたいに「ママ、ママ」って甘えてた時期があったんだろうな……」

 ぽつりと言うと、写真を胸の上に置いた。そして、その上に両手を乗せる。

 このとき、長い間持っていなかった感情が、ユリの胸に溢れた。かすかに、ユリの身体が震え始めた。

「あたし、母さんのこと、なにも覚えてない。母さんにとって、あたしはいい子だったのかな。心配かけてなかったのかな」

 リョウによると、ユリは兄以上にやんちゃな子供だったらしい。母の教えてくれる英語にも、最初は見向きもしなかったそうだった。
 今も、やんちゃなとこはあまり変わっていない。今、リョウが心配してくれるのと同じように、母も心配してくれていたに違いない。

 思えば思うほど、その感情はユリの中で大きくなっていく。そして、胸に収まりきらなくなった感情が、涙となってユリの目から溢れた。

「母さん……。もう一度会いたいよ……、ママ……」

 ユリは、何年かぶりに泣いた。リョウに心配をかけまいと押し殺してきた感情を、久しぶりに爆発させた。誰も見ていないのに、とめどなく流れる涙を、目の上に腕をそえて隠した。自然にもう片方の腕で、母の映った写真をぐっと胸に押さえつけていた。

 写真の母は、ずっと微笑んでいた。
 永遠に変わることのない、変えることのできない、それは笑顔だった。

(続く)