「今日のお汁は、出汁(だし)を変えてみたんですが…」
いつものように、三日月島の腕利き料理人ウララは、デルフィナスのクルーであるハンスに朝ごはんを振舞っていた。
「うん、おいしいよ。具とよくあってる」
嬉しそうな彼の顔を見て、ウララの笑顔も満面になる。
二人ともまだ十代半ばで、その若さに相応しい、初々しい恋愛ぶりは、他のクルーたちの興味を爽やかに引いていた。もともとが空賊というだけあり、船長のヴァイスは一家の人間関係には鷹揚で、恋愛なども自由な空気に溢れている。
おかげでこの島に来て恋仲になる男女は多く、特に一時期ヴァイス一家に身を寄せていた当事のバルア皇太子・エンリックと、ヤフトマー皇女・モエギのロイヤルウェディングがこの風潮に拍車をかけた。船長であるヴァイスの、二人の女性との激しい恋愛も重なり、今や三日月島は、隠れた出会いの場所として知られていたのだ。
だから、ハンスとウララも、少し戸惑いながらも、順調に逢瀬を重ねていて、自他共に幸福の中にいた。
しかし。
たった一人、不機嫌な人がいた。
妹のラブラブぶりを見せ付けられているウララの姉、キララである。
キララは今日も動かすフォークが重い。無論、妹の幸福が嬉しくないわけがないのだが、いざ自分となると、気風のよさが災いしてか、同性にモテるばかりで、どうやら男性からも、同性の友人のような感覚で見られているらしい。
それも悪い気はしないのだが、やっぱり正直に言うと、男性と恋がしたい! というのが本音である。
そこへ、アイカとファイナが、朝食をとりにやってきた。二人は親友同士で、日中はヴァイスをいれた三人でよく行動をともにしているが、起きる時間がヴァイスの方が早いので、朝食は二人でとるのが通例だったのだ。
アイカがキララの姿を見つけ、そのテーブルを挟んで反対側に座った。
「キララさん、おはよ!」
「おはようございます」
アイカが元気に、ファイナが丁寧に挨拶をすると、キララは「おう!」と左手を上げて挨拶を返す。
キララは元気よく食事を頼むアイカと、隣のファイナを順々に見る。二人とも若いだけあって肌もすべすべで、スタイルも抜群だった。
「ん? キララさん、あたしたちに何かついてる?」
アイカとファイナは、予めテーブルに用意されている水を飲みながら、不思議そうにキララを見返した。
「ねぇ、二人とも、最近バストが大きくなってない?」
余りにも唐突かつ大胆な質問に、アイカは水を思いっきり器官に入れ、ファイナは真っ赤になって服の上から胸を隠す。
「と、と、と、突然なんですか!?」
しかし、当のキララは動揺もせずに器用に手をひらひらさせながら食事を続けた。
「いや、ごめん。大した意味はないんだけどさ。やっぱり男がいると女は綺麗になるのかな、とか思って」
キララの台詞に、ファイナは顔を真っ赤にしたまま俯いたが、アイカはことをほぼ正確に理解して苦笑した。
「キララさん、もしかしてウララを羨ましがってない?」
「う〜ん、そうかも知れない。あたしも男いない歴長いからね〜…」
と、キララは正直に答える。
彼女はヤフトマーで大工をしていた時からずっと『頼りがいのある姉御』という立場を貫いてきた。恋人がいる時期もあって、恋愛処女というわけではないのだが、その関係も長くは続かなかった。以来、キララは仕事一筋で生きていた、のだが。
どうも妹の熱愛ぶりを間近で見ると、昔の自分を思い出してしまうのだった。
「じゃあ、クルーの中から探せばいいじゃん。同年代の男で、結構いい男いるでしょ?」
「え〜?」
アイカの提案に、キララは眉をひそめる。明らかに、クルーの何人かに声をかけた経験がある、ということを、キララは表情で語った。アイカもそれには気づいたが、提案自体はやめなかった。
「あたしも完璧主義でさ。これがなかなかいないんだよ」
「航海士のロレンスとかは? クールでかっこいいと思うけど」
「あ、あいつ、ダメ。何回か誘ってみたけどさ。仕事にしか興味ないんだと。多分、ホモだね」
「じ、じゃあ、ドミンゴは? あの人もそれなりにかっこいいし、トレジャーハンターらしいから、お金持ってそうだけど?」
「う〜ん、あのナンパな性格がどうもね〜。なんか信用できないっつーか」
「それじゃ、ティカティカ。優しくて、包容力ありそうだけど」
「仮面で素顔がわかんないし、常に半裸っていうのは趣味じゃないよ」
「それじゃあカシムもだめか…。アルキュミスは? 凄く頭いいよ?」
「ああ、背も高いし、顔もそれなりなんだけど、あのほえ〜っとした性格がね。もうちょっと張り合いがないと」
「…ドンとかは?」
「殴るよ?」
かなりえり好みの激しいキララに、さすがのアイカも、ばんっとテーブルを叩く。本当はひっくり返したかったのだが、そんなことをするとヴァイスやウララに怒られるし、そんな腕力もない。
「じゃあ、具体的にどんな男性が好みなのよ?」
「そーだねー…」
キララは腕を組んで、考える。だが、意外な言葉がアイカとファイナの耳を疑わせた。
「うーん、ヴァイス船長なんか好みかな?」
『え゛?』
アイカとファイナの声が重なる。それは紛うことなき、彼女らの恋人の名前だった。
「ど、どういうこと?」
「だからね。顔はかっこいいし、決断は早いし、人望はあるし、性格的にも問題はないし。ちょっと身長(タッパ)が平均的なのは気になるけど、まだぎりぎり成長期だから、期待は持てるしね。ずばり、あたしの好みだね」
言って、キララは楽しそうにふんぞり返った。その目は、まるで明日、楽しみにしていた出来事がやってくることを知っている子供のような表情だ。
長い『恋人いない歴』がそうさせるのか、キララの男性評は実に細かく、しかも的確である。だから余計に、恋人であるアイカとファイナの気に障った。
「いくらキララさんでも、ヴァイスに手をだしたらどうなるか…わかってるよね?」
アイカは顔に青筋を立て身を乗り出しながらも、なんとか冷静に言った。口元は笑っているが、目は笑ってない。口の筋肉だけで笑っているような表情になってしまっている。
隣のファイナに至っては、無言でキララを睨みつけていた。キララは気づいていないが、テーブルの下で指を奇妙に絡ませ、いつでも煌術を放てるような体勢さえ作ってしまっていた。
「やだね。さすがにあたしも、あんたたち二人を敵にするようなことはしないよ。まだ死にたくないし」
キララは左手でお茶をすすりながら、ふらふらと右手を振って見せ、それを見た二人は、少なくとも表面上は落ち着きをとりもどした。
実際、この二人は『三日月島のヴァイス一家』でも、一、二を争う戦力である。総合的な戦闘力ではヴァイスと互角だが、アイカはその身のこなしを生かした体術とブーメランで、ファイナは煌術において、それぞれ『カトラスの達人』と称されるヴァイスの上を行く。つまり、この二人を同時に敵に回して、三日月島で生き残れる可能性は皆無なのである。
一応、キララはアイカやファイナよりも七つほど年上であり、危機を察知する能力にも長けているから、そんな愚を犯すことはなかった。
キララは持っていた湯呑みを、ことんとテーブルに置くと、急に声を潜めた。
「で、聞きたいんだけどさ」
「なに?」
アイカとファイナは、自然に顔を近づけて声が小さくなる。
「ヴァイス船長って、エッチ上手?」
今度こそ、アイカもファイナも、ごんっとテーブルに頭をぶつけた。キララの気のせいか、二人とも肩が震えている。
「なんてこと聞いてくるんですか!」
と、アイカは思わず席を立ち上がって怒鳴り声を上げた。ファイナはまだテーブルに突っ伏したままで復活の兆しはない。
キララは食事を終えた食器を脇に避け、手を頭の後ろに組んで、豪快に笑った。
「いや〜、人の恋人を横取りするような真似は、流石に気が引けるからさ。さくっと『種付け』だけして貰えないかな〜、とか思って」
とんでもないことを、まるでとんでもなくないようなことのような口調でさらりと言ってしまうキララ。これには流石にアイカも言葉が出なかった。明らかに、呆れている。
「いや、心配しなくてもいいよ。子供は自分で育てるし、三人の恋路を邪魔するようなことはしないからさ。…だめ?」
「「ダメ!!」ですっ!!」
朝の食堂に、二人の女の子の怒号が、ステレオで響き渡った。
(続く……?)