「よけいなひとこと」

 散文を使い、何度も物語るとしても、私が今見たような流血や傷害の様を、存分に言い尽くせるような人がいるだろうか?
 これだけのことを把握すつには人間の言葉や頭脳では力が及ばない。
 それでどうしても舌足らずになってしまうのだ――

第十一日。

 本が読めるようになった図書館で、私は熱中していた歴史小説に一息ついた。
「やはり、読書は宝だ」
 次の瞬間、隣の席の老人の親指が鉄の鈍い光をはなったかと思うと、私の喉に深々と突き刺さった。
「競馬新聞こそ至高よ……」
 老人は立ち去った。私はどうと倒れ、三日間、名馬の幻覚を追い続けた。

第十日SP。

 私は、経営を再開した友人のうどん屋に、花束を抱えて訪れた。私は彼のために何もできなかったが、彼は私のために特別な一杯を作ってくれた。
 うまい! だが次の瞬間、鼻の穴、耳の穴、口と、私の身体の穴という穴からイキの良いうどんが触手のように飛び出て震えているではないか!
「貴様の持ってきたマリーゴールドの花束。花言葉は「嫉妬」「絶望」そして「悲しみ」。その触手うどんは、貴様に対する私の感謝だよ」
 私はどうと倒れ、三日間、巨大なたわしのように自分の身体から生えたうどんに包まれていた。

第九日。

 私はコールドスリープ装置に横になった。冬眠期限は1年間だ。ゆっくりと蓋がしまり、その窓から秘書が笑顔で手を振ってくれていた。私も笑顔で手を振り返した。
「君に一年分の愛をのこして眠るよ!」
 徐々に蓋が閉まる。そのさい、秘書の小さな声が聞こえた。「1年を1億年に設定変更できる?」
 私はどうと倒れ、三日間、一億年後の挨拶を予想したが、考えるのをやめた。

第八日。

 落としたハンカチを拾ってくれた友人に、私は頭を下げた。
「ありがとう、Mr.ハルッケンドルフボリビアスカエサルマケデュニアスダザブ……ッ」
 私は失礼にも名前の途中で舌を噛んだ。口から邪教の経典のように紅いものが滴る。
 長い名前の彼は微笑んでいた。
 私はどうと倒れ、三日間、クロロホルムに似た香りを鼻に残し続けた。

第七日。

「アイスコーヒーと、あとスマイルを」
 私の親愛の一言に、女店員は無表情のまま、持っていたメニューを刀のように振り、目前の空気を真横に凪いだ。
 瞬間、私の胸はまるで悪魔の口唇のように斬り裂かれ、血がしぶいた。
 女店員は満面の笑みだった。
 私はどうと倒れ、三日間、潮騒だけを聞いていた。

第六日。

「買い取り番号○○番の方」
 ああ、ついに私の番が来た。あの逸品は、一体いくらの価値がつくのだろう。胸を踊らせながらカウンターに立った私の心臓を、怒りに乱れる店員の光速の拳が貫いた。
「この塵芥ちりあくたを買い取れとは、貴様、鬼畜生か!!!!」
 私はどうと倒れ、三日間、私は自らの腐臭を嗅いだ。

第五日。

 私は友と窓の外を降る雨を見ながら悄然としていた。私は雨の中に悲しみを見、つい感傷的に呟いた。
 途端、友は鬼と化し、そのおとがいは耳まで裂け、腕は鞭のようにしなって私の首をつかみ、顔を窓に叩きつけた。
「お前の悲しみなど、蟻の糞にも劣るわ!!」
 私はどうと倒れ、三日間、脳髄の冷えが四肢を凍らせた。

第四日。

 大きな荷物を持った老婆に、私はできるだけで笑顔で冗談を交えつつ、助力を申し出た。
 瞬間、老婆の目と口の端がこれでもかと吊り上がった。老婆は獅子のような怪力で、私の腕を捻り上げた。
「この世に虫一匹、貴様に助力を請う生命がいるか!」
 私はどうと倒れ、三日間、私の肺腑は恐怖に痙攣し続けた。

第三日。

 上司から求められた意見を、私はユーモアを混ぜて微笑みながら披露した。
 途端、上司は笑顔のまま獣のごとくテーブルの上を跳躍し、私の頭をテーブルに激しく叩きつけた。
「明日、お前が海で見つかるのが楽しみじゃなあ」
 嗤う声が聞こえる。
 私はどうと倒れた。三日間、私の意識は真っ白であった。

第二日。

 私は教師に指名され、立ちあがり回答した。その直後につい軽いく一ネタを挟んだ。
 私を見る女教師の笑顔は見る間に狂気に支配され、視線も言葉もまるで化け物のそれであった。
「貴様、この学校で命があるのはお前だけやないんぞ、あぁ!?」
 私はどうと倒れ、三日間、瞳は光を感じなかった。

第一日。

 談笑の最中に、私はつい、思い付きの1ネタを会話に混ぜた。友人の笑顔は見る間に強烈な怒色に塗り替えられた。
 彼は私の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せ「お前、明日も手足が繋がってると思うな……」と、怒りに熱い呼気を吐き出した。
 私はどうと倒れ、三日間心臓は凍りついたままだった。

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 時々Twitterでつぶやいている管理人の日常をまとめなおしたものです。

(初:2020.05.19)