渇望 KOF11 ANTI KYOGUGEN-RYU TEAM STORY

 その日、サウスタウンは快晴だった。
 少々風が強いものの、それは春の陽気を飾る一要素にしかなりえず、道を行き交う人々の動きも、未だ冬の渦中にあった一月前に比べれば、心持ち弾んで見えたのは、香澄の気のせいであったか。

 藤堂香澄はその日、サウスタウン郊外に足を伸ばしていた。
 春物のカーディガンにロングスカートという服装は、16歳という香澄の年齢相応のもので、一見しただけでは彼女が合気道を嗜む武道家であるという事実を認識するのは難しいであろう。
 しかも今日は、小柄な身体にはやや大きすぎる花束を抱えてよたよたと歩いていたものだから、なおさらである。

 春の心地よい陽気とは裏腹に、香澄の歩は決して軽いとはいえなかった。
 それはいくつもの心理的要因が重なってのことである。
 例えば、今日の外出の目的地のことであること。
 例えば、武道家としての香澄のこれからのこと。
 それらが螺旋状に結びつきあって、香澄の心に単色ならざる思考の染みを広げていたのだった。
 それは直線的な思考を好む香澄にとっては、決して歓迎すべき事態ではなかったのだ。

 そうして香澄が重い足を進めてやってきたのは、墓地であった。
 郊外だからこそ実在しうる広大な規模のものだが、その広さ以上に空虚な静けさを感じてしまうのは、墓地ならではの空気ゆえか、それとも休日の午前中だというのに人影が全くない事実ゆえか。

 その静けさは、この騒然たる大都市の一部にあって、まるで時間も空間も切り取られたかのような独特なものだったが、苦痛を感じさせるものではなかった。
 死者たちが眠る場所には、やはり静いつさこそが必要だ。
 香澄にはそう思える。
 生者は大地に足を着けたまま、無様に命を這いずりまわらなければならぬが、その枷から解放され翼を与えられた死者は、せめて大地から離れ、静かで安らかな眠りを許可されてしかるべきであった。

 そして生者たる香澄は、大地に足を着けて歩き続けなければならない。
 押し黙ったまま入り口のゲートを抜け、目的の墓を目指した。

 香澄の歩は迷うことなく確かである。
 アメリカには親戚はいないので、本来はこのような墓地を参拝する機会はないはずなのだが、彼女はある人に連れられて、二度ばかりこの墓地を訪れていた。
 その人物との繋がりこそが、香澄にとっては大きな財産となっているのだが、今はその事実に感謝する気分ではなかった。
 むしろ、皮肉な現実が香澄に一種の戸惑いを与えている。

 それを少しでも払拭せんがために、香澄はこの地を訪れたのだ。
 死者の幸福な眠りを祈るためでは無いことへの謝罪は、香澄の人生に与えられた時間を思えば、この後、いくらでも出来るはずだったから。

 だが、藤堂香澄の未熟な願望は叶えられなかった。
 彼女が目指した墓の前に、先客がいたのだ。

 男性だった。
 大柄ではないが、鍛え上げられた肉体の形状は、襟を立てたロングコートの上からでも確認できる。
 襟の陰に隠れて口元は確認できないが、背中に流れるやや長めの黒髪が、いやでも香澄にその正体を悟らせた。

 心地よい春の風が、香澄の長い髪を揺らす。
 その風に無理に乗せるように、香澄は声を押し出した。

「如月……さん……」

 藤堂香澄と如月影二。
 同じ極東の生まれであり、同じ流派の超越を望む武道家二人の、それは再会だった。
 決して、双方ともが望んだ形ではなったが、偶然にしろ必然にしろ、無意味であるはずがない、それは再会だったのだ。

 その邂逅を、墓の主である女性は、どのような心境で見守っていたのであろう。
 極限流空手総帥リョウ・サカザキの母、ロネット・サカザキ。
 彼女が没して13年になる春である。


 香澄は大きな花束を、小さいながらも清潔な墓に捧げ、手を合わせた。
 基教式の祈り方には詳しくなかったが、香澄は母から礼儀一般について厳しく教えられており、少なくとも失礼にあたらないよう、居づらい空気から去来する鬱積を一瞬でも吹き飛ばすように心がけた。

 墓は小まめに清掃がなされているようで、墓中の人物が生前に慕われていたことを物語っている。

 若い香澄は、死後に有名になり慕われるようになった画家の話などを、生前に慕われない人徳などなんら価値もない、と断じていたこともあるが、最近になってその考えを改めるようになった。
 多くの人に慕われ、こうして死後何年経っても暖かく見守られる人生の、なんと素晴らしいことだろう。
 他界すると同時に忘れられ、墓を放置される人も多く居る。
 一人でも覚えていてくれる人がいる限り、その人生は決して無為なものではないはずだった。
 香澄がそのように考えられるようになったのも、多くの人との知遇と交流を得た結果であった。

 だが今、香澄が立っている場の雰囲気は、そのような暖かな思考とは無縁であった。
 墓の前に立つ男女は、もう長い時間、無言であった。
 ことに、男の方から発せられる気配の険しいこと、周囲の静寂を侵して余りある。

 香澄の隣に屹立する如月影二は、見境なくいきなり女性に斬りかかるほど、無分別でも短慮な男でもない。
 常人の想像を遥かに絶する鍛錬を乗り越えた如月流忍術は、大抵の障害ならば片腕で撃砕してしまえるほどの戦闘力を有している。
 その腕に絶対の自信を持つ如月影二が、道に落ちている小さな石を見つけて、いきなり砕きにかかることはない。

 無論、それは対戦相手に対する無制限の慈悲を表すものではない。
 彼が自身の邪魔になると判断したものに対しては、容赦なく撃ち滅ぼしにかかるであろう。

 二人の間に、風がなびく。
 それはさきほどまで香澄が感じていた風とは別種のものであるかに思えた。
 季節が四分の一ほど逆行したような錯覚さえ思わせる。
 冷たい風だった。

 香澄は祈るのを終え、目を開いてもう一度、墓に視線を向けた。
 如月影二とは、並んだまま決して視線を合わせようとはしない。
 影二のほうから香澄に視線が向けられることもない。
 お互いが、同じ時間に同じ墓に、別の並行世界で参拝しているような、そんな雰囲気すらある。

「今回のKOFにおけるチーム結成は、あなたの提案ですか」

 二人の間に更に五瞬ほどの沈黙を横たわらせた後、ようやく香澄が口を開いた。
 香澄にしても、これ以上、この場を険のある空気で満たしていたくなかったのだ。
 なによりここは、香澄が最も尊敬する人物にとっての、大切な場所であったから。

 語り掛けられた影二は、一瞬だけ眼を閉じ、そしてかつと見開いた。

「否、拙者の思案ではない。
 まりんとかぬかす小娘の考えよ」

 影二の言葉には、彼らしからぬ毒が含まれている。
 それは一つの出会いを思い出しての、苦々しさかもしれない。

 影二の前に「まりん」と名乗る少女が現れたのは、一週間ほど前のことである。
 その名と顔は影二も知っていた。
 前回の「THE KING OF FIGHTERS」において「女子高生チーム」なるふざけたチームで出場し、本選をかき回した痴れ者である。

 まりんの提案は、単刀直入だった。
 極限流空手を打倒するために力を貸してほしい、というのだ。

 如月影二が極限流空手の打倒と超克を目指して活動しているのは、彼を知る者の間では既に常識も同然の事実であった。
 そのために厳しい鍛錬を続け、時が満ちるのを彼自身が待っていたのだ。
 その鼻先に突きつけられた、まりんの提案であった。

 なるほど、極限流空手は世界最強の空手であり、アメリカの裏社会においても一目置かれる格闘技一派である。
 誰がその打倒に乗り出してもおかしくはないし、そのために自分に声をかけられるのも当然のことであろう。

 だが、それが16歳の少女であることが、影二にとっては笑止であり、同時に疑問を抱かざるを得ないところであった。
 小娘が一人立ち向かったところで、極限流は小揺るぎもしまい。
 ユリ・サカザキをブチのめしてやりたいから、というまりんの説明を素直に信じるほど、影二は人が良くはない。

 だが結局、影二はそのまりんの提案に乗ったのだった。

「なぜ、その提案に乗ったのですか」

 それは、香澄にあらずとも尋ねたいことであった。

 同じくまりんにチームに誘われた自分と異なり、如月影二という強者にとっては、もっと相応しいパートナーがいるのではいかと思ったのだ。
 女子高生二人に闇の強者・如月影二、という組み合わせは、いかにもバランスが悪いように思われた。

 影二は嘲笑うかのような吐息を吐き出した。
 それは誰に向けられたものか。

「ふん、先方には先方の笑止な思惑があろうがな、拙者には関係のないこと」

 言って、影二は拳を握り締める。

「我の求むるは極限流抹殺の一事、ただそれあるのみ!」

 そのたった一言に、膨大な感情が込められていることを、香澄は察した。

 如月影二が厳しい鍛錬を乗り越え、如月流忍術頭領の座を勝ち得たのは、ただ「最強」の二文字を求める純粋な渇望からである。
 そのために影二は、自分を越える強さを持つと思われる者に次々と闘いを挑み、全知全能、全体術を尽くし、薄氷を踏むような思いで、勝ち残ってきたのであった。
 彼が経験した全ての闘いにおいて「死闘」と表現できない闘いは一つとして存在しない。
 影二が無傷で勝ち取った勝利も、また存在しない。

 自分よりも弱い者を倒したところで、それは自らの経歴に醜悪な泥を塗るだけであった。
 それは格闘家としての如月影二という存在が持つ、最大の存在理由レーゾンテートルであったろう。

 そして次に影二が目標と定めたのが極限流空手であった。
 それは彼が全知全能を尽くし、死に物狂いで叩き潰す、絶好の指標と思われた。

 あくまで「現段階では」である。
 如月影二の求める「最強」への道は遠く険しく、最強の空手でさえ、その最終目標に到達するための「大き目の障害」でしかない。

 そのことを、香澄は人づてに聞いて、不完全ながらも知っていた。
 その純粋ともいえる生き様は、香澄にとっては充分に尊敬に値するものであった。

 だが、だからといって、「極限流抹殺」の一言に素直に賛同するわけにもいかなかったが。

「私の目的は、貴方とは異なります」

 香澄は遠慮がちに異を唱える。

「私にとって、リョウ・サカザキは尊敬すべき挌闘家であり、越えるべき高き目標です。
 抹殺など、無益なことが目的ではない」

 その言葉を聴いて、影二は、今度は明らかに失笑した。
 失望した、と言ってもいいかもしれない。
 明らかに好意的ではない吐息が、その口から漏れた。

「最近、貴様がリョウ・サカザキに関心を示していることは聞いていた。
 藤堂流古武術の継承者ともあろう者が、父の仇を取ることも忘れたか。
 下らぬ感情に流され、格闘家としての矜持きょうじすらも骨抜きにされたか!」

 それは侮蔑以外の意味を全く持たない、容赦のない言葉だった。
 香澄は、悔しさに思わず歯を食いしばり、拳に力を込める。
 少し前までの彼女ならば、相手の非を率直に責め、謝罪なき場合は闘いを挑んだであろう。

 だが、今の香澄は違う。
 妄りには拳を振るわぬ。
 第一に、いかに香澄とはいえ、この男を相手にしてはまず勝ち目はないこと。
 第二に、いま自分がいる場所が、常識的に考えて闘いを繰り広げてはいけない場所であること。
 それらのことを踏まえたうえで、香澄は半ば強引に怒りを押さえ込んだ。

 これを果たして、冷静な判断と見るか弱さと見るかは、他者の判断に委ねるしかない。
 影二には弱さと受け取られても仕方がないのだ。
 香澄が影二との闘いを拒否したことは事実であるから。

「極限流の打倒は、藤堂流の永遠の目的ではありません。
 父も私も、リョウ・サカザキに敗れはしましたが、汚名返上のアプローチは、父と私では違います」

 吐き出すようにして、ようやくそれだけを言い終えた。
 この期に及んでも、香澄と影二の視線は一度も交わっていない。
 互いに相手を認めながらも、決して相容れぬ意思がそこにはある。
「極限流空手」という一つの「現象」を介して、彼らの心は全く逆方向に位置しているのだ。
 あるいは超克を、あるいは抹殺を。

「父親はひたすら己を磨く道を選び、娘は敵を知ることから始めたか」

「なにか異存がおありですか」

「いや、人それぞれの武だ。
 拙者は異を唱える立場にはない」

 影二の声が少し和らいだように聞こえたことを、香澄は自分の気のせいだと思った。
 香澄は、影二の容赦の無さを通して、相手が自分に対して親愛の情など抱いていないと思っていた。
 自分がそうであるから、相手もそうに違いないと思っている。

 そのあたりが、香澄の若さ、あるいは幼さであったろう。
 大人というものは、いくらでも言葉で本心を偽ることが出来るということを、まだ彼女は理解し切れていない。

 もっとも、

「だが、貴様がしていることは、最も無残な敗者の顛末よ」

 このような言葉を投げかけられて、それを親愛の情ゆえだと思うほどのマゾヒズムもまた、香澄の精神には存在しなかったが。

「それこそ、人それぞれの武です。
 あなたにどうこうと評論される筋合いはありません」

 ここで初めて、香澄は影二に向き直った。
 目元に険を寄せ、まるで視線で焼き殺さんとせんばかりに影二を睨みつける。
 影二はいつもの忍者装束ではなく、一般市民に混じっても遜色ない服装であることに、香澄は初めて気づいたが、その口元は巧みに影に隠されており、また目元は無表情で、影二の表情を読み解くことは不可能だった。

 厳しい香澄の視線を受けても、当の影二はたじろぎもしない。
 如月影二が相手をするのは、自分よりも強いと思しき者だけである。
 小娘一人に恫喝されたところで、蚊に刺されたも同様なのだ。
 影二にとって、香澄は未だ、その程度の存在でしかないのだった。

「あなたがこうしてこのお墓に参ったのも、口で言っている以上の想いが、極限流に対してあるからではないのですか」

 香澄の問いに、再び影二は失笑する。
 そのような道筋のつけかたそのものが、影二にとっては笑止の極みであった。

「生憎、そのような軟弱な郷愁は持ち合わせてはおらぬ。
 拙者はただ、リョウ・サカザキが入るべき墓を見に来ただけだ」

 言って、影二は身体を翻した。
 これ以上、香澄と語る言葉など持たぬ。
 そう彼の背中が語っていた。
 笑止な問答もこれで終わりだ、と言わんばかりであった。

 だが香澄は諦めきれない。
 影二が極限流を付けねらうについて、もっと、もっともらしい理由が聞きたかったのかもしれない。
 そうでなければ、わざわざリョウ・サカザキの母親の墓を参拝する、動機というものが解らなかったからだ。

 影二がただひたすら純粋に「最強」の座を求めて戦い続けていることを、恐らく香澄は理解しきれないだろう。
 ロマンを求める男性に比べれば、女性は現実的である。

 それは香澄に限ったことではない。
 男は金を産み、女は子を産む。
 あわよくば、ロマンで金を得ることが出来るかも知れぬ。
 だが、ロマンだけでは子を養うことはできぬ。
 家庭を維持していかなければならない原始的な生の本能が、女性を現実的にしている。

 ましてや金を産むことのできる女性も多い昨今、その本能は、如実にしていや増している。
 香澄の場合は、若さというものもあったであろうが。

「貴方も、リョウ・サカザキの家族に起こった悲劇についてはご存知でしょう。
 なにか思うことがあったからこそ、貴方はこの墓前に来たのではないのですか」

 影二は初めて、香澄の言葉に耳を傾けた。
 少なくとも香澄にはそう思えた。

 影二の動きが止まり、二人の間に再び沈黙が積もる。
 一段と強い風が吹き、影二のコートと香澄のスカートと、そして二人の髪を揺らした。
 静かに、彼は口を開いた。

「母堂の死が、リョウ・サカザキの強さの根幹になっているのだとしたら……。
 この街の刻む時間の、なんと無常で残酷なこと。
 彼が経験した絶望は、日本に育った我や貴様の想像の及ぶところではなかろう。
 その彼の強さを越えようとするは、彼を殺すことも厭わぬほどの修羅の道に入らねばかなわぬことよ」

「……自ら修羅と化すために、彼を抹殺すると? それは、本末転倒ではないのですか」

「我が拳は飢餓者の如く勝利に餓えている。
 だが弱者を葬ったところで、一片の腹の足しにもならぬ。
 世界最強の空手、極限流。
 その頂点に立つ男、リョウ・サカザキ。
 我はただ【最強】に渇望し、強者を求むるのみ。
 至強の存在を越えてこそ、我が方寸は揺るぎなく存立する」

 それ以上、影二は語らぬ。
 胸襟を開かぬ。
 語りすぎたとすら思っているようで、煩わしげに首を振った。

 なおも香澄が何かを尋ねようとした矢先、再び強い風が二人をとりまいた。
 木の葉が舞い散り、香澄の視線を覆い隠す。
 香澄が両手で纏わり着くように舞う木の葉を避けた時、すでに目前から如月影二の姿は消えてきた。
 先ほどまでそこにいたのが、まるで嘘のように、跡形もなく消え去っていた。

「……くっ」

 香澄は忘我の一瞬を無為に過ごすと、俯いて悔しげに口元を歪めた。
 自分はあの男に、なにもかも及ばぬ。
 体格も技量も、そして覚悟の量も質も。

 リョウ・サカザキに二度目に敗れたとき、自分はある程度吹っ切れたと思っていた。
 だが、そうではなかった。
 敗北を重ねるたびに、得ることが出来るもの、悟らなければならないものが増えていく。
 それは、いつもいつも心地よい発見とは限らない。
 当たり前だ、本来敗北とは、恥ずべきことなのだから。

 香澄は、今日ほど自らの未熟を悔いたことはない。
 それは、如月影二に相手にされないことへの悔しさであり、その影二をして修羅に至らせるリョウ・サカザキへの嫉妬であった。

 レベルが違いすぎる。
 その認識が、新たな悔しさを心に植えつけた。
 だが、立ち止まってはいられない。
 立ち止まれば、よけいに二人に置いていかれることは明らかだった。
 極限流の超克を期しているのは、影二だけではないのである。

 香澄は、姿勢を整える。
 そして、目前の墓に最後の一礼をした。
 それは、香澄の誓いであった。


 墓地の外側から、二人のやりとりを見ていた者がいる。

 墓地の四方を囲む鉄柵につけた黒塗りのリムジンに、その人物たちは乗車していた。
 座席は三列。
 前を向いた運転席と、防音ガラスを挟んで向かい合う二列の後部座席である。
 その後部座席に乗っているのは、さきほどの香澄と影二以上に奇異な組み合わせの男女だった。

 女性のほうは小柄だった。
 まだ少女と言ってよい外見だ。
 アジア系に見えるが、金髪にバンダナを巻き、動きやすそうなミニスカートを身につけている。
 少なくとも、その大きなリムジンには縁遠そうな乗客であった。
 その少女が、影二と香澄の去った墓地を眺めながら言う。

「ふーん、シリアスだねぇ。
 あーんなにしゃちほこばったって、何か得するのかな」

 感心しているのか呆れているのか、不遜な物言いで少女は一人ごちる。
 それを聞いて肩をすくめたのは、少女の対面に腰を下ろした男性である。

 その男性の姿もまた、異様といえば異様であった。
 まず大きい。
 そしてその割りに体格は華奢で、手足の異常な長さが視覚に纏わりつく。
 肌はあざ黒いが、一見して民族的な特徴がまるでない。
 長い銀の髪を細くまとめて、垂らしていた。
 男はその巨体を窮屈そうに座席に押し込み、ため息をつく。

「やれやれ、ロマンを解さぬ人生とは、味気ないものだとは思わないかね? なんならロマンを求めた結果、偉業を遂げた人物を、100人ほどリストアップして差し上げようか」

 少女は窓際から身体ごと男に向き直り、その座り心地を確かめるように、腰を下ろした。

「ロマンなんかで御飯食べれないじゃん。
 私は、現実的な視点で歴史に名を残したえら〜い人を、1000人ほどリストアップできるけど?」

「……結構だ」

 その男―ジヴァートマは、再び肩をすくめた。
 敗北を認めたのではなく、これ以上、無益な討論をするつもりがないだけのことである。

 対面に座る元気な少女―まりんに命を下し、香澄と影二をおびき出してチームを組ませたのは、彼、秘密結社アデスの幹部であり、下部組織クシエルを統べるジヴァートマであった。

「――で。
 これで、首尾よくチーム結成と相成ったわけですが?」

「上出来だよ、タイプM」

 ジヴァートマは心から賛辞を送ったつもりだったのだが、残念ながら、誠意は相手に伝わらなかったようだ。
 まりんは不貞腐ふてくされたように眼を細め、頬を膨らませて足をバタバタさせた。

「あのさぁ。
 流星ナガセも嫌ってたけど、ちゃんと名前で呼んでくれない? 私には「まりん」っていう、ちゃんとした名前があるんだけど。
 そんなだから部下に嫌われるんじゃないの?」

 正確に言えば「まりん」という名前も本名ではないのだが、それでも「タイプM」という、工業製品じみた味気ないコードネームよりは、本人は気に入っている。
 だからコードネームで呼ばれると、自分がモノ扱いされているようで、とてもいい気分にはなれなかったのだ。

 ジヴァートマは、肩をすくめはしなかったが、限りなく苦笑に近い笑みを浮かべた。
 これは、彼にしては珍しい表情だった。

「まったく、ジャランジが選別する強化人間の素体は例外なく、我が強い上に口が達者だな。
 君にしかり、流星ナガセにしかり、デュークにしかり。
 どのような基準をもうけているのか、一度彼と語り合いたい気分だ」

 ジャランジは、ジヴァートマと同じく、アデスの幹部会議である「コカベルの子供たち」の一員である。
 幹部達は皆、重要な役割を負って活動しているが、ジャランジに与えられた役割は、強化人間やクローン人間の製造であった。
 そして、それらの強化人間を率いるジヴァートマが、要人の誘拐やテロリズム等を行うのである。

 まりんはジヴァートマの言葉を綺麗に聞き流して、再び墓地に眼を向けた。
 既に誰の姿もなく、風すらも流れていない。

「あとは、あの人たちと一緒に、極限流とかいう連中をとっ捕まえてくればいいわけ?」

「もう少し言葉を選んで欲しいものだが、まあいい。
 気と肉体と精神とを自在に操る極限流空手の肉体は、我々にはたいへん貴重なサンプルと成りえる。
 リョウ・サカザキの肉体が最優先事項だが、できればロバート・ガルシアやユリ・サカザキの身体も持ち帰ってくれれば満点だがね」

「肉体肉体って、連呼しないほうがいいよ。
 その顔でそんなこと言ってたら、どう考えてもヘンな趣味の人だわ」

「…………………………………………」

「ま、いいよ。
 私も個人的にユリ・サカザキには少し腹が立ってたんだ。
 あいつをぶちのめせるんなら、せいぜい如月さんも香澄ちゃんも利用させてもらうわ。
 本人たちには悪いけどね」

 なにかの思考を含めた笑みを見せるまりんに対して、ジヴァートマも眉と口の端を吊り上げて笑った。
 健康的な笑いではなかった。
 陰湿な策略の地下茎から発芽する、暗い笑いだった。

「ほう、もう何か考えついたようだな。
 存外、知恵が回るではないか」

 まりんは笑顔のまま眼を閉じて、指を立て、それをジヴァートマの眼前でに二、三回、横に往復させた。

「あたりき。
 最強の空手だか無敵の龍だか知らないけど、結局勝つのは躍るほうじゃなく躍らせるほうだって、教えてあげるさ」

「よかろう、好きにやってみるがいい。
 目的が達成できるのなら、手段を忖度そんたくする気はない」

 ジヴァートマの目が妖しく光る。
 この男が時折発する非人間的な仕草や笑みを、まりんは好きではなかった。
 もともと、「コカベルの子供たち」は誰もが人間離れしている。
 生物学的には人間には違いないのだろうが、どこかが人間の規格とズレていたのだ。

 まりんは、毎日のように顔を合わせていた上司であるジャランジから、既にそういった雰囲気を感じていたが、このジヴァートマのそれは更に異質なものだった。
 その貴族然とした大仰な喋り方も、やけに前傾姿勢で大またになる歩き方も、下手に回転の早い頭も、そして規格外の身体能力も、なにもかもまりんは気に入らぬ。

 だが、気に入らぬからといって、任務を放棄する気もない。
 反発はしていても、自分がアデスの一員であることへの拒否反応は無いのであった。
 帰巣本能っていうのかな、と、思ったこともある。

 二人の乗客と、数知れぬ陰謀を乗せたリムジンは、香澄が立ち去って20分ほどしてから、その墓地を離れた。
 格闘技の祭典「THE KING OF FIGHTERS 11」は、数々の利権と謀略とを孕みながら、その幕をあげようとしていた。

(FIN)

COMMENT

「KOF12」の情報が続々と発表されているいまどき「KOF11」です。
 毎回、KOFというゲームには、腰が抜けるような公式チーム・ストーリーがあります。
 まぁ挌闘ゲームだし、挌闘部分の出来がよければ、設定にこだわる人はあまりいないでしょうが、やはり好きなキャラクターが出場するとあらば、チーム結成の顛末にもできのよい背景を求めてしまうもの。
 で、公式が(特に「龍虎」シリーズのキャラに対して)まともにやる気がないので、ならば自分で書いてみるしかないだろう、と。
 結果的には自爆しちゃいましたね。自分の実力を考えてみるべきでした。
 まりんは、個人的には「遥けき彼の地より出づる者たち」の一員ではないかと思っているのですが、本作では「KOF MI2」のアデスの一員にしました。
 ジヴァートマとのかけあいが書いてみたかったのですが、果たして。

(初稿:08.05.10)
(改稿:09.02.21)
(改稿:09.06.07)