海岸

 サウスタウン・ベイ。
 北米屈指の大都市サウウスタウンに面する海湾。
 殆どが工業化と近代化の波に飲み込まれ、開発されてしまっているものの、まだ猫の額ほどではあるが、海水浴場として海岸が残っている。

 季節は秋。
 もう、海水浴を楽しむ客もおらず、真夏の活況が嘘のように静まり返った海岸。
 そこに来るのは、夕日を楽しむ恋人か、犬の散歩がてら通り過ぎる老人か……。

 海岸と大通りを隔てる防波堤の上に、二人の男が佇んでいる。
 一人は、高級そうなスーツを完璧に着こなし、これまた高級そうなサングラスで目を隠しているが、首元でくくった黒の長髪が、ややアンバランスな印象を与える男。いま一人は、隣の男に比べるとラフな服装をしている。ざんばらな金髪を靡かせ、こちらも目元をサングラスで隠していた。
 スーツの男は堤防に腰をかけ、その長い脚を組み、金髪の男はその脇に立ち尽くし、ただ夕日を眺めていた。
 二人のいる堤防の下の大通りには、スーツの男の愛車であるコブラが、端に寄せて停めてある。 暫く、言葉はなかった。


 最初に口を開いたのは、金髪の男―リョウ・サカザキである。

「それで。わざわざ俺をこんなところに呼び出したんだ。
 それなりに重要な用件なんだろうな?」

 言って、隣で座るスーツの男―ロバート・ガルシアを見下ろした。
 ロバートは、普段は家族同然に上がりこむサカザキ家を避けるように、リョウをここに呼び出したのだった。
 大企業WAREZの主催した大会バトル・コロシアムで久しぶりに手を合わせた手前、昔話でもしたくなったのか。

「せや。真っ先に、お前に報告しとこうと思うてな。一回だけでも、二人で話をしたかったんや」

 ロバートはサングラスを外し、スーツの胸ポケットへしまいこむ。そして、リョウを見上げた。

「それほど、深刻な話か」

「ああ。深刻ちゅうか、まぁ重要な話や」

 リョウは、暫く沈黙を守って、そして促す。

「わかった。言ってみろ」

 ロバートは、暫く話しあぐねるように顎を抑え髪をかき回していたが、やがて意を決したように立ち上がり、リョウを見据えた。

「ワイな……。ユリちゃんと結婚しよ思てんのや」

「結婚?」

 ロバートの言葉を、口の中で噛みしだくように言って、リョウはロバートの目を見る。

「ああ。ユリちゃんとも話ししててんけどな。
 そろそろシロクロつけて、落ち着いてみる頃合やろいう話しになってん。
 今のままズルズルいっても、モチベーションが下がるだけやし……」

 なるほど、と、リョウは納得した。二人が決めたことだ。彼が口を出すことではない。

「それで、親父の後に俺のところに報告に来たのか」

「いや、師匠への報告はまだや。まずはお前にと思うてな」

「俺の方が先? なぜだ、順序が逆だろう」

 結婚の報告よりもこっちの方に驚いて、リョウはサングラスを外し、ロバートを見た。

「これは、ユリちゃんの意向や。誰よりもまず、お前に報告したかったんやて。
 ……誰よりも早く、お前に感動してもらいたかったんやて」

 リョウは暫く呆然とした。ユリの真意を計りかねているようだった。
 ロバートはそんな親友を見て、場違いにも苦笑した。

「それだけ、ユリちゃんがおまえに感謝してるってことや」

 そして、少し俯き、表情を引き締める。
 ここから先は、これまでの『親友』ではなく、これからの『義兄』になるかもしれない男に話す言葉だった。

「どうやろ……。ワイらの結婚の許可を、もらえるか?」

 リョウは少しだけ得心したのか、微笑んで頷いた。

「結婚はお前たち二人の問題だよ、ロバート。正直、俺から言うことは無い。
 お前たちが話し合って決めればいいさ。俺はただ、祝福するだけだ」

 先ほどまでの憑き物が落ちたかのように、リョウは心情を語った。ロバートは、親友の微笑を黙って見つめている。
 その親友はロバートから視線を外し、海と夕日とに身体を向けた。

「なぁ、ロバート」

「うん?」

ユリあれはな、俺にとっても大切な財産だ。
 命がけで守るもののある喜びを教えてくれたし、何度も崩れそうになる俺の心の、最後の欠片になってくれた、大事な財産なんだ」

 それは、半分はロバートへの言葉ではなく、自分への言葉だった。それが解っていたから、ロバートは口を挟まなかった。
 リョウは視線をロバートに移し、ちょっと意地の悪い笑顔を見せて、親友の逞しい胸を軽く小突いた。

「その財産を、今度はお前が、俺の代わりに守っていく番だ。
 破産宣告なんてみっともない真似は、絶対に許さないからな」

 親友の意地悪な笑顔と、その言葉の裏に言い隠された膨大な重さの真意を読み取って、彼も笑顔半分で口の端を吊り上げる。

「アホぬかせ、ワイの愛は無限や。絶対に手放すもんかい」

 応じて、ロバートはリョウの首に腕を回した。
 ロバートは、そのままリョウをヘッドロックに決める。
 どうにかそこから脱出しようとするリョウの耳元で、彼は静かに言った。

「もちろん、ワイはユリちゃんのことを愛しとるよ。それだけは天地がひっくり返ってもワイの真実や」

 ロバートの技から脱出し、リョウは再び彼と正対した。ロバートの真剣な言葉と、正対した。

「せやけどな、お前が命がけで守ってきたものを、お前の変わりに守っていけるっちゅうのも、ワイの誇りなんや」

「……………………………………」

 言って、ロバートは自分の胸の前で拳を握った。

「これは、ワイの自己満足でも、お前への義理返しでもない。ユリちゃんとワイの、真剣な思いや。
 絶対に手放さへん。絶対に守ったる。
 幸せにしたるよ…………絶対に」

 リョウは、ロバートの言葉を聴き終えると、一つ頷いて、サングラスをかけなおした。

「俺があいつと背負ってきたのは【 過去 】だ。あいつの【 未来 】は、あいつ自身とお前のものだよ、ロバート」

 言って、ロバートに背中を向ける。もう、お互いに伝えたいことは伝えた。読むべき心理も、読み終えた。
 あとは、彼の『本当の言葉』を伝えるだけ。
 リョウは、ロバートに背を向けて歩き出す。そして、背中越しに、一言だけ言った。

「…………ユリを、頼んだぜ」

 リョウはその場から歩き去った。
 ロバートはリョウを見送り、そして拳を握り締めた。
 彼の言葉の重さ、そして一瞬の時間差の重さを、実感するかのように。

(FIN)

COMMENT

 元は旧「ゆりぶろぐ!」(現「ユリ・サカザキ ミュージアム」)のウェブ拍手お土産用に書いたものを改稿したものです。
「KOF」というよりは「ネオジオ バトルコロシアム」の後日談ですが、さすがにもう結婚させてあげてもいいだろうと(笑)。
 リョウとユリとの兄妹話でもよかったんですが、ここは龍虎の決意の極め、ということでロバートを出してみました。
 果たしてユリが公式にロバートと結ばれるのは……もう永遠にこないか(苦笑)。

(初稿:06.06.21)