重ねてきたものA

「おにぎりで良かったかしら?」

「急でごめんな、おばさん。ったく、この馬鹿」

「何であたしとお母さんじゃ、扱いが違うのー!?」

「当たり前だろが。じゃあ、早速頂きます」

 わざわざ、おばさんがおにぎりを持ってきてくれた。その一つに手を伸ばし、一口。
 うん、塩味が程よくて美味い。

「綾君も悪いわね。この子が変な事言い出すから」

「あ、なによ。お母さんまで」

「雪音が何言ってんのよ。一緒に住む事無いでしょ」

「そっちの方が安心だって、綾のおばさんが言ってくれたんだもん」

 同じように、おにぎりを食べながら、二人が言い合う。
 さすがに親子。似ている。 顔立ちはもちろん、その性格も。
 しかし、おばさんの方が落ち着きがあるのは、やはり年季の差か。

「まぁ、綾君が迷惑じゃなければ、私は良いんだけど」

「そんな事あるわけないじゃない。ね、綾?」

「とりあえず、しばらく様子を見てから返答する」

「……あたしってば、信用されてない?」

 肩を落として、涙する雪姉。それを見て、俺とおばさんは同時に笑った。

「つーか、断っても毎日来るんだろ?」

「当然よっ! 綾の面倒はあたしが見るんだからっ」

「どっちかといえば、雪音が面倒見られると思うんだけどねぇ」

 余計な一言を言う、おばさん。
 そしてまた口論を始める、この母子。小さい時から見てきたけど、本当に仲良いんだよな。
 こうしてる時は、姉妹ゲンカみたいで。

「前みたいに、下着姿でうろつくんじゃないわよ?」

「もうしないわよっ!」

「お酒が入った日は、かなりの確率でそうするからねぇ……」

「大丈夫だってばっ! それに、これからは綾しか居ないじゃないっ」

「綾君も男だから……」

「ちょ、ちょっと待った! 俺まで巻き込むなっ!」

 聞き捨てなら無い言葉に、思わず俺も戦線に加わった。

「ふーんだ。あたしは綾だったら別に良いもんねー」

「聞いた? 綾君、雪音はいつでもオッケーよ?」

「人の話を聞けって!」

「あ、そっかそっか。これからは夜這いの可能性も、考慮しなくちゃなんないのか」

「そうねぇ……。一つ屋根の下だし」

「全然聞いてねぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 ダメだ……この二人がタッグ組んだら、勝てるわけねぇよ……。
 さっきまでの雰囲気はどこへやら。
 話が盛り上がって騒ぐ二人とは対照的に、俺は頭を抱えて叫ぶのであった。

「あらら、もうこんな時間? 夕飯の用意しないとね」

「じゃあ、あたし達はこっちで食べるから」

「はいはい。まるで新婚気分ね」

「うーん、それもいいわね」

 こっちの気も知らず、上機嫌に言葉を交わす二人。あれから二時間近くも、トークが続いていた。
 その間に、俺の精神はボロボロに廃れ切ってしまった。

「綾君、これから頑張ってね」

「そうだよな……俺に発言の権利なんて、無いんだもんな……」

「お母さん、なんか綾がグッタリしてるけど」

「すぐに復活するわよ。じゃね」

 足音が遠ざかっていく。そして、ドアが開く音。閉まった。

「さ、あたし達もご飯にしよ?」

「……わーったよ」

 ようやく、俺は顔を上げた。外はもう真っ暗だ。夕方の気配すら、感じなかった。

「んで? 何にするんだ?」

「んー、蕎麦で良いんじゃない? お昼に食べれなかったし」

「了解。ちゃっちゃと作ろう」

 立ち上がって、俺は一度大きく身体を伸ばした。
 あー、なんかダルい……。でもま、これからはやらなきゃならないし。
 そう考えると、母さんの苦労が何となくわかったような気がした。
 家事ってのは、思ったよりも大変そうだ。

「葱と卵と……」

「油揚げー!」

「はいはい」

 でも、誰かの為に作るという事。勿論、自分も含まれているけれど。
 一人じゃないという事を、改めて認識させてくれた。





「雪姉、ちょっと味見してくれよ」

「ん? 珍しいわね」

 コタツに入っている雪姉を呼ぶ。

「いや、俺と雪姉でもちょっと味覚が違うかもしんないだろ? 塩加減とか」

「あ、そうね。今までは適当だったし」

 これまでは、自分たちの味付けで料理をしてきた。しかし、これからはちょっと違う。
 毎食を共にすれば、さすがに好みもわかれるだろう。だから、早いうちにそれを掴んでおかなければ。
 ……同棲し始めた男女って、こういう感じなんだろうか? ふと、そんな事を考えて気恥ずかしくなった。

「あ、これくらいで―――――って、どしたの?」

「い、いや、なんでもない。サンキュな」

「?」

 不思議そうな顔で、リビングに戻る雪姉。至って普通なんだよなぁ……あの人は。
 勝手に意識してる自分が、馬鹿らしくなってきた。まぁ今更といえば、今更なんだけど。
 俺が生まれてから、ずっとの付き合い。
 さすがに十五年も一緒に居れば、そんな気も起きないのだろう。
 俺にとっても、雪姉はそういう対象では無くなっていた。本当の姉として、俺は雪姉を見ているのだから。

「飯も要るだろ?」

「あ、うん。お願い」

 尋ねると、顔だけこちらに向けて答える。
 ……あれ? そう言えば、何で俺が料理してるんだろうか?
 いいか。その辺りも、これから追々決めていくとしよう。
 昨日の冷やご飯をレンジに入れて、俺はスイッチを入れた。

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