重ねてきたもの@

 最初は何を言い出すのか、と思った。
 だけど、あの人はやっぱり信頼されてたから。
 色々と後押ししてくれて、俺の意見は通った。
 それが良かったのかは、まだわからない。
 いつ答えが出るのかも、知らない。
 それでも、あの人は俺の傍に居てくれた。
 そして――――――
 今年の冬、その距離はさらに近くなった。
 この地方の冬は、有り得ないほど、寒い。秋をすっ飛ばしたかのような勢いで、雪なんかはザラ。
 ただでさえ凍えそうなのに、その白を見る度、余計に寒く感じる。当然の事ながら、外に出れば吐く息は―――――白い。

「よ……っと」

 ひとまず、小休止。少し腕がダルい。
 それというのも、結構の量の荷物を運んだりしているのだが。

「つーか、わざわざ持ってこなくてもなぁ……」

 呟いて、ため息一つ。自分の家の二階を眺めて、今度は隣の家の二階を瞳に映す。
 あと三往復ってところか……。
 およその目測をつけて、また俺は荷物を取りに向かった。
 今日、俺の家に居候がやって来る。今は、その真っ最中だった。





「はいはい、ご苦労ー!」

「ご苦労じゃねぇって……全く」

 最後の荷物を床に降ろして、その上に座った。
 労いの言葉をかけてきたのは、隣の家に住む、姉ちゃん。
 名前は山瀬 雪音。
 今現在行っている、引越しの当事者だ。
 もっとも、引越しと言えるものなのかは、微妙である。お互いの玄関までの距離は、五メートルも無いだろう。
 はっきり言って、意味がわからない。何故にわざわざ、俺の家に住もうとするのか?

「うーん、やっぱりベッドは、こっちの方が良いかな?」

「その辺は今度、自分でやってくれ……」

「えー? 女の子に力仕事させるわけ?」

「あのなぁ、それじゃ最初っから引越しなんざ、止めれば良かったんだよ」

 うなだれて、俺は言い返す。大体、隣に住んでいるのだ。何かあれば、すぐに呼べる。
 こっちに来る必要なんて、特に有りはしない筈。
 しかし、雪姉はにっこりと笑いながら、

「いいじゃない。一緒に居た方が、何かと楽よ」

「そりゃそうかもしれないけど……」

「あたしが面倒見るって言ったんだから。いいから、お姉ちゃんの言う事聞きなさい」

「……わーったよ」

 結局、言い負かされてしまった。 今更文句を言ったところで、仕方ないとは思っていたが。
 そんな俺を尻目に、雪姉は嬉々としてレイアウトを考えている。……これから一緒に住むのか。
 再認識すると、なんだか変な気分だった。

「どしたの?」

「いや、何でもない。んじゃ、さっさと片付けるか」

「そーね! ちゃっちゃとやっちゃおー!」

 デカイ物は既に、雪姉のおじさんと運んである。あとは服やら小物やら本やら、そんなところ。
 朝から始めたこの作業だが、思ったよりも早く済みそうだった。

「つーか、まんま雪姉の部屋だな」

「まぁ、あたしの部屋にあるものしか持って来てないし。間取りも同じだしね」

「だからか……。なんか違和感が全然無い」

 さて、どうしてこんな事をしているのか? 話すと長くなるので、要点だけを纏めよう。
 俺の家――――若槻家は今年の春、父さんの仕事の都合で、引越す事になっていた。
 しかし俺は、この街を離れる事なんて、考えられなかった。
 その理由は色々とあるのだが……。
 とは言え、中学を出たばかりのガキ一人を、残していくのは心配だったようで。一応、自炊だって出来るし、掃除洗濯だってこなせる。どうやら問題はそこではなく、父さん達は単純に、俺を『一人』にする事を、懸念していた。
 そういうわけで、しばらくの間、俺と両親は議論を交わしていたのだ。
 そこで、ひょっこり現れたのが、この雪姉。話を聞くなり、さも当然のように言った。

「それだったら、あたしが一緒に住んで、面倒見てあげるわよ」

「うーん、無理に変える必要もないでしょ」

「そうだな。ってか、自分の家の部屋はどうするんだ?」

「物置にでもすればいいんじゃない?」

 タンスに服を詰め込みながら、酷い事をさらりと。で、長年の付き合いをしている、山瀬家の援助を獲得した。
 渋々ながら、父さんも母さんも、納得してくれたのだ。本当にわがままな子供だとは、自分でも思う。自覚はしていても、譲れないモノがあるんだ。この街には。
 そして――――――両親がこの街を出たのが、昨日の事。

「いくらなんでも、それはマズイだろ」

「冗談よ。でも、それくらいしか、使い道無くないかしら?」

「いや……もっと愛着持てよ」

「あはは、善処するわ」

 からからと笑う。正直、一人でやっていく自信は……微妙だった。
 義務になれば、やらざるを得ないだろう。その程度の考え。その辺りを、俺の両親も理解していたのかは、わからないが。
 ともかく、そういう経緯で今日に至るわけである。
 雪姉には、感謝している。しているのだが……本気で家に来るとは思っていなかった。
 小さくため息をついて――――――俺はその手を止めた。

「あれ? もう終わり?」

「いや、こっからは自分で取り出してくれ」

「なんで?」

 なるべく中身を見ないようにしつつ、俺はひとまず立ち上がって、距離を置いた。
 雪姉は怪訝そうにしながら、その段ボールの中身を覗き込む。

 そして――――――にやりと笑った。

「やーね、何を恥ずかしがってんのよ!」

「あのなぁ……! 男の俺が触っていいもんか、ソレ!?」

 俺を指差して笑う雪姉に、叫んだ。衣服類を整理してたら、出てこないわけが無かったのだ。
 その……まぁ……大きな声で言うのも恥ずかしいが。その中身とは、下着関係だった。

「別に綾だったら、気にしないわよー?」

「俺が気にするんだっ! いいから早くしまえよ!」

「変なの。あたしの着替えなんて、何回も見てるくせに」

 仕方ないといった風に肩を竦めて、再び作業に取り掛かる雪姉。
 あーくそ。何で俺がこんな思いをしなくちゃならないんだ?
 そんな事を考えながら、ひとまず俺は部屋から出る事にした。
「これで終わりだぞ」

「あ、ホント? 結構早く済んだわね」

 最後の服を手渡して、その段ボールも潰す。板状になったソレを重ねて、紐で縛っていく。

「疲れた……。今日はよく眠れそうだ」

「ふふん、それもあたしのおかげよ」

「どっちかっちゃ、アンタのせいだろ」

 無意味に胸を張る雪姉に、ジト目で返す。とりあえず、掃除は後にしてリビングへと降りた。

「って、もう三時じゃねぇか。飯どうする?」

「そうねぇ……。あ、引越しって言ったら、やっぱり蕎麦でしょ!」

「蕎麦ねぇ。っていうか、おばさんが用意してくれてるんじゃないのか?」

「それはないわね」

 俺の予想を、雪姉は断定口調で否定した。

「……なんで?」

「あたしが綾の家で食べるって言ったから」

「ちょっと待てぃ」

 至って、普通な顔で言いやがる。色々とツッコみたい所は有るのだが、とりあえず今はこれだけ。

「俺の家で食べるって……誰が作るんだ?」

「もちろん、綾が」

 うわ、言い切りやがった! しかも、満面の笑みで!

「いや、結構疲れてるんだけど?」

「そうなの? じゃあ、尚更栄養は取らないと」

「……雪姉」

「ん?」

 ちょこんと、首を傾げる雪姉。もーちょっと心が穏やかな時に見たら、素直に可愛いと思えたんだろうなぁ……。

「今すぐ、おばさんに謝って来いっ!!!!」

「きゃー!!」

 吼えると、雪姉は脱兎のごとく、家を飛び出していった。朝っぱらから働いてるんだから、少しくらい労われっ。
 つーか、何であの人は元気なんだよ……?
 雪姉が帰ってくるまで、俺はゆっくりと一服する事にした。

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