衛宮邸お料理戦争(上)

 この俺、衛宮士郎は結構、忍耐強い方だと思う。正義の味方は泣き言なんて言っていられない。そう思っていたからなのか、それとも、他に理由があったのか。まぁ、ちょっとやそっとじゃ真剣に怒ったりすることは少ない。
 だけど―――――こればっかりは譲れなかった。

「塩が一つまみ分、多い」

 とか。

「あと二分煮るべきだったな」

 とか。

「焼き色はまだまだ、か」

 などなど。食事の度にぼそりと言われれば、少しずつその忍耐も擦り切れていった。

「……で?」

「何だ? はっきり言わなければ理解出来んが」

「じゃあはっきり言ってやる!」

 夜になり、辺りが静まり返った頃。俺は目的の相手を呼び出し、睨み合っていた。その相手とは、言うまでも無く、鋭い眼を持つ赤い騎士。聖杯戦争という、不可解な事件の折に出会った、人ではない存在。
 アーチャーの称号を冠した、戦友のサーヴァント。味方としては頼もしいのだが…………俺にはどうしても馴染めなかった。

「お前、何が言いたいんだよ?飯の度に、捨て台詞吐いてはすぐ消えて」

「私は助言してやっているつもりだが」

「大きなお世話だっ。俺はいつも最高と思える料理を出してる」

「確かに凛達は満足しているようだ」

「だったら―――――」

「だが、私の目から見ればまだまだ甘い」

「っ!」

 少なからず自信のあった料理の腕前を、こうも馬鹿にされれば腹が立つ。しかも、コイツの目はずっとこう言っているのだ。

『私なら――――お前よりも皆を満足させる事が出来る』

 と。

「ふん……。そこまで言うからには、お前の腕は確かなんだろうな?」

「不本意だがな。お前などとは比べるまでもない」

「言うじゃないか……!」

 見下したように、アーチャーは言う。ここまではっきり言われては、もう引き下がれない。俺はキッと奴を見据えた。

「だったら!俺と勝負しろっ!」

「無駄な事だ。そんなくだらない事をやっている場合か? 今は――――」

「うるさいっ、俺にとっては大事な事だ!」

 最近は桜にも追い上げられているし、遠坂の腕前も予想外だった。負けたままではいられない。それに何故か、コイツにだけは負けられない――――。そんな思いが沸々と込み上げてくるのだ。

「勝負は料理! どっちが皆に美味いと言わせるか!?」

「無駄だと言っているだろう。大体だな、そんなくだらん事を凛が許すと思うか?」

「―――――面白そうじゃない」

 その声は後ろから聞こえた。振り向けば、目の前の相手と同じように、真っ赤な服を着た戦友の姿があった。

「と、遠坂……聞いてたのか?」

「ええ。最初からね」

 いつものように髪をかき上げながら、遠坂はアーチャーの前へと立つ。

「いいじゃない、アーチャー。やってあげなさい」

「本気か、凛? こんな結果の見えている勝負は意味が無い」

「本気よ。貴方もまだ本調子じゃないんだから、そんなに急ぐ事でもないわ」

「しかし―――――」

「あら、本当は自信がないのかしら?」

 挑発するかのような遠坂の口調に、アーチャーの双眸がスッと細められる。

「了解した。つまらん事だが、マスターの意思を尊重しよう」

 その目は、俺に向けられていた。

「…………」

 コイツ……やりやがった。今ので、仕方が無いという状況を作り出した。すなわち、マスターの命だから、やるしかないと。それは俺の逃げ道が無い事も意味していた。

「さて、もはや止めるとは言うまいな? 衛宮士郎」

「あ、当たり前だ! お前こそ覚悟しろよっ!」

「はいはい、今日はここまで」

 手を叩いて、遠坂は俺達の間へ入る。

「それじゃ、勝負は三日後の夕飯。どっちが美味しいかを競う。これでいいわね?」

 確認する遠坂に、俺は頷き、アーチャーは無言で肯定する。

「そ。まぁ審査員に困る事はないし。精々頑張ってね」

 言うなり背を向けて家へと戻っていく。後に残されるは、相容れない二人。

「やれやれ、凛にも困ったものだ」

「ふん、よく言うぜ。ハナからこうするつもりだったんだろ」

「何を言う。私は仕方なく――――いや、もはやどうでもいい事だ」

 鼻で笑って、赤い騎士は姿を消した。霊体化。姿は見えないが、確かにヤツはそこにいる。

「精々、足掻くがいい。結果は変わらんだろうがな」

 その声が聞こえた時には、気配は全くなくなっていた。


「なぁ、セイバー。俺の料理って美味いか?」

 朝食が終わって、のほほんとお茶を啜っているセイバーに問いかける。すると、セイバーはパチリと瞬きをしてから、

「今更何を言うのです、シロウ。私はいつも満足しています」

「そっか……」

 微笑んで言ってくれるセイバー。その笑顔と言葉が、何よりも俺を奮い立たせてくれる。

「いや――――待てよ」

 そんなセイバーをアーチャーだって知っている。にも関わらず、あの余裕だ。それを踏まえて、俺に勝ち目は無いとヤツは言った。

「となると……本当に真剣にかからないと……」

「シロウ」

「え? あ、どうしたセイバー」

「何かあったのですか? 今のシロウの目は何か迷っている」

「……まいったな」

 セイバーには隠し事が出来ない。本当にセイバーは俺の心配をしてくれている。そこに、主従の関係が起因しているかなんてのは、愚問だ。

「あー……ちょっとな」

「では、話してください。私でも力になれるかもしれない」

 姿勢を正してそう言ってくれる。まぁ、セイバーにも無関係じゃないし、ここは話しておくべきだろう。

「実はさ―――――」

俺は今までと、昨日の経緯を話し始めた。
「珍しいじゃない、アンタがあんな事やりたがるなんて」

「勘違いしてもらっては困る。私はやりたくなどなかった」

「よく言うわよ。私を利用しておいて」

 所変わって。ここは衛宮邸の客室。つまりは凛の部屋である。

「で? 本当にアンタ、料理できるわけ?」

「……何だ、その人を馬鹿にしたような目は」

「だって、英霊が料理するなんて聞いた事ないもの」

 確かに、武器ではなくエプロンが似合う英霊というのは凛でなくても嫌だろう。料理がとてつもなく上手くて英雄にまで祀り上げられた人間など、聞いたことがない。

「この身とて人であったのだ。料理の一つや二つ造作もない。一度、君にお茶を淹れた事があったろう」

「……そういえば、そんな事もあったわね」

「心配しなくてもいい。私はあの男にだけは負けん」

「アンタ……何か違う事、考えてない?」

 呆れた顔で、凛はため息をつく。しかし、その心の中は暖かかった。
 ――――何だ、コイツも人間らしい所あるじゃない。
 アーチャーはどこか冷静ではなかった。ただその一点が、凛には嬉しくて、誇らしかった。戦い、命を奪い合うだけの存在ではない。今の衛宮邸を作る環境が、その証拠なのだから。
 悲しむべきは、凛はこの弓兵の目的を知らないし、知る由もないという事。

「凛、何をにやけているのだ」

「……へ?」

「何をにやけているのだ、と聞いた。全く、時折君がわからなくなる」

「なっ、何言ってんのよっ! にやけてなんてないっ!!」

「そうやってムキになるのがその証拠だろう」

 やれやれ、とアーチャーは肩を竦める。彼自身も気付いてはいなかった。この地へとやって来た己が目的も、追い続けた理想も、決して忘れたわけではない。
 しかし、ふと思ってしまったのだ。
 ――――悪くない、と。
 ただ、悪くないと。そう思っている自分がいる事に、彼は気付いてはいなかった。

「ま、アンタがそう言うからには必勝なんでしょうけど」

「当然だ。君が召還したこの私は最強のサーヴァントだ。誰であろうと負けはしない」

「や、こんな事でマジになられても…………」

 言葉とは裏腹に、頬を緩めてしまう。

「だから、何故にやけるのだ」

 その傍らに立つ赤い騎士も、確かに微笑んでいた。叶わぬ願いを抱いてしまう程に。
 ――――ただ、こんな日常が続けばいいのに。

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