儚くて美しいものC

「ちょっと綾、楓ちゃんが居るからってペース遅いんじゃない?」

「あ、あのなぁ。今日ぐらい、ゆっくり飲ませろよ」

「……これでペース遅いの?」

「凄いですね」

 鍋をつつき始めてから、まだ一時間も経っていないのに、既に三本も空けている。

「あー、この人ビールだけなら底無しだからな」

「そんな事どうでもいいのよ。さぁ、飲みなさい!」

「わーったよ」

 答えて、残りを飲み干す。が、次の瞬間には元以上の量に増えていた。
 いや、構わないけどさ……今日の趣旨を理解してる?

「お兄ちゃんも強いんですね……」

「そうでもないけどな。お前だって、まだまだイケるだろ」

「わ、私よりもお姉ちゃんの方が強いですっ」

「へーそうなんだー」

「え、ちょ、霞!? あーっ、もういらないのにーっ!!」

 見事、スケープゴートにされてしまった楓。霞、お前案外酷いな。実の姉を売るなよ。
 とりあえず、無礼講なので放って置こう。
 一部始終を眺めつつ、俺は鍋から具を取って、また足した。

「あら、また空になっちゃった。取ってこよーっと」

「かーすーみー?」

「し、仕方なかったんですっ!」

「まぁまぁ。罰として、霞はノルマ二本に決定」

「そ、そんなっ!?」

「つーわけで、雪姉ー。あと二本追加ー」

「ラジャー!」

 一気に三対一。勝ち誇る楓と涙する霞。
 うーん、テンション高いなぁ……。いつもじゃ想像出来ないぞ、こんな二人。まぁ面白いから許されてしまう。酒の席ってのは、そんなもんだ。

「あ、しまった」

「どうしたの?」

「なんか忘れたと思ったら、ニラだ。道理で緑が足りないと思った」

「でも、十分でしょ? 他の具だって沢山あるんだし」

「それもそうだな。こら、霞。コップを持って何処へ行く?」

 気付かないとでも思ったのか。霞は見咎められた姿勢のまま、固まりつつ、

「お兄ちゃん……女の子にそれを尋ねるのは、失礼ですよ」

「それは悪かった。でも、コップは置いていけ」

「ふふ……霞……諦めた方が良いよ……」

「お姉ちゃん……怖いです」

 スゲェ邪悪な笑みで、妹を見る楓。ごめん。俺、今ちょっと霞に同意した。

「じゃあ、それを飲んで行けば問題無いわね」

 雪姉もさらりと、越えられない難関を定義する。段々と霞が可哀想になってきた。
 いや、もともと炊き付けたのは俺なんだけど……。

「わかりました」

「え?」

「の、飲めばいいんですねっ!?」

「え、あ――――――」

 意気込んで一気に―――――霞はソレを飲み干した。
 手は腰で。思い切りが良い……って感心してる場合じゃなくて!
 そして、ドンっとコップをテーブルに置く霞。顔を伏せたまま、何も言おうとしない。
 しばし、場が静まり返った。

「……霞?」

 楓が問いかけるが、返事が無い。酒乱の気は無かったと思うんだが……?
 そう思った瞬間だった。

「ッッ―――――」

「か、霞ちゃん!?」

 ガバッと顔を上げ、リビングから飛び出していった。そのまま、帰ってこない。

「……悪い事しちゃったね」

「大丈夫かな?」

「うーん……後で水持ってってやろう」

 霞が戻ってきたのは、それから三十分後だった。


「ほらほらー! 主役がそんなじゃ盛り上がらないわよー!?」

「ちょ、ちょっと待て……! おかしいだろ!? なんで俺だけ一缶丸々なんだよっ!?」

「大丈夫っ、綾人君なら生き残れるよ!」

「お兄ちゃんだけ飲まないのは、卑怯です!」

 三時間経過。皆、結構良い具合に出来上がっていた。
 ……酔っ払いの集会か、ここは。

「ふーん、あたしの酒が飲めないっていうの?」

「せめて大きめのコップ一杯!」

「ダメです。そんなの許されません」

 よっぽどさっきの事を根に持っているらしい。据わった目で、霞がズイと詰め寄る。
 くっ……か、楓は!?

「綾人君……」

「な、なんだ?」

「今日は……記念日なんだよ?」

「死刑宣告!?」

 形勢逆転。先ほどの霞の二の舞に成り下がっていた。

「「「さぁ!!」」」

「ぐ……クソ……ったれ!!!」

 そして、俺は覚悟を決めた。缶に口をつけ、一気に傾ける!
 流れ込んでくる液体を、喉を通していく。躊躇しない。止めたら無理。飲み干せ。飲みつくせ。
 コールが無いのが――――辛い。

「……っ……!」

 あ、ちょっと逆流しそう。それほど無様な事は無い。
 吐くなら、トイレ。じゃないと処理が大変だ。
 何で後始末の事を考えながら、飲まなくてはならないのだろう。
 矛盾した思考の中、俺はラストスパートをかけた。

「っっ!! どうだ、コラァ!?」

「え? まだ足りない?」

「言ってねぇぇぇぇぇ!! うぇっ……無理」

 笑顔で二本目をチラつかせた雪姉に、心の中で毒を吐きつつ、俺はトイレを目指した。

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