儚くて美しいものA

「んじゃ、行ってくるわ」

「うー」

「いや……そこは元気よく送り出してくれよ」

「だって、教えてくんないんだもん」

 時刻は昼過ぎ。俺が出かける時間になっても、雪姉は不満そうであった。俺としては、本当に今更の話なので、さすがに話せない。
 というか、何でこの人も気付かないんだろう? 小さい頃は、俺は雪姉べったりだったというのに……。

「ねぇ、教えてよー。減るもんじゃなしー」

「減るからヤダ」

「何が減るのよ?」

「減るっていうか、下がる。俺のテンションが」

 ついでに、貴女のテンションも。

「じゃな、夕方には帰ってくるから!」

「あ、ちょっと!」

 返事も聞かず、俺は玄関を開けて外に出た。冷たい空気を、即座に感じる。しかし、そんなものはとても些細な事だった。

□□□

 そして、俺はいつものように歩を進める。現実では、決して辿り着けない場所へと。
 近づくことを避けていた――――――約束の場所。
 ものみの丘。
 七年の歳月を経ても、ここは変わっちゃいなかった。
 そして―――――あの日のように、先客が居た。

「悪い、ちょっと遅れたかな?」

「ううん、私も今来た所だよ」

 何の気負いもなく、俺は声をかけた。一番、大切な子。俺の愛しい人。
 神崎 楓に――――――――

「さて、とりあえず買い物行くか?」

「うーん……もうちょっとここに居たいな」

「飯は食ってきたのか?」

「うん、大丈夫」

 笑う楓の隣に、俺は腰掛けた。あの日もそうした石は、もう小さい。だから、自然と肩を寄せ合うように座る。

「えへへ……」

「ん? どうした?」

「ううん、何だか意識すると恥ずかしいね」

「そ、そうか」

 そんな事を言われると、俺も意識してしまう。この場所で出会ってから、もう七年。だけど、俺達は何も変わらず、ずっと一緒に居る。

「まぁ……何にも不満なんか無いから、当然だろ」

 その言葉に、楓は俺の顔を覗き込んでくる。何かおかしい事を言ったんだろうか?

「綾人君って……やっぱり変だよね」

「お前もやっぱり、失礼だよな」

 憮然として、言い返した。

「じゃあ、楓は何か不満か?」

「そ、そんな事ないよ!」

「だろ? じゃあ、続いて当たり前じゃないか」

「そうなんだけど……あんな恥ずかしい事言えるの、綾人君ぐらいだよ」

 顔を背けながら、楓が呟く。
 そーかなぁ……? そりゃ口喧嘩くらいは、何回もした。だけど、その度に仲直りした。
 お互いの短所。それはもうわかっている。ならば、何も問題は無い。

「つっても、特別に考える事は無いと思うんだけどな」

「え?」

「別に自慢になる事でも無いだろ? 付き合ってる年月とかはさ」

 というか、小学生の頃から一緒なのだから、長くなるのは当たり前だし。

「その間の思い出は、大切だよね」

「そだな。そっちの方が大事だよ」

 誇らしげに言う、楓。いつだって、その目には見えない物が、大切に思える。
 だからこそ、求めて止まなかった――――――

「まぁ、一年に一回だけだしな。誕生日と一緒みたいなもんだ」

「ちょっと違うと思うんだけど……」

「でも、同じように歳を重ねてくぞ?」

「ほ、本当だね……」

 即席の共通事項だったのだが、楓は納得してしまった。でも、こういう所は、小さいときのままだなぁ。
 すると、楓は急に立ち上がって、さもおかしそうに笑った。

「でも、綾人君で良かったな」

「何が?」

「私の傍に居てくれたのが」

「き、急になんだよ?」

 いきなりそんな事を言われて、俺は慌ててしまう。段々と顔が暑くなっていくのが、やけに恥ずかしかった。

「うーん。だって、他の人なんて想像出来ないもん」

「……それは光栄だな」

「その割には、あんまり嬉しそうじゃないね」

「あのな、俺の顔を見て察しろよ」

「あはは」

 屈託無く笑う楓。そう、楓はこんな奴だった。
 俺の事を変だというくせに、自分の事を自覚していない。
 俺も同じように立ち上がり、少し高い目線で、街を見下ろした。

「そろそろ行こうぜ。雪が降る前には帰りたい」
「私は降って欲しいなぁ」

「勘弁してくれ。雪なんて……いっぱい積もってるじゃないか」

「そうじゃなくて、降ってるのが見たいの!」

「お前も変わってるなぁ。もう珍しくも無いだろうに」

「だって、綺麗だよ。そう思わない?」

 そんな笑みで笑いかけられてしまえば、否定する事なんか出来なかった。そんな自分が恨めしくて、先に踵を返す。

「ほら、行こう! 用意もあるんだし、霞も迎えに行かなきゃならないだろっ」

「あ、ちょっと待って」

 歩き出そうとした瞬間に、楓に手を捕まれた。手袋をしていて、その体温はわからなかったが。その代わり――――――違う場所が、熱を感じた。

「お前な……」

「えへへ、記念日だよ」

 手は繋いだまま、すっと楓は身体を離す。俺は頭を抱えて、思わず項垂れる。

「じゃあ、行こうっ!」

「あぁもう、わーったよ!」

 商店街に行くまでに、顔の火照りが無くなれば良い。そんな事で頭を悩ましているのは、どうやら俺だけのようだった。


 段々と、わかってきてしまった。
 この世界が、どういうモノで構成されているのかが。

「じゃあ、呼んで来るね」

「ああ」

 言い残して、楓は家へと入っていった。
 吐く息は、真っ白。空を見上げる。 灰色に濁っていて、いつもより低く感じた。
 今にも雪が降りそうだ。

「お待たせっ」

「こんにちは、お兄ちゃん」

「おっす。じゃあ、行くか」

 少しして、仲良く出てくる二人。楓とよく似た女の子。
 それも当然、霞は妹なのだから。

「……本当に持たなくて大丈夫?」

「心配すんなって。俺だって男なんだから」

 俺の両手に提げられた袋。中には、様々な食材が入っている。今しがた、商店街で買い揃えられたものだ。

「いっぱい買ったんですね」

「まぁな。まぁ、残っても困らないし」

「そう言えば、お酒は良かったの?」

 思い出したように、楓が言う。もっとも、楓が飲むわけではなくて、雪姉専用のである。

「その辺は抜かりなく。昨日、自分で買ってたから」

「雪音お姉ちゃんは、どうしてるんですか?」

「あー、多分家でゴロゴロしてると思うぞ。今日は出かけないって言ってた」

「気を遣ってくれてるのかなぁ?」

「そんな事無いだろ。大体、あの人が言い出したんだぜ?」

 そう、今日の予定は全て雪姉が組んでいた。今日は、俺が楓と約束を交わした日。
 恋人とか、そんな範囲ではなく。はっきり言って、生涯を共にするような言葉を交わした日。勢いというのは、マジで凄いと思った。

「騒ぎたいだけなのかもしれないけどな」

「でも、雪音お姉ちゃんは優しいですよ」

「霞の言う通りだよ。もっと感謝しなきゃ」

「……二人がかりで擁護するか」

 まぁ、恥ずかしくて言えないだけで。言われるまでも無く、雪姉には感謝しているのだ。
 今日の事を含め、色々な面で俺達を、理解してくれているから。

「うん、早く帰ってあげよう? きっと待ってるよ」

「そうですね。急ぎましょうか」

「お前ら、雪姉大好きだなぁ」

 本当に楽しげな二人を眺めながら、俺はふと頬を緩めた。

時として、想いは力を持つ。
今までは考えもしなかったけれど。
それでも、この瞬間だけは……信じられると思った。


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