クォ・ヴァディス 136

EP-5

 両腕を首から吊ったまま、マクスウェルは小高い岡の上に来ていた。
 ジュエル、トリスタン、ユウ、そしてヘルムートを埋葬した場所だ。
 夕方の風は温かく、マクスウェルの髪と包帯を優雅に後方に流している。
 髪が邪魔だな、そろそろ切ろうかな、とも思うが、ポーラとフレアがまた騒動を起こしそうなので、しばらくは黙っていることにした。

「終わったよ、みんな」

 小さな声でつぶやく。
 確かに、事件は終わった。だが、帰ってこないものが多すぎた。
 マクスウェルは空ろな瞳で空を見上げた。
 もう、ロウセンの怪しげな威勢のいい言葉を聴くことはできない。
 もう、ジュエルが自分を叱咤する声を聞くことはできない。
 もう、トリスタンの激しい咳払いを聞くことができない。
 もう、ユウ先生の病気への注意を聞くことができない。
 そしてもう、ヘルムートの気概ある言葉を聴くことができない。
 すべてが、自分にとって必要なものだったはずなのに。こうも簡単に失われてしまった。

 空を見上げたその瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
 ラインバッハ二世は死んだという。モンスターという惨めな姿に自らを変えて、トロイらに倒された。
 ラインバッハ二世の目的を聞いて、マクスウェルは愕然とした。

「若さがほしかった」

 結局、ラインバッハ二世も人間だったのだ。
 確かに、行ったことは悪だ。だが、それが彼の目的を達成するための、唯一の方法だったのだ。
 そう思うと、マクスウェルはとたんに哀れに思えてくるのだ。
 彼が、裏切りではなく、他の手段を知っていたら、彼とて救われていたのではないか、と。
 すべてが終わったことだ。もうどうしようもない。
 ラインバッハ二世が選んだ手段がこれであり、マクスウェルが選んだ手段がこれだった。
 結局は、相容れることはなかった。
 その死を哀れとは思わない。だが、他の手段をとることができなかった彼の人生を思うと、マクスウェルは深く深く嘆息するのだった。

「ここにおられたのですね」

 背後から声がかけられた。そこには、まるで英雄伝説の絵本から抜け出たような派手な衣装の青年がいた。

「ラインバッハさん」

「さん、はやめてください。あなたはもはや国王陛下なのですよ」

「やめませんよ、俺は俺です、自分のやり方を変えるつもりはありませんから」

 頑と言うマクスウェルに、ラインバッハは両手を広げてため息をついた。
 恐らく、このやりとりは永遠に続くのだろう。マクスウェルが罰の紋章を手放して死ぬまで続くのだろう。

「……終わったのですね」

「……ああ、終わったよ」

 マクスウェルとラインバッハは、しずかに五基の墓を見下ろした。
 永遠に戻ってこない命。永遠に刻み込まれるその業績。
 しばらくして、ラインバッハが言った。

「下に行きませんか、友よ。
 これから戦勝のイベントが始まります。とはいえ、ささやかなものですがね。
 エチエンヌの音楽、ビッキー殿の紅茶、どれも絶品です」

「そうだね、責任者がイベントに出ないと悪いね」

 ラインバッハを先頭に、マクスウェルは歩き出す。
 生残った仲間たちのもとへ。愛すべき仲間たちのもとへ。自分を国王などとからかってくる悪友のもとへ。

 歩いている途中、マクスウェルは一度だけふりむいた。そして、ささやいた。

 ――――― さよなら、ジュエル ―――――


 時は真夏の八月。群島は以前の平和を取り戻したかのように見える。
 だが、これからも様々な事件が起きるだろう。そのとき、マクスウェルがどのように行動するのか、リノ・エン・クルデスは群島諸国連合をどのように導くのか、歴史書には、まだまだ先が記されている。

THE END...

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(初:16.10.05)
(改:16.10.18)
(改:16.10.24)