オベル地方に大地震が起こったは、昼間のことだった。
オベルは地震とは縁がない地方である。これほどの大地震は十年に一度も縁があるまい。
市街地は多くの建物が倒壊し、怪我人の数も多くの昇っていた。
これほどの大地震の原因は地下にあった。無論、迷宮内でミツバが夜の紋章を全力で振ったことによるのが原因だった。
「うっそでしょう」
渾身の一撃を放ったミツバは、呆然として怪物とかしたラインバッハ二世を見つめている。
「彼はすでに人間ではない。真の紋章に近い物と化している。生半可な攻撃では通じ居ぬぞ」
黄金の剣を構えるトロイが、構えなおしラインバッハ二世にむけて飛び掛かった。
金属音が響くがここで、トロイの攻撃が繰り出される。
「切り裂き!」
剣戟による攻撃と、魔法の複合攻撃だ。
したたかに、剣と魔法によって皮膚を切り裂かれたラインバッハ二世は、もだえて転がりまわる。
先ほどの星辰剣の一撃を耐えたとはいえ、ダメージを全て「我慢」することは不可能だったのである。全ての攻撃が効いているのだ。
「キカ、ジーン! 今だ! 目だ、目を狙え!」
「ひゅう、えぐいねー」
その指示を待っていたかのごとく、キカの神速の剣劇が炸裂する。しかも、今度は顔面を狙っての連続攻撃であった。
目、額、口元と、大量の出血をともないながら、ラインバッハ二世は顔を抑えてもだえまわる。しかも、ジーンの最強魔法「天雷」が、寸分の類もなく、ラインバッハ二世の頭頂部を襲ったのだ。
ラインバッハ二世は、もんどりうって巨大な尻尾で地面をたたき付けたが、全員がなんとかそれを避けていた。まともに当たれば人間など粉々になるであろう一撃だが、ラインバッハ二世の傷が、目標を外したのだ。
「まだそんな力があるというのか」
トロイが驚嘆の声を上げるが、この隙をみのがさなかったのがミツバだった。
「逃がすかあああああ」
もだえ続けるラインバッハ二世めがけて、夜の紋章を振り下ろす。
轟音を立てて夜の紋章は、正確にラインバッハ二世の眉間に突き刺さったのである。
「おおおおおおおおおおおお」
モンスターと化したラインバッハ二世は、しばらく眉間に夜の紋章を突き刺さしたまま、ミツバを振り回して大暴れした。
まさかミツバごと黒焦げにするわけにもいかず、誰も手が出せずにいたが、その行動がラインバッハ二世の最期のあがきだった。
全身を血みどろにしながら、どうと音を立てて倒れたのである。
「やったの……」
止めを刺し振り落とされたミツバが、剣を杖がわりにして、やっとことのことで立ち上がった。
ところが、そのラインバッハ二世の遺体の前に、もう一人の来客が訪れた。
女である。銀色のセミロングの髪をなびかせ、まるでラインバッハ二世の遺体を踏みつけるように靴で足蹴にしたのである。
ジーンは、この女の正体を知っていた。冷たい瞳で七人を見つめている。
「人間は死んだらゴミになる。ゴミに弔いは必要ない。そうだろう?ジーン」
「死んだと聞いていたけど、いきていたのね、マキシン」
「私は不死身さ。風の加護がある限り、私は死にはしない」
クロデキルド、トロイが、マキシンを囲むように剣を構える。
「これはこれは名の知れた戦士に警戒していただけるなど光栄の至り」
言いながら、マキシンはラインバッハ二世の遺体からなにかをまさぐって探り当てた。スケルトンの眷族の魔法である。
「私の専門は風だが、これも使い勝手がいいのでネ。
あたしの変わりに、存分に相手をしてやるよ」
叫ぶとマキシンは、両腕を広げて、高速言語を唱え始めた。
「いでよ、ドラゴンスケルトン!」
マキシンの呼びかけに応じるように、巨大なドラゴンのスケルトンが姿を現す。
全長は十二〜三メートルはあるだろうか。まず最初の狙いはミツバだった。
「あんあたにも借りがあったねミツバ! 粉々にすりつぶしてやるよ!」
「私は星辰剣のミツバだよ。ドラゴンゾンビなんかにやられてたまるか!」
「よく言った!跡形もなく消し去ってやる!」
マキシンが叫ぶと、ドラゴンスケルトンの骨の尻尾が大きくしなり、地響きを立ててミツバのいた場所を叩き潰した。
「うわ、当たったらいたそう!」
疲れた身体に鞭を打ってなんとか避けたミツバがあきれる破壊力。
「ドラゴンスケルトンの意識を散漫にしろ! ミツバを守るぞ!」
トロイが叫ぶ。その声に真っ先に反応したのがジーンだった。
「いくわよ、トロイ! 合体魔法で!」
「承知!」
ほぼ同時にトロイとがジーンの詠唱が重なる。そして。
「風烈牙!!」
強烈な雷を伴う猛烈な嵐が、マキシンとドラゴンスケルトンを襲った
だが、スケルトンはマキシンを守るように翼で彼女を覆い、自分も丸まってダメージを最小限に抑えている。
合体魔法が大して効いていないのだ。
「さすが大魔術師と大指揮官殿、トロイが風烈牙を使えるとはね。だが、私の番だ!」
マキシンが猛ると、ドラゴンスケルトンの首が大きくしなった。
「悶え死ね!」
マキシンの叫びと同時に、スケルトンが火球を吐いたのである。
リノ・エン・クルデスがオベル港を破壊した際に、その上陸を阻んだほどの大爆発が、この狭い空間で連続する。
シメオンは急いで「氷の息吹」で対抗するが、流水の紋章は本来防御の紋章であり、攻撃力はあまり高くない。せっかくの反撃も、あまり効果は高いとはいえなかった。
「ちょっとお、遺跡ごとぶっ壊すつもり!?」
なんとか逃げ回りながらミツバが驚嘆する。
「お前らを道連れにできるなら、こんな遺跡の一つや二つ、破壊してもかまわんぞ!」
「私はいやだ、っつーの!」
ミツバは大上段で夜の紋章を構えると、大きく振り下ろした。
先ほど地震を起こしたほどの破壊力はないが、目に見えない衝撃波が飛んでいく。
「―――――――!」
音声化不可能の悲鳴を発したのは、スケルトンだった。夜の紋章の衝撃は、スケルトンの吐いた火球ごと、彼を寸断したのである。スケルトンの巨体が、音を立てて倒れこんだ。
「おのれ、だが、まだまだ私の力はこんなものじゃないぞ」
マキシンは次の紋章球を探り当てると、額に吸い込ませる。そして高速で詠唱を始めた。
マキシンの両手の甲がグリーンに光ったのである。
超越魔法だ。ナ・ナルでの対リシリア戦で見せた旋風の紋章の二重掛けを唱えて見せたのである。
洞窟のフロアが、猛烈な風に吹き荒れる。
「きゃあ!」
さすがの全員もこれにはたまらず、壁まで吹き飛ばされた。
「さあ、この狭い空間でどれだけもつかな!? 吹きすさべ!」
マキシンの旋風が縦横無尽に駆け巡る。そのたびに体勢を立て直し吹き飛ばされるの繰り返しであった。
「このまま、やられるか!」
極めて低い姿勢でキカが突入する。剣を操らせてダッシュさせればキカの右に出るものはいない。
絶妙のタイミング。竜巻と竜巻の間をぬって走りキカはマキシンを下段から一閃したのである。
「ちぃ!」
僅かな隙が、マキシンにできた。
「ジーン! トロイ! 三人でいくぞ! いけるか」
シメオンの声が響く。
「こちとら軍人だぞ。これくらいで参りはせぬ」
「なんとか私も無事よ」
「ではいくぞ! 魔法使い攻撃!」
これは、合体魔法の中でも最高峰の魔法だ。トロイが純粋な魔術師ではないけれども、それでも充分な破壊力がある。
マキシンは強烈な魔力の波に押されながら、それでも立って耐えていた。次のチャンスを狙っているのだった。
ところが。マキシンの思いもよらぬことが起こった。
次のチャンスを狙ってなんとか耐えている最中に、猛然たる声が聞こえてきたのだ。
ポーラが、イワドリに乗って突っ込んできたのである。
「うわあああああああ!」
ポーラは、イワドリに騎乗させるとガイエン騎士団でもトップクラスの腕前だった。だが、狭い場所ではイワドリの自由が利かないため、自由の乗りこなせなかったのだ。
だが、この後に及んでポーラは決心した。この強敵を倒すために、物理攻撃に打って出たのである。
「なにぃ!?」
こうなるともう、魔法どころではない、ポーラは魔法使い攻撃の勢いに乗って、普段の数倍のスピードでマキシンに突っ込んだのである。
だが、マキシンも歴戦の魔術師である。先ほど寸断されたドラゴンスケルトンとは別のスケルトンを呼び出すと、咄嗟に自分を守る盾としたのだ。
一瞬マキシンを見失ったポーラは、急激にイワドリを空中で止めようとした。
だが、魔法使い攻撃の猛烈な烈風の中で、それは不可能だった。結果、イワドリはスケルトンに猛スピードでぶつかり息絶え、ポーラはそのまま壁に放り出されて強かなダメージをこうむった。
「あ……ぐ……」
全身の骨がバラバラになりそうな苦痛に耐えながらも、ポーラが立ち上がる。すぐさまシメオンが近づき、「優しさの流れ」でダメージを回復するが、ポーラの心には絶望感が広がりつつあった。
(いったいどうやったら、この敵を倒せる……?)
それは、リシリアがマキシンに感じた絶望感と同じものだった。
「さぁ、次はこれでいこうかね」
飄々とした言い草で、マキシンは次の紋章を選んだ。ポーラは知らなかったが、ガイエンのマノウォック公爵ハーキューリーズが宿していた豪腕の紋章である。
マキシンは額から紋章を吸い込ませると、これまでに感じたことのない力感が全身を覆うのを感じた。
「はっはっは、こりゃあいい! 魔力なんて必要ないじゃないか!」
高笑いしながらマキシンは、散乱したドラゴンスケルトンの大腿骨を片手で持ち上げたのである。一キロや二キロの代物ではない。少なくとも女性が片腕で持ち上げられるものではなかった。
「次から次へと大道芸を!」
クロデキルドが横薙ぎに斬りつけると、マキシンはその大腿骨でそれを受け止め、これも信じがたい腕力で弾き飛ばした。
続いてトロイが上段から切りつける。クールークでも名うての剣豪とあって、その腕力もなかなかのものだったが、マキシンはこれも大腿骨で受け止めた。ところがそこに、トロイの魔法が飛んできたのである。
「葬送の風!」
突如巻き起こった風が、無数のかまいたちとなってマキシンを襲ったのである。
このかまいたちの威力は低いが、恐ろしいのは一定確率で相手を即死させる事であった。
だが、マキシンは薄ら笑いを浮かべたまま、風に身を任せている。
「!?」
トロイが驚きの表情で距離を離した。
「トロイ、お前の魔力も大したものだがね。私は風の専門家だよ。魔力の劣る魔法使いからの魔法など効きはしないのさ」
言うが早いか、手に持ったドラゴンの大腿骨を、ジーンとシメオンに勢いよく振り下ろした。
「ぬうっ」「きゃあ!」
残念ながら目標を砕くことはできなかったが、岩を砕き、あたりに砂が撒き散らされる。
ところがそのとき、ポーラの声が響いた。
「ミツバさん! 転がっている眷族紋章を撒き散らすか破壊してください! 彼女の強さはそれが原因です!」
「ちぃ!」
地面に転がる八房の眷族紋章こそが、マキシンの強さの根源だと気づいたポーラが、叫んだのだ。
「わかった!」
ラインバッハ二世の死亡した折に地面に転がり落ちた眷族紋章。それを探るように、身に宿していたマキシン。
これに気づくと答えは一つだった。
「うおりゃああああ!」
ゴルフスイングの要領で夜の紋章を構えると、一箇所に固まった残り五つの紋章を、ミツバは思いっきり打ちつけたのである。その勢いで、五つの紋章は遺跡の暗闇にバラバラに消えていった。
マキシンの表情が、憤怒に揺れている。
「おのれ、エルフの小娘が……味なマネを! 焼き殺してくれる!」
そう叫ぶと、今度は先ほどのスケルトンの紋章を宿したマキシンは、その巨大なスケルトンをポーラただ一人に向けた。
「ミツバは跡ですり潰してくれる。まずはエルフ、貴様からだ!」
そうして巨大なドラゴンスケルトンが炎を吐くために首をしならせ、マキシンの全意識がポーラに向いた一瞬の隙。この隙を見逃さなかった人物が二人いた。
マキシンの背中から腹にかけて、立派な剣先が二本、突出ていたのだ。
トロイとクロデキルドであった。二人はマキシンの背が自分たちに向いた瞬間、その剣先をマキシンの背中に吸い込ませたのだった。
「き……貴様ら……」
前のめりに倒れながら、それでもトロイの軍服の衿に手をかけ、真っ青な顔でマキシンは怒りに顔を震わせたが、それも数秒だった。
マキシンは、倒れた。そして、二度と起き上がれなかった。
マキシンは目を開いたまま、二度と魔法を唱えることはなかった。
享年二十七。数々の強敵を相手に一歩も引かなかった、凄腕の魔術師だった。
(初:16.10.05)
(改:16.10.18)
(改:16.10.24)