クォ・ヴァディス 131

22-10

 飛んでいく眷族紋章を追いかけながら、ポーラ、クロデキルド、キカ、ジーン、トロイ、ミツバ、シメオンは地下の八階までやってきた。
 そこでめについたのは、やはり東側の壁一面に彫られた(?)巨大な女性の顔だった。
 しかも、その顔は今にも喋りそうなほど生気に溢れており、片目だけ露出した眼球が動いている。

「ちょっと、なにあれー」

 ミツバが気持ち悪そうに言うと、その壁面の女性の顔の前に立っている男が居た。
 男は手元に淡く光る紋章球を四つ手に持ち、余裕ぶって六人を睥睨している。

「見つけたぞ、ラインバッハ二世。さ、その紋章を返してもらおうか」

 トロイが恫喝を持って言うと、ラインバッハ二世はふふんと笑っていった。

「これはこれは海神の申し子殿。海上での勇者が、このような地下にもぐってはなりませんな。
 せっかくの異名が台無しですぞ」

 言うと、ラインバッハ二世は、ゆっくりと紋章を飲み込み始めた。
 しかも、一つや二つではない、四つである。
 クロデキルドはあからさまに嫌そうな顔した。
 ミツバは今にもはきそうな顔をして居る。

「答えろ、ラインバッハ二世。そのように紋章を飲み込んでどうしようというのか?」

「これは愚問ですな。真の紋章はこの世の全てをもたらす。
 ならば、眷族紋章を我が体内に入れることは、世界を我が手にすることと同じこと」

「下種な……」

 クロデキルドが吐き捨てた。
 ラインバッハ二世は語る。

「私が欲するのは永遠の若さ!
 私には他のものは何一つ必要ない!
 金など、世界など若さと私の才さえあればいくらでも手に入るのだ!」

「くだらん! そうやって若さを求め、永遠に理解してもらえぬ闘争を繰るつもりか!
 もっとも近き者なき永遠の孤独は、一片の価値もなし!」

「くだらんのは君のほうだ」

 クロデキルドに対し、ラインバッハ二世が嘲笑する。

「人間には手に入るものと手に入らぬものがある。家族など、その気になればいつでも手に入るではないか。
 だが、年齢はそうはいかん。いくら才ある身でも、老いさばらえば、現実を見誤ることもあろう。だが若ささえあれば、それを見誤ることもない!
 我は人なり! 欲こそ全て!」

「とっくに老いさばらえて現実踏み外した人間が、えらそうなこと言うな!」

 ミツバが叫んだ次の瞬間である。ラインバッハ二世の身体が、僅かながら痙攣し始めたのである。

「おお、おおおおおおおお!」

 ラインバッハ二世の雄たけびとともに、徐々にその身体が変化していく。
 肩の筋肉が盛り上がり、強靭な尻尾が生え、身体の大きさが倍近くになったのである。
 あれだけ腹に贅肉をためこんでいた身体は、真っ青の全員筋肉のカタマリのようになっていた。

「うわああああ、なにあれ!?」

 思わず剣を構えながら、ミツバが叫ぶ。

「恐らく、眷族紋章の力を活用して己の力を倍化したのだ。
 倒すしかない。いくぞ!」

 ところが、この怪物は、突然座り込むと、壁面に描かれた女性の巨大な顔を見つめると、その場に座り込んでしまったのである。

「ウウウ、ウウウウウウウ」

 ラインバッハ二世だったものは、まるでつぶやいている様にも懐かしんでいるようにも見える。

 あまりに意外な光景に、一同は一瞬呆然としたが、最初にエキサイトしたのはクロデキルドだった。

「真の紋章については詳しくないが、世に不浄を齎すというのなら、この冥夜の騎士団・クロデキルドが容赦しない!」

 言うが途端に切りかかったクロデキルドの剣は、その分厚い右腕に阻まれ、弾き飛ばされてしまう。

「なら、ほんまもんの真の紋章はいかがかなー? くらえー!!」

 今度はミツバが左から飛び掛かると、夜の紋章を振り終ろす。さすがにこれは効いたようで、ミツバをがはじき飛ばしてから左腕を押さえて雄たけびを上げた。

「休む隙など与えぬよ!」

 続いてキカだ。隼の紋章による連続攻撃が、ラインバッハ二世の腹を突き抉り、今度はその隙に、ジーンの呪文の詠唱が完成していた。

「天雷!」

 どこからともなく現われたモンスターが、ラインバッハ二世の頭上に強烈な雷撃の一撃を見舞って去っていく。

「クールークの剣術を思い知れ」

 あくまで冷静なトロイである。大きく振りかぶった剣を振り下ろすのと同時に、風の魔法「切り裂き」がその皮膚をズタズタに切り裂いていく。

 一連のダメージがさすがに大きかったのか、ラインバッハ二世はその巨大な拳を振り上げ、ジーンめがけて振りおろした。

「ジーンさん、危ない!」

 ミツバが横っ飛びにジーンを弾き飛ばすと、夜の紋章でそのパンチを受け止めたのである。

「こうなったら、きりがないよね……」

 ミツバの顔が引き攣った。そして、ラインバッハ二世の腕を弾き飛ばすと、自分は大きく剣を振りかぶったのである。

「まずい、危ないわ、避けて!」

 ジーンが危機感に満ち溢れた声を出した。そう、あの海を叩き割った一撃を、この地下で繰り出そうというのである。
 ―――結局、夜の紋章ってのはなんだったのか。
 ―――ミツバには分からない。
 ―――自分が反省するは一つ、ジュエルちゃんを助けてあげられなかったこと。
 ―――真の紋章なんてしらない。
 ―――でも、自分の仲間の命を助けられないくらいなら―――。

「な、なんなのだ!?」

 この狭い空間の空気が震えている。その大気ごとは破壊しそうな勢いで震えている。
 クロデキルドでさえ脚の震えが止まらない。ポーラにいたっては身体全体が震えていた。

「いくよ、星辰剣!!!」

 ―――消え去れ――――!!!!

 雄たけびと供に、ミツバが剣を振り下ろす。

 その瞬間、オベルが震えた。

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(初:16.10.05)
(改:16.10.18)
(改:16.10.24)