クォ・ヴァディス 123

21-1

 とりあえず与えられた仕事は全て終え、二週間という時間ができたケイトは、戦時下にある群島地方で最も優雅に行動できる身分であったろう。
 彼女と同じ程度かそれ以上の資産を持つ国の指導者たちは、それに見合う仕事と責任が待っていたし、一般の労働者はそもそも戦争とかかわりを持たない者も多く、普段の仕事にて一杯で、将来のことも見えない者も多かった。

 七月二十一日、ケイトは久しぶりにプライベートで群島内を回っている。この日はネイ島に立ち寄った。とはいえ、ここではケイトにとって魅力的なものは何もない。
 自分用の船を一隻調達するつもりで寄ったのである。

「それにしても、一六〇〇万ポッチか。どうやって使おうかね」

 ネイ島でもっとも信用できる商会は、なんと言ってもチープー商会である。
 ケイトは、先日まで敵対するエックス商会の側で仕事をしていたのを、チープーのほうでもつかんでおり、突然のこの来客はチープーを驚かせた。

「これはまたびっくりなお客さんだね。エックス商会のほうがお得意さんなんじゃないの?」

 普通に驚いた様子でチープーが言ったが、ケイトは全く気にしない。

「たまたまこの島に来て、ここじゃあんたのところが一番信頼できるから、来ただけさ。
 断るってんなら、他の店に行くだけだがね」

「いやいやいや」

 チープーは慌てて両手を振った。

「お客さんなら、おもてなしさせていただきますよ。で、なにをご所望で?」

「そうさね、軍艦とかいくらで売ってる?」

「……は?」

「だから、軍艦だよ、軍艦。小型でもいいから頑丈なやつ」

「なんでまた、そんなものを……?」

「私が欲しいって言ってるんだよ、なにか文句があるのかい?」

「いえ、ございません! はい!」

 慌てて立ち上がると、哀れなチープーは軍艦のリストを持ってきた。
 群島で現在、こんなものを売っているのはチープー商会くらいでろう。エックス商会ですら、こんな怪しい商売はしない。
 ケイトは渡された軍艦のリストをまじまじと見つめる。
 仕事柄、操船の技術はあるが、もちろん個人での買い物でこんなリストなど見るのは初めてだ。

「軍艦と言っても種類によるけどね。オセアニセス号クラスの大型の軍艦なら二億〜三億ポッチはくだらない。個人で買うのはちょっと無理だろうね。
 足は速くてそこそこ武装も防御も充実した中型でも三千〜五千万はするよ。これも個人で買える人はなかなかいないんじゃないかな」

「ふーん、けっこうするもんだねぇ」

 個人で買えるようならアカギかミズキにポンと渡して、その驚く顔を見てみるのも楽しいかと思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

「じゃあ、もっとこう、安くて珍しいものはないのかい?
 一千万くらいで買えそうなもので」

「一千万ね、うーん」

 いつもそれを超える取引をこなしているせいか、金額を聞いてもチープーはさして驚かない。今度は、青色のファイルを持ってきた。
 ケイトが見てみると、確かに珍しいものが並んでいる。半漁人の尻子玉二十個セットとか、ティントワカメの日干し、怪しげな薬品らしい名前の一覧など、誰が使うんだというような物が並んでいた。

(……というか、ティントに海なんてあったか?)

 などと、わずかな知識で怪しんでみる。なるほど、こういうのもなかなか面白い。

「こちらはなかなか手に入らない貴重品のセットだよ」

 ……とチープーは言うが、どう見ても万国怪しいものリストだろう、とケイトは思う。
 そんな中、ケイトは面白いものを見つけた。

「おい、チープー、ここに書いてあることは本当かい?」

「ん?」

 言われて、チープーはケイトが指差した物品を見て、チープーは明かに眉をしかめた。

「それを? あなたが?」

「ああ、何か問題でも?」

「いや、問題はないけどね。それは記述は正しいし、効果もはっきりしてるカナカンの安心ブランドだよ」

「これで、いくらだい?」

「二十回分で六〇〇万ポッチ」

 なるほど、確かにひどく値段が張る。だが、たまにはこういう物を買ってみるのも面白いかもしれない。

「よし、ここならすぐに換金できるだろ」

 言うと、ラインバッハ二世からの報酬である九〇〇万ポッチの金塊を取り出す。
 そしてチープーにわたしてみせた。

「うん、九〇〇万ポッチだね、これでさっきのを買うの?」

「ああ、お釣りの三〇〇万はやっぱり金塊でくれ。けっこう便利なんでな」

 チープーは店の奥のカーテンを開く。そこにはいくつかの金庫が並んでおり、その一つをあけると、見事な金塊の塊が見えた。
 そしてすぐに金塊の一つを用意する。そして、隣の金庫を開け、三センチ×七センチ程度の小さな箱を用意した。この箱の中に入っているものが六〇〇万ポッチもするのであった。

「はい、商品とお釣り」

 ケイトは、相変わらすラフに内ポケットに商品と金塊をしまいこんだ。

「さーて、土産もできたし、次の場所に言ってみようかね」

 うーんと腕を伸ばして、ケイトが言うと、チープーが声をかけた。

「お客さん、高額な商品をお買い上げいただいたお礼に、近くの島までなら船でお送りするよ。どうする?」

「そうだね、じゃあ、マクスウェルのいる無人島に連れて行ってもらおうか」

「……本気?」

「冗談で言えるか、こんなこと」

21-2

 そして二日後の七月二十三日、ケイトはチープー商会の商船に乗って、オベリア・インティファーダの拠る無人島に足を踏み入れた。
 前回は襲撃のために足を踏み入れたのだが、眠りの強力な香を焚きながら潜入だったから、最後に邪魔をされた戦士以外に顔は見られていないはずだ。
 それにしても、鷹揚といえば鷹揚である。ケイトにとっては敵地も同然であるのだが、ケイト自身はそんなことを気にしない。ケイトにとっては商売が総てであり、契約関係が切れてしまえば、ラインバッハ二世もマクスウェルも関係ないのである。

 ここで最初に見つかったのは、意外にも目的のアカギとミズキだった。

「よう」

 と、声をかけると、アカギが仰天という言葉を通り越して狂騰して倒れそうになった。
 隣のミズキも、どう行動していいか分からないように呆然としている。

「ちょ、ケイト姉さん、こんなとこで何してるんだよ!」

 押し倒さんばかりの勢いでアカギがケイトの両肩をつかんで震えている。

「なにって、ある仕事の契約が切れたんでね、あちこちぶらぶらしてるのさ」

「だからって、なんでピンポイントでここに来るのかな。姉さん、最近、ここに浸入して紋章盗っていっただろ?」

「ありゃ、やっぱりばれてたかい?」

「そりゃ、蛇昏香みたいな特殊なモン使われたらいやでも分かるって!」

 アカギはふーっとため息を吐き出しながら、その両肩から手を離した。
 なにやら、ミズキが隣から牽制したらしく、ぶつくさとつぶやいている。

「まあ仕事だったんでね」

「仕事って、ラインバッハ二世のか?」

「口が裂けても言わないよ。それよりあんたら」

 今度はケイトが右肩にアカギを、左肩でミズキを抱き寄せてつぶやく。

「あんたら、まだ子作りをするつもりはないのかい?」

「ぶっ」

 ケイトの突然の問に、アカギは噴出し、ミズキは未だに呆然としている。

「早くあんたらが子供でも作ってくれないと、うちの里の血は途絶えてしまうんだがね」

「それ毎回言ってるけどさ、別に姉さんが結婚して子供つくってもいいんじゃないか?」

「私が? あんたと?」

「なんで俺限定なんだよ!? 他にもいい男ならいるだろう、うぶっ!」

 叫んでいる途中で、今度こそアカギが前につんのめる。心持ち赤い顔をしたミズキの肘が、正確にアカギの急所に突き刺さっていた。
 そして、倒れるパートナーを無視して、ミズキは困惑したような表情でケイトを見ている。

「相変わらず身持ちの固いことだ。まぁ分かったことだから、今日は土産を持ってきたやった」

 立ち上がるアカギが、あからさまに怪しげに言う。

「土産って……どうせとんでもないもんじゃないのか」

「もらう立場のクセに失礼だね」

 言って、ケイトはチープーから買った小さな箱の中から、これまた小さな袋を十ばかり取り出してアカギに持たせる。

「なに、これ」

「カナカン印の強精剤と催淫剤。つまり、男も女もエロエロになるっていう……」

「だぁ、もう帰りやがれ!」

 顔を真っ赤にしたアカギが大振りに拒絶したので、仕方なくケイトは側の木に飛び移った。

「持ってて損にはならないと思うけどね」

「だぁー! 余計なお世話だって言ってんの!」

「まぁ、仲良くやりな。私は、あんたらが生き延びてくれたらそれでいいんだから」

 言うと、その気配は消えていた。

「ちくしょう、変なもん持ってきやがって。どうしろってんだ、こんなもん」

 そういいながら、なかなか捨てようとしないアカギを、ミズキは不審極まりない目で見ていた。

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(初:16.09.30)