ケイトが行方不明のものだけでなく、マキシンが持っていた眷族紋章まで奪ってきたと聞いて、ラインバッハ二世の喜びようは大変なものだった。
実際のところ、マキシンの持つ紋章を手に入れるのが一番難しいと思っていたからだ。彼は当初の後金三〇〇万ポッチの三倍額、九〇〇万ポッチを用意し、景気良くケイトに手渡した。
「じゃあ、今度こそ私との契約は終わりだね」
「そうだな、もう君は自由にしてくれて構わない」
「そうだね、一生遊んで暮らせるだけの金はもらったしね」
「どこかで引退でもするのかね?」
「まさか。しばらくは休むだけさ」
もちろん忍びの言葉なので、ラインバッハ二世は真に受けない。
人を騙して仕事をするような連中である。彼が信ずるべきは、やはり契約書とサインだけであった。
ケイトが去るのを待てない様子で見送ると、彼は早速、巨漢の部下二名を引きつれ、階下の洞窟の部屋に向かう。
階段を降り、洞窟を抜け、いつものように鎖を外させてから自分で札を外してから、巨大な鉄の扉を開けさせる。
いつものように、静かな部屋だった。青い光を発する泉の発色が、やや強くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
ラインバッハ二世は、左からリタ、リキエ、フレアと吊るされた姫のうち、リタの前に立つ。
「よし、今日は君から埋め込んでやろう。一人に二つずつで充分だろう」
言って、紋章球をその腹に当てた――――。
そのままケイトはクレイのオフィスを訪れた。
「その様子だと、【仕事】のほうはうまくいかれたようですな」
相変わらず書類整理をしながらクレイが言う。やはり、表情に出ていたのだろうか。
「まあね、少なくともラインバッハ二世はえらい景気が良かったよ」
「ほう、珍しい、財布の固い彼が景気がよいということは、よほど良いお仕事をされたのですな」
「どうもそうらしい。そこでだ、クレイ」
「なんです?」
「この銃の弾丸を、五十発ほど欲しい。入手するのに、どれくらいかかる?」
「そうですな、三週間は見ていていただかないと」
「三週間か……」
しばらく考えて、ケイトは服の内ポケットから金塊を一つ取り出した。
「金の力で……って訳じゃないが、ここに約七〇〇万ポッチある。これで、二週間で頼む」
「ほう……」
さすがに物珍しそうに金塊を見ながら、クレイは答えた。
「わかりました、なんとか二週間で入手して見せましょう」
ラインバッハ二世ではないが、契約成立、というところだろう。
クレイにしても、財産が増えるに越したことはない……
上半身も下半身も血みどろに染めた女は、よたよたと木々に体重を預けながら、ようやく動いていた。
普通なら即死でもおかしくない傷を、最後の意識が途切れる瞬間にかけた「癒しの傷」が間に合い、なんとか意識を取り戻したのである。
だが、出血による意識の混濁はひどい。
「まったく、私のことを舐めやがって……」
それでも、執念で女は生き残った。この後、生き延びることができるかは分からないが。
「どいつも……こいつも……皆殺しだ……!」
この強烈な殺意は、この先、誰かを幸福にすることができるのか。それはまだ本人にもわからない。
(初:16.09.28)