クォ・ヴァディス 111

19-1

 良く晴れた七月十日、無人島に、ついにキカ一家が到着した。
 キカは明るいブラウンの髪を長く伸ばした長身の女性海賊で、マクスウェルと同じく双剣を腰に佩いており、彼と並ぶ達人として称される存在である。
 元来、喜怒哀楽をあまり表すほうではないが、無人島に立ち並ぶ愛らしい猫型の建物を見てから苦笑したらしく、微妙な笑顔で右手を包帯で吊ったままのマクスウェルと握手を交わした。

「よくきてくれました、キカさん」

「随分しゃれたところに住んでいるな、マクスウェル。その右手はどうした」

「敵……の奇襲にやられました」

 ジュエルを「敵」と呼ぶことに抵抗があるのか、マクスウェルは微妙な表情をした。
 だがすぐに表情を切り替え、キカの前にハーヴェイを呼ぶ。

「ご苦労だったな、ハーヴェイ」

「いえ、なかなか作戦に苦労しているようですよ。
 エックス商会の船を拿捕している以外は戦らしい戦は起きていません」

「そうか」

 そんなキカの背後には、常に部下のダリオと、息子のナレオが控えている。
 小柄で筋肉質なダリオは無学を絵に描いたような男で、戦闘では斧を使って相手を叩き潰すことを好む、野生的な男である。
 息子のナレオというと、ダリオよりももう少し常識家だった。言葉遣いも丁寧で、常識的な挨拶もできる。
 ただ、このうえなく父親を尊敬しており、戦闘スタイルは父親にそっくりである。シグルドやハーヴェイに言わせれば、もう少し違う人物を尊敬すればよかったのに、ということになる。

 キカはマクスウェルに挨拶をした後、リノ・エン・クルデスにも顔を合わせた。
 この二人は悪質な低級海賊の討伐に関して共同作戦をはったりして同盟関係にあり、お互いに敬意を持って接している。
 ただ、今回はキカを呼んだのはマクスウェルであり、リノ・エン・クルデスではないので、長話はせず、軽い挨拶に留めた。
 クールークのオルネラに対しては、一瞥をくれただけであった。過去、海賊島を急襲されて紋章砲を奪われるなど、キカにとってクールークを信用する理由はなかったのである。

 マクスウェルは、キカを客室に案内した。もちろん、猫型の愛らしい円形の建物である。
 キカは口をへの字に曲げて、胡乱な表情をした。

「……ここに住むのか」

 その背後では、ハーヴェイが笑いを必死に噛み殺していた。

 なんとかキカは自分を納得させたらしく、その建物に自分の私物をいくつか運び込んだ。
 やはり書物が多い。キカがそのへんの海賊と大きく異なるのは、不必要な荒々しさがない、ということだった。
 たとえばダリオやジャンゴなど、海賊らしい海賊とは一線を画している。
 どこか理知的な雰囲気を持ち、不必要な強奪行為は決して行わない。もちろん、戦いを挑まれると敵を徹底的に叩き潰す強さを持っているが、正義を旗印に戦う海賊ということで、他の海賊から一目おかれていた。

「ひさしぶりにおまえと剣を合わせてみたかったが、怪我をして居るなら仕方がないか」

 同じ双剣使いとして、キカはマクスウェルに一目置いていたから、手を合わせるのを楽しみにしていたようだが、残念そうに言った。

「すいません、敵に虚をつかれました。少なくとも、この戦いが終わるまでは戦うなといわれています」

「怪我の具合はどうなのだ」

「右の鎖骨を剣でばっさり抉られました。左利きなので、日常生活には支障は少ないですが、やはり不便ですね」

「では、この戦いでは指揮に徹するのだな?」

「オベル島には罰の紋章が効きませんからね。使う気もありませんから、戦闘で俺の出番はないと思います」

「まぁ、たまにはいいだろう。艦橋に腰をすえて偉そうに指示を出していろ。ただし」

 キカは急に真剣な顔をして、マクスウェルを見た。

「多くの命を無駄にするような作戦だけはたてるな。
 おまえが英雄たる由縁は、命のなんたるかをしっていることによるのだからな」

「……わかりました」

 マクスウェルは、素直にキカに頭を下げた。
 考えてみれば、マクスウェルが戦闘の指揮に徹するのは初めてのことである。
 エルイール要塞を攻略するときも自ら乗り込んだし、この無人島を攻略するときも、自ら敵に船に浸入した。
 こうすることで、自分の納得できる戦闘ができたのだ。
 ただし、どうやら今回は異なることになりそうだ。オベル島に攻め込む仲間たちを、背後から見守る役目になりそうだった。
 ミツバからは「しゃしゃり出るな」と注意されたが、果たしてしゃしゃり出ずに我慢できるかどうか、マクスウェルには自信がない。
 もっとも、裏を返せば島を攻撃する仲間たちに全幅の信頼を寄せるということだ。
 オベル島でゲリラ活動を続けていたトリスタンが、全滅の憂き目にあったことから、不安がないわけではない。
 さらに言えば、オベル島にはマキシンがいる。次から次へと強力な魔術を手足の如く使う魔術師がいるのだ。特に今回は、ドラゴンスケルトンという強力なモンスターを従えている。
 どこまで被害を出さずに戦えるか、マクスウェルには、絶対の自信があるわけではなかった。

19-2

 キカが到着して早速、首脳部全員による作戦会議が行われた。
 アグネスとターニャは、エックス商会の船を拿捕して敵を引き釣り出す案を却下されて、最初は腹を立てたが、すぐに考え方を変えた。
 せっかく拿捕した船があるのだから、これを上手く利用しようと考えたのだ。
 具体的にはこうだ。拿捕した商会の船を先頭に押し出し、その後から艦隊を動かして、敵が拿捕した船を攻撃できない間に、こちらが港の敵艦隊を砲撃する。
 まるで人質を悪用するようで、リノ・エン・クルデスにとっては味気のよい作戦ではなかったが、使えるものはすべて使うべきだった。その辺の割り切り方を知らない彼ではない。
 そして、連合艦隊は敵艦隊を砲撃しつつ、港から上陸して王宮を目指す。オベリア・インティファーダとキカ一家は、オベル島を囲むように艦隊を配置し、港での戦闘が始めると同時に密かに島に浸入する。そして、オベル王宮に攻め込み人質を解放し、あわよくばラインバッハ二世とグレアム・クレイを殺害する。

 マクスウェルが、左手を握り締めた。ジュエルの仇をとり、フレア王女を救出する。もっとも重要な役割が自分に課せられたのだ。自分が戦闘に参加できないことがもどかしくて仕方がない。
 それぞれの責任者は、オベル港攻撃部隊がリノ・エン・クルデス、上陸部隊がマクスウェルに決まった。キカ一家は、殆どが上陸に参加する。ハーヴェイやダリオなどは、てぐすねを引いて決行日を待つ有様だった。

「しかし」

 と、オルネラが疑問を呈した。

「我々は敵艦隊とオベル島の港を攻撃することになっているが、オベル港を破壊してしまっていいのか?」

「かまわん」

 と、答えたのはリノだ。

「島の大きさに比較すれば小さな港だが、逆に言えば、敵が逃げ出すルートを限定できるということだ。
 そこさえ狙えば、確実に敵を撃破できる」

「なるほど」

 納得するオルネラの横で、ミレイが複雑すぎる思いを隠しきれずにいた。
 ミレイは今回、オセアニセスの艦長として、敵艦隊砲撃に徹することになっている。
 ミレイが気になっているのはマクスウェルのことだった。
 命の恩人であるジュエルを失い、マクスウェルに愛情を直接表現したフレアを失い、満身創痍の身体で、作戦に参加するのだ。
 この作戦に参加する誰よりも苦しいのは彼のはずだった。
 ことに最近、マクスウェルの暗い表情が増えたことに、ミレイは気づいている。
 ミレイは、先の第二次オベル沖海戦を思い起こさずにはいられない。
 罰の紋章にのっとられたとはいえ、マクスウェルが紋章の力でオベル島を攻撃したときのことだ。
 今のマクスウェルの様子を考えると、あのときよりも数段、状況は悪い。
 右腕は使えず、得意の双剣での戦闘は無理だ。とすると、マクスウェルに残された武器は「罰の紋章」しかない。
 オベル島に対して罰の紋章が効果を発揮しないことは、先の海戦で実践済みだ。しかし、島自体に効果はなくても、例えばそこに住む住人たちには重大な被害が出るだろう。
 なんらかの原因でマクスウェルが直接戦う事になれば。罰の紋章を、敵兵や住民・人質たちに向けて放つようなことになるかもしれない。罰の紋章の破壊力を考えれば、敵も味方も人質も住人も、全く関係なく破壊してしまうに違いない。
 それこそ、マクスウェルが悪魔になる瞬間にほかならない。
 ミレイは、唇をかんで下を向き、拳をぐっと握り締めた。せめて自分がマクスウェルの側にいることができれば、状況は変わるかもしれないのに……。

19-3

 その晩、マクスウェルの部屋をポーラが訪ねていた。
 マクスウェルは無理をしないため、右腕を吊ったまま横になっていたが、来客の前で横になるのも失礼と考え、椅子に座りなおした。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 二人にしては珍しく、会話が進まない。
 しばらく沈黙が続いた後、ポーラがやっと口を開いた。
 その吐息からは、かなり強いアルコールのにおいがした。

「……マクスウェルは、ジュエルのことを愛していましたか?」

 ストレートな質問だった。そして、ポーラのもっとも知りたいことだった。
 マクスウェルはしばらく黙ってから、ようやく口を開いた。

「……そうだね、好きだったんだと思う。
 ジュエルに右肩を抉られたとき、憎しみよりも先に、どうすればジュエルを救えるか考えた。
 ただ、それまで考えたことはなかった。信頼できる仲間だと思っていたから」

 淡々と答えるマクスウェルの表情を見逃すまいと、ポーラはアルコールの入った目で、じっと彼の顔を見ていた。

「じゃあ、フレアさんのことは?」

 意外な名前が出たことで、少しマクスウェルの顔が赤らんだ。あの晩、キスされたことを思い出したのだ。

「あー……」

 真剣なのかそうでないのか、よくわからない声が出た。
 マクスウェルはぽりぽりと顔をかくと、ポーラから視線をはずした。

「正直、よくわからない。俺にとっては友達だったんだけど、あのキスには驚いた。
 ただ、俺のことを好きでいてくれたのは嬉しかったし、その気持ちに気づいてあげられなかったのは悪いと思ってる」

 やや苦笑するように、ポーラを見た、その瞬間だった。
 ポーラが、勢いよくマクスウェルに抱きつくと、その勢いのまま唇を重ね、マクスウェルをベッドに押し倒したのである。

「…………………!!!!」

 ポーラの舌が、マクスウェルの舌を丁寧に舐め執るように淫らにからみあった。
 ポーラに抱きつかれたまま、マクスウェルはじたばたとあばれるが、この場合はマウントをとったほうの勝ちである。マクスウェルは無駄な体力を使うばかりだった。
 そして、五分ばかり唇を重ねたまま時間だけが過ぎ、やっとポーラがマクスウェルを放して起き上がった。

「フレアさんの気持ちに気づいてあげられなかったのが悪いと思っているのなら、私の気持ちに気づかなかったことも悪いと思ってください」

 まるで何事もなかったかのように、ポーラはマクスウェルの部屋を後にした。
 マクスウェルは、顔を真っ赤に染めたまま、しばらくベッドの上で銅像とかしていた。

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(初:16.09.24)