クォ・ヴァディス 59

10-4

 現在、無人島に本拠を置くマクスウェルの組織「オベリア・インティファーダ」にポーラとともに身を寄せているはずのリシリアというエルフの少女が、この日にナ・ナル島に「帰省」していたのは、まったくの偶然だった。
 マクスウェルは、自らの集団の組織化・強化に腐心しながらも、自分に味方してくれている者たちの心のケアには細心の注意を払っていた。
 先の事件で重傷をおったビッキーの健康問題には特に気を使っていたが、似たような理由で、たとえばナ・ナル島、ネイ島、イルヤ島など、故郷が比較的近い者は、願い出れば短期間だが「帰郷」を許していたのだ。
 マクスウェルはどちらかといえば現実主義者であって、いま自分に協力してくれている者たちが、このまま永遠に自分ついてきてくれる、などという幻想は抱いていない。
 人間は最も原始的な部分で、故郷を求めるものだ。特に、これまで誰も住み着いたことのないこの島で、これまで生活をともにしたことがない人間たちが、この先どうなるか分からない戦争という状態の中で、どれだけ精神の安定を保ち続けることができるだろうか。
 いくらマクスウェルが圧倒的な破壊力の紋章を持ち、力ある言葉で彼らを諭し、時間をかけて訓練をともにして、彼らがマクスウェルを信頼し、マクスウェルに同調してくれても、やはり精神的な疲労を感じることもあるのだった。
 そういった精神の安定を保つことができる、もっとも信頼できる場所といえばやはり故郷であり、また家族の言葉であったろう。
 マクスウェルはそうして帰郷を求める者の希望には(もちろん期限を区切って)最大限に応じたし、故郷の遠い者たちには手紙のやり取りも許した。
 この手法は諸刃の剣でもあり、当然、一度出て行ったきり帰って来ない者が続出する可能性も少なからずある。
 しかし、これはターニャたち後の歴史家が驚く事実ではあったが、帰郷したマクスウェルの仲間たちの中で、そのまま帰ってこない者は皆無であった。むしろ、故郷でさらに仲間を募ってくる者さえいた。
 これを、マクスウェルのカリスマととるのか、ラインバッハ二世への反感ととるのか、歴史家たちの間でも意見が見事に分かれている。

 リシリアはこの日、神木の自室にこもって書類とにらめっこをしているセルマを訪ねた。
 本当はポーラと一緒に帰ってきたかったのだが、ポーラはいま、マクスウェルを見守ることを第一にしており、無人島から、というよりもマクスウェルの側から離れようとしない。
 そのため、やむなく同じくナ・ナル出身の何名かとともに、ビッキーのテレポートで「帰郷」をしたのだった。

 セルマは機嫌が悪い。本来はアクセルと同じく、大剣を振り回して身体を動かすのを好む行動派である。
 それが、エルフの族長という立場であるがゆえに、軽々しく動けずにいるのだ。
 それでも、リシリアの顔を見ると、さすがに表情を崩した。リシリアとポーラ、ついでにマクスウェルの現状を、表情を器用に入れ替えながら聞いている。
 セルマはナ・ナルの現状をリシリアには詳しくは話さなかった。話したところで楽しい話題ではなかったし、その結果、量産されるものはため息だけだと知っていたからだ。
 ただ、詳細を手紙に記し、マクスウェルに渡すように言った。

「死ぬほど時間が余っていて、そうしなければ死ぬような理由があるなら、アクセルにも会っていけ。邪険にはされないだろう」

 と、セルマは言った。
 セルマが人間側の族長を名前で呼んだのを、リシリアは初めて聞いた気がする。
 言い方は酷いが、ナ・ナルも変わりつつあるのだ。幼いリシリアにも、それが分かりはじめていた。

 しかし、世には変わらぬものもあるのだと、リシリアは思い知らされる。
 それは、「悪い心の持ち主」の存在だ。
 先の事件でナ・ナルから駆逐されたはずの彼らを、リシリアは目撃してしまった。
 杖の柄で女の胸倉を突き、連れ去ろうとする者が、悪者でないはずがない。少なくとも、リシリアの価値観ではそうなっている。
 しかも、連れ去られようとしている女性に、リシリアは見覚えがあった。先の事件のとき、人質として神木の檻に長期間閉じ込められ、アカギたちに助けられたあと、人間もエルフも関係なく治療に当たってくれた女性だった。
 ポーラとも面識があったようで、自分にも優しい言葉をかけてくれた。「嫌じゃない」ほうの人間だった。
 幼くても幼いなりに、リシリアには正義感がある。恩人の危機をむざむざ見過ごすのを、リシリアの正義感は拒絶した。
 こうして幼いエルフは、その「悪者たち」との対決を決意した。

10-5

 これほどナ・ナルの大地が強風にさらされることは、厳しい自然現象を考慮に入れても、数年に一度もないはずである。
 リシリアはその右手に宿した「旋風の紋章」を、最初から全開にした。悪者を相手に手加減するなどの思考は、リシリアの中には一ミリグラムも存在しない。
 右から左に、左から右に。リシリアの起こす風は、縦横無尽に大地を疾り、草を跳ね飛ばし、木々をなぎ倒す。

「旋風の紋章」は、紋章の中でももっともポピュラーな系統である「五行の紋章」のひとつだ。
 これらは土、水、火、風、雷の五種類で形成され、それぞれの名に通じる自然現象を魔力を使って呼び起こすことができ、比較的魔力が低いものでも身体に宿すことができる。
 他の紋章にはないこの系統の特徴として、それぞれに上位紋章が二種類存在することがあげられる。風の系統でいえば、最上位には「罰の紋章」と同じく二十七の真の紋章の一つである「真の風の紋章」があり、その下にリシリアの持つ「旋風の紋章」、そして一番下が「風の紋章」である。
 真の紋章と比べることはできないが、「旋風の紋章」も、下位の「風の紋章」とは比べ物にならぬ強力な魔法効果を持つ。むろんその効果は、それを持つ者の魔力と知識に拠るところも大きい。

(おかしい、手ごたえがない!?)

 リシリアにはすぐに異変に気づいた。いくら自分が風を起こしても、手応えが全くないのだ。
 その理由がわかったのは、マキシンと呼ばれた「敵」の右手に、自分と同じ色の光を見てからだ。
 マキシンは、リシリアが敵を切り裂こうと起こす風の刃を、すべて自分の目前で無力化していた。
 強風に対して強風をぶつけるのではなく、自分の周囲に同じ方向に渦巻く風を起こして、気流を上空に「流して」いたのである。台風の目の中心にいるようなものだ。
 結果として、リシリアの風で荒れるのは大地だけであって、肝心のマキシンにはまったく届いていなかった。
 これは旋風の紋章の下位紋章である風の紋章でできることではない。
 リシリアは風を起こしながら確信する。

 ―――相手も持っているのだ。自分と同じものを。

 それに気づいて、いったんリシリアは風を弱めた。
 風の系統の紋章は、上位になれば敵を切り裂く風と、自らを癒す風を同時に起こすことができる。また、今のマキシンのように、防御に使うこともできる。
 たしかに、使い手の性格や体質的な向き不向きはある。リシリアは性格のためか、攻撃のために風を起こせば威力は高かったが、癒しのための風は効果が低い。
 果たして目前の「敵」が、どのような適性を持ち、どのように風を使ってくるのか、見極めながら戦わなければならない。
 紋章使い同士の戦いは、剣術の戦いとはまた異なるものを求められる。
 紋章の相性と適性、そして戦術、様々な要素を瞬時に判断しながら戦わなければならなかった。
 今回は敵も「風」を使うようだ。この場合、相性の優劣はない。もっともものをいうのは魔力と経験の差である。
 これがリシリアに有利になるのか不利になるのか、まだわからない。

 マキシンの表情からは笑みが消えない。これが、リシリアに不気味な印象を与えた。
 戦おうとしているリシリアに対し、敵は戦おうとしているのではないようだった。

「ほう、その年齢としにしては、なかなか良い風を起こすじゃないか、お嬢ちゃん。
 伊達に大人を悪者呼ばわりするだけはある。だが……」

 マキシンの右手の光が増した。
 同じ「風使い」であるリシリアには分かった。
 この敵が次に何をするかも、そしてこの敵が強大であることも。
 マキシンが右手を眼前にかざし、はっきりとその紋章をリシリアの目にさらした。その口の端がつりあがり、逆に金色の目は冷徹な光に満たされた。

「大人風を吹かせるには、まだ早い!」

 一瞬、リシリアの視界が淡いグリーンに染まった。
 紋章魔法は、発動のさいにその象徴色を発する。風なら緑、土なら茶色、罰ならば紅と黒。
 その光の強さが、その術者の魔力の大きさと言ってもいい。
 視界が染まるほどの魔力の高さ。リシリアはそれだけを理解し、その代価として強烈な痛みを与えられた。
 なにがなんだか分からないうちに彼女の小さな身体は吹き飛ばされ、大木の幹に打ち付けられていた。

「運がよかったねえ、お嬢ちゃん。その木がなければ、そのまま海に飛ばされてたところだよ」

 あざ笑うようなマキシンの声に、リシリアの表情は強い危機感に、身体は強い痛みに支配されていた。
 骨が折れていないのが、身体的には幸運だった。

「運が良くても、痛いのは嫌だ」

 気丈にもリシリアは立ち上がる。強い痛みにふらつきながらも、なお戦意を失ってはいない。
 命の恩人を助けるのに、命を賭けなくてどうするのか。
 べつに、つとめて大人から教わったわけではない。マクスウェルやポーラの傍にあって、敵意のある相手から人を助けるということが、大なり小なりなにかを引き換えにしなければ達成できないことだということを、幼いなりに理解していたのだ。
 痛いくらいですめば御の字だ。問題は、次の行動だった。

「いいねえ、芯の強い人間は大好きだよ。実力が伴えば言うことなしさ」

 自分がそこまで評価される理由は分からないが、マキシンが先ほどと同じく、自分の顔前に紋章を構えたのは分かった。
 このとき、リシリアは行動を決めていた。

「だが私は、その強い芯をへし折ることが、もっと好きなのさ!」

 再びリシリアの視界がグリーンに染まる。もはや「強い」などという言葉では表現できないほどの風だ。
 真空を撒き散らすほどの風の渦。塵旋風。しかも、先ほどよりもギアを上げてきている。
 だが、リシリアは動転しない。予想できた行動だった。だから、対策もできた。
 しかもその対策を教えてくれたのは敵だった。

「む?」

 マキシンが、少し目元をしかめる。自分の起こした塵旋風が、リシリアのいるはずのところでその進行を止めている。
 その勢いを弱めぬままに、リシリアを包んだまま止まっていた。

「味なことを……」

 マキシンは感心したのか驚いたのか、どちらともとれるような声を吐いた。
 目の前の少女は、さきほどの自分と同じことをしてみせたのだ。
 風に対して風で立ち向かうのではなく、同じ方向に流れる風を起こして上空に流してみせた。
 なかなかどうして、機転がきくではないか。
 マキシンは、ふと後ろを振り返る。気絶したままのリキエを木陰に隠して、ロジェが狼狽していた。どうしていいのかわからない風にマキシンを見ている。
 持つべきは、理解力のない味方よりも、理解力のある敵だった。
 マキシンは軽べつの感情を隠すことなくロジェを睥睨し、視線をリシリアに戻した。
 どうにか自分の塵旋風を受け流した少女は、激しく消耗しつつも、まだ戦意を保ったまま立っていた。

 たしかに、年齢のわりには高い魔力を持っているようだし、とっさに敵の戦法を応用してみせる機転も大したものだ。
 だが、旋風の紋章を使いこなせるほどの経験は持っていないと、マキシンは見た。

「まだ続けるかい? もうどっちの魔力が強いかは理解出来たろう?
 風の撃ちあいもいいが、このままだとお嬢ちゃんのほうが先に力尽きてしまうと思うけどね」

「かまわない!」

「!」

 それは、一瞬なりともマキシンをたじろがせるほど強い意思のこめられた言葉だった。
 傷ついた少女の言葉とは思えぬほど、曲げられぬ意思がこめられていた。

「かまわない。命の恩人を棄てて逃げるくらいなら、自分が力尽きた後で逃げられたほうがましだ。
 ポーラは、友達のために耳を失った。命を失ってもおかしくなかったのに、ポーラは最後まで逃げなかった」

 弱々しく傷ついた身体に似合わぬほど強い意思を、言葉だけではなく、視線にもこめて、リシリアはマキシンを貫く。

「ポーラは私の誇りだ。逃げたくない。負けたくない。諦めたくない! 私もポーラの誇りになりたい!」

「………………」

 マキシンの表情から笑みが消えた。気おされたわけではない。圧倒されたわけではない。
 ただ、別の何かがマキシンの中でうごめいている。

「だが、この今をどうするつもりだい? 力の差は見ての通りだ」

「力の差は、心の差じゃない! 私は、悪い心には負けない!」

 おそらくそれは、この幼いエルフの少女が生まれて初めて発した、魂の咆哮であったろう。
 力ある意思は、ときに力ある肉体を凌駕する。
 この少女がこれからその軌跡を起こせるか、それは分からない。
 だが、その可能性が一パーセントでも残されている限り、リシリアには敗北を越える権利が与えられるのだった。
 この目前の強敵が、それを許すだけの隙を見せてくれれば、ではあったが。

 マキシンの表情は、侮蔑とも好意的とも取れる、複雑なものだった。
 二十七歳になるこの女紋章使いは、先の群島解放戦争にも、マクスウェルのもとで参加している。
 もっとも、仲間になった経緯は変則的で、正確には「仲間」といえる間柄であったかどうか、本人たちも疑問を持っている。
 少なくとも、マキシンにとっては、マクスウェルは因縁がある相手であった。
 彼は偉大な人間ではあったが、だからといって完全な好意・敬意を向ける気にもならなかった。
 いまマキシンの眼の前で、すぐにでも倒れてしまいそうなか細い少女は、どことなくマクスウェルの印象に似ている。
 アクティブな性格は別にしても、いかにも人道を外さずに踏破してきた者が披露しそうな人道を、この少女は高らかに、マクスウェルは静かに歌い上げた。
 そして、その価値観と異なる自分を、「悪」と断じてみせた。

 マキシンの目元が、口元と同様に吊り上る。多少、侮蔑が敬意に勝った。

「違うな、お嬢ちゃん。心の差こそが、力の差なのさ。
 人を悪と断じ、それを利用して誰かの敬意を得ようなどという偽善者が、お前の言う「悪い心の持ち主」とどう違う?
 そんな悪か善かも判然としない者の力が、善悪を割り切る者の心の力に勝てると思うのかい」

「屁理屈だ! お前は言っているのは屁理屈だ。
 いくら私をけなしても、お前が悪であることに変わりはない!
 そんなすり替えこそ、弱い心、悪い心の証だ! 私が負ける道理にならない」

 どれだけ傷ついても、リシリアの心はぶれない。
 どこまでもまっすぐに悪を倒し、リキエをすくうことだけを考えている。
 そのための自力が不足していることは理解していた。理解させられた。
 だが、その心は、まだ折れていない。マキシンの表情が、再び愉悦に揺れた。

「勇ましいのは結構だ。だが、現実としてこの差は、どう埋める?
 勇ましい口先だけで埋められるほど、浅い溝ではないぞ」

 マキシンが、静かに立ったまま人差し指を少しだけ動かした。
 次の瞬間、ようやく立っているリシリアの顎が、下から突き抜けてきた何かに打ち付けられた。

「きゃあ!」

 もんどりうってリシリアが吹き飛ばされ、その身体が地面で二回転した。まるでアッパーカットを喰らったような衝撃が、顎を貫いたのだ。
 そしてダメージが残ったまま、ようやく起き上がろうとしたリシリアの視界を、今度は光が焼いた。
 視界の全てを強烈な白光が多い、視神経にまで強烈な痛みが走る。思わず悲鳴を上げて側頭部を押さえたリシリアは、また次の瞬間、今度は意外なところに違和感を覚えた。
 耳だ。両耳の一番奥で、一瞬、なにかが叩きつけられた。そして、それを理解したとき、リシリアは平衡感覚を失い、ついに立っていることができなくなった。
 ふらふらとしゃがみこみ、強烈なめまいに吐き気を覚えながら、頭を押さえてうずくまる。

「あ……がぁ……」

 何が起こったのかわからない。ただ、めまいが強すぎて、なんの行動も思考もできなかった。
 うつろに漂う視線を、どうにかマキシンに向けるが、その視線に乗せるべき敵意を、一瞬に奪われてしまった。

「レッスン・ワンだ、お嬢ちゃん。なにも切り裂いたり吹き飛ばすだけが風の使い道じゃない。
 わずかな風を上手く使えば、光の屈折率を変えて視界を奪い、相手の三半規管を揺さぶって平衡感覚を奪うことだってできるのさ。
 風使いを名乗るなら、これくらいの芸当はできてしかるべきだ」

 リシリアの表情には、すで一分前の気概は存在しなかった。
 三半規管の異常による強すぎるめまい、嘔吐感、これらは人間のまともな思考力、判断力を簡単に奪う。
 まともに立つことができなくなり、戦闘の続行どころの状況ではなかった。
 だが、笑みを浮かべたマキシンは、躊躇なく次の行動に出る。

「そしてレッスン・ツーだ。これで最後になるかもしれないが、聞ける余裕があれば聞いておけ」

 言って、今度は右手を空中で水平に斬る動作をした。
 もはやマキシンの動きなど気にかける余裕など、リシリアにはないが、自分に起こった異変にはすぐに気づいた。
 自分の周囲が、半円状の薄い膜で覆われた。そして、急激に息苦しさを感じた。
 リシリアの口からは、二酸化炭素がでるばかりで、肺に入らなければならない空気が入ってこない。
 水の中にいるような感覚だった。息ができない。出るばかりで入ってこない。
 それまで頭を押さえていた手で、今度はのどを押さえ、リシリアはのた打ち回った。
 平衡感覚も思考も失い、呼吸すらできない。できることは、なにかを求めるように、地べたを這いずるだけだった。
 そしてその様を、マキシンは引きつった笑みで見下ろしている。

「限定的に大気圧を変えてやるだけで、人間は呼吸ができなくなる。
 するとどうなるか? 普通の人間は、どんなに長く息を止められても、我慢できるのはせいぜい三分から五分だ。
 息ができない人間がどうなるのかは、言うまでもないだろうね」

 苦しみ、もがき、這いずり回り、のた打ち回るエルフの少女を一瞥して、マキシンは一片の情もこもらない言葉を吐き出した。

「紋章術士が人を殺すのはね、剣士が大層な剣を振り下ろすよりもはるかに簡単なのさ。
 ましてや悪意で操る紋章術は、際限なく相手を悲惨にできる。これに耐えてまだ生きていたら、身体で覚えるんだね」

 ふふ、と不遜な笑みをこぼして、マキシンは旋風の紋章のやどった右手を、わずかに光らせた。

「私はサディストではないから、このままくびり殺すのは忍びない。ならば……」

 誰が起こしたものでもない自然の風が、二人の間を吹き抜ける。
 だが、その風をリシリアが感じることはない。

「特別コースのレッスン・スリーだ、お嬢ちゃん。せめて首を斬りおとして楽にあげるよ。
 講義の質問があれば、あの世で考えるんだね」

 そして、真空を纏ったマキシンの右手が、もがき続けるリシリアの首元に添えられた。

COMMENT

(初:14.06.19)