ネイ島にネコボルトたちを送り届けにいったタルとビッキーが、面白い人物たちを連れて無人島に帰ってきたのは、その日の昼過ぎである。
その「人物たち」は、実に興味深い組み合わせの男女だった。
一人はマクスウェルよりも少し小柄な女性で、短めの濃いブラウンの髪と、屈託のない無邪気な表情が実に元気で印象深い。
一人は男性だが、厚い胸板に派手に巻かれた包帯と、見事に髪を剃りあげた禿頭、仁王のように鋭い目つきと引き締まった顎が、こちらも強烈な印象を与える。
女性のほうをミツバ、男性のほうをラインホルトという。
他の仲間と同じように、かつて群島解放戦争、クールーク事件と、マクスウェルと共に戦い抜いた「戦友」であり、タルやビッキー、アグネスたちとも知己であった。
特に群島解放戦争のときは、解放軍を立ち上げたばかりのマクスウェルに真っ先に力を貸した、解放軍最古参のメンバーである。
この二人が、他の仲間と少し毛色が違うのは、マクスウェルの仲間になったその経緯であろう。
三十九歳のラインホルトが十七歳のミツバにこき使われているこの迷コンビは、イカサマの賭け試合で荒金を巻き上げている、いわば「詐欺師」である。
ラインホルトが被害者を装って金を持っていそうな冒険者を引っ掛け、悪役のミツバの前に連れて行き、ミツバがその相手を金を賭けて戦う。
古典的といえば古典的な「決闘詐欺」であるが、この華奢でせこい「女性詐欺師」が、また恐ろしく強い。
自分の身長ほどもある剣を、豪快に振り回す。
群島解放戦争のとき、解放軍には、マクスウェル自身を含め、海賊キカ、ナ・ナルのアクセル、流撃剣のジェレミー、イルヤのイザクと、綺羅星の如き剣豪たちがその旗の下に集った。
ところが、この剣豪達の中において最強を謳われたのは、実に彼等ではなく、この無邪気な少女であったと、誰が信じるであろう。
キカやイザクは結局、ミツバとは手を合わせなかったが、豪腕をもってなるアクセルや、華麗な技術を賞賛されたジェレミーは、ミツバに派手に敗れたクチである。
ジェレミーなどはもっともミツバと因縁が深く、群島解放戦争以前から戦後にオベル王国で剣術師範の役に就くまで、ミツバを追い回していた。
自身も変則的な戦法を得意としているマクスウェルは、ミツバに勝利した数少ない一人であるが、その彼をして、
「あんな剣術、見たことない。二度と戦いたくない」
と、自分の剣術を棚に上げて、この無邪気な剣豪を恐れた。
ミツバの派手さに比べれば、ラインホルトは目立たない地味な存在だが、実は彼も槍を握らせれば無双の使い手である。
解放戦争中は、旗艦オセアニセス号で武術訓練所を開き、解放軍のメンバーに稽古をつけていたほどの腕を持っている。
要するに、決闘詐欺などしなくても、その武器の腕だけで充分に食える二人組みなのだが、どうしてラインホルトがミツバにこき使われているのか、どうして詐欺などしているのか、とかく謎の多いコンビであった。
だがそのミツバは、破った剣豪たちの威厳やプライド、周囲の他人の興味などどこ吹く風である。
今日もタルに案内され、ラインホルトを引き連れて、あっけらかんとマクスウェルたちの前に現れた。
「やあやあ、出迎えご苦労! マクスウェル様、久しぶりだねー。
なにやってるんだか知らないけど、相変わらず難しそうな顔しちゃってまあ」
笑いながら、マクスウェルの肩を豪快に叩きまくる。
マクスウェルは、このミツバという女性が妙に苦手である。
特別に嫌い、というわけではないのだが、無意識に理詰めでものを考えるクセのあるマクスウェルにとって、何もかも本能で行動するミツバには、どう対応していいか分からない。
このときもそうだが、心に壁を作って隠し事をしても、その中身を本能で察知して、どんどん掘り起こしてくる。
そういった無邪気さ、あるいはデリカシーの無さは、それまで彼の周囲にはいないタイプの人間だっただけに、理解不能の度合いが強いのかもしれない。
マクスウェルはため息を一つついた。
「ミツバ、俺はそんなに難しい顔をしているかい」
「うん」
ミツバは素直である。
「せっかくもてそうな顔してるのに、あんまり眉間にしわをよせてると、三倍くらい恐く見えるよ。
久しぶりに寄ってみれば群島もなんか騒がしいみたいだし、どうせ君が一枚噛んでるんでしょ?」
一枚噛んでいるもなにも、マクスウェルは事件の中心人物の一人である。
マクスウェルは苦笑するしかないが、思い立って話題を変えた。
「そういえば、どうしてミツバがタルたちと一緒にいるんだ?
タルが一騎討ちでミツバに勝ったとか?」
ミツバとタルを順に見ながら尋ねる。
ミツバは決闘詐欺などしているわりには正直で律儀なところがあり、群島解放戦争のときも、
「私が勝ったら一〇〇〇ポッチちょうだい。
そのかわり、私に勝ったらなんでも言うこと聞いてあげる」
という、自分で勝手に設定した条件をちゃんと守って、自分に勝ったマクスウェルに、律儀に開戦から終戦にいたるまで協力していたのである。
そういう彼女だから、もしかしたら誰かに敗れてついてきたのか、とマクスウェルは思ったのだ。
ネイ島に向かったメンバーの中でミツバに勝てる可能性があるのは、タル一人だろう。
ビッキーの護衛につけた海兵では、ミツバの相手にはならない。
紋章(魔法)使いのビッキーは論外である。
ミツバもどちらかといえば華奢な体格だが、ビッキーとは搭載されている筋肉の質が違う。
ミツバの一撃を喰らえば、ビッキーの細腕など木っ端微塵であろう。
ミツバは頬を膨らませてタルをにらみつけると、腕をぶんぶん振り回した。
「そうだ! マクスウェル様、この男なんとかしてよ!
こいつ、よりによって、あたし一人に大人数でかかってきたのよ?
いくらあたしでも、あんな状態で勝てるわけないよ」
「大人数で、とは人聞きが悪いな。ちゃんとした一騎打ちだったじゃないか」
タルが抗議すると、ミツバは子供のようにつっかかる。
「あーゆーのは、一騎打ちとはいわないもん!」
タルの話を聞いて、マクスウェルにも詳しい状況がわかってきた。
ネイ島での所用を終え、人間側の街(ネイ島には人間の街とネコボルトの集落が離れた場所にある)を歩いていたタルとビッキー一行は、誰かを探しているような不審な動きをしている男性を発見した。
ラインホルトである。彼はミツバの前に連れて行く「カモ」を探していたのだが、逆にタルに発見されたことが、彼の運の尽きだった。
当然、タルはミツバとラインホルトのことを知っており、二人が一騎当千の腕の持ち主であることも知っている。
ここはぜひともマクスウェル一派の仲間に引き込みたいが、並みの腕の者では二人には適わない。
そこでタルは一計を案じた。
ラインホルトを捕まえ、ミツバの元まで案内させると、まずタルがミツバと戦ってわざと敗れた。
だが、これは作戦だった。
タルと、彼に同行していた海兵たち五人が、次から次へとミツバに一騎打ちをけしかけ、ミツバが疲れ果てるまでそれを繰り返したのである。
六人×三周、連続で十七戦もやらされれば、さすがのミツバもオーバーヒートしてしまった。
ミツバは作戦負けを認めたが、卑怯とも言える相手にちゃんと義理を立ててついてくるあたりが、ミツバの律儀なところだった。
「悪い悪い。あんたの強さを知ってたから、どうしても仲間になってもらいたくてな。
だが、あの戦いで、またあんたの強さが身にしみてわかったぜ。
どうかマクスウェルの元で、頼りない俺達を指導してやってくれ」
ぬけぬけと言うタルである。
なおも突っかかろうとしたミツバは、タルの顔を見上げると、腕を組んで考え込んだ。
「うーん、あたしの恐ろしさがわかってるんならいいんだけどぉ」
ミツバ陥落、タルの大人勝ち。
「ミツバさんは将来、悪い男に騙されなければいいんですが……」
マクスウェルのそばで、ラインホルトが呟いた。
マクスウェルが半ば本気で同意しながら、ミツバの剣が昔と違うことに気付いた。
ミツバといえば、その圧倒的に巨大な剣がトレードマークになっていたのだが、いまミツバが背にしている剣は、以前のものより一回り小さい。
確かに、ミツバの身長で扱うにはまだ大き目のロングソードだが、それでもミツバの独特の迫力には似合わない気がした。
その剣は柄も鞘も純白だが、柄の中央にある、老人の顔のようなレリーフが、不気味な迫力を出している。
「ミツバ、剣を変えたんだな。心境の変化でもあったのかい」
マクスウェルが何の気なしに尋ねると、ミツバは少し微笑んだだけで、
「えへへ、内緒」
とだけ答え、話題を転じた。
「ところで付いてきたのはいいんだけどさ、あたしたち、何が起こってるのか全然知らないんだよね。
君たち、こんなとこでなにやってるの?」
事情をまるで知らないまま、義理を立てて死地に足を踏み入れる。のん気な話だが、いかにもミツバらしい。
マクスウェルが一からおおまかに説明する。
ラインホルトは生真面目に、ミツバは興味深く聞いていたが、オベル王国失陥という事実には、さすがに驚きを隠せないでいる。
もっとも、その驚きの理由は、ミツバとラインホルトでは異なっていたが。
「ふーん、あの王様の国が負けちゃったんだ。
ところで、オベルって言えばさ、あの弱っちい「色男」はどうしたの?」
ジェレミーのことである。
「弱いくせに剣術師範なんてやってるって聞いてたから、なんだかなーって思ってたんだよね。
負けちゃったってことは、あいつもラズリルにいるの? からかいに行ってやろうかな」
「………………………………」
マクスウェルが、言いにくそうに沈黙した。
彼だけでなく、ここにいる者の中には、ミツバとジェレミーの因縁を知っている者も多い。
「あのな……」
見かねてタルが言いかけたが、それをマクスウェルが視線で制した。
自分が言わなければならない、と思ったのだろう。
「ミドルポートがオベルを攻撃した際に、ジェレミーは最前線で戦い続けたそうだ。
その戦いが終わってから、彼はオベルを脱出したまま……行方不明になっている」
生死不明、とは、マクスウェルは言わなかった。
彼自身、ジェレミーの死の可能性を考えないようにしている。
あの剛毅なのか繊細なのか分からない、気の良い剣豪がこの世から失われるなど、あってはならないことであった。
「ふーん……」
ミツバは、急にそれまでの軽口を閉じてしまった。
なぜか微妙に怒ったような表情で、口をひん曲げて沈黙している。
しばらく何かを考えていたようだが、
「まったく、弱っちいくせにカッコなんかつけるから……」
と小声で呟いて、マクスウェルを見上げた。
「いいよ、マクスウェル様。あたしも一緒に戦ってあげる。
まるっきり縁がないわけじゃないし、あの色男のカタキくらいはうってあげなきゃね」
勝手に殺すな、と言いかけたマクスウェルが、ミツバの表情に言葉をさえぎられた。
彼が見たことも無いミツバが、そこにいた。
言葉を呑み込んだマクスウェルを無視して、ミツバは勝手にそのあたりにいた兵士をつかまえて歩き出した。
「このか弱い女の子に野宿させるつもり!?
ほら、とっととあたしの寝床に案内しなさい!
ラインホルトさんも、ぐずぐずせずにさっさと来る!」
「あ、はい」
呼ばれたラインホルトは、びくりと身体を痙攣させると、マクスウェルに一礼した。
「マクスウェル様、またしばらくお世話になります。
ではまた後ほど……」
嵐のように去ってしまったミツバとラインホルトを見送って、マクスウェルたちはしばらく無言だった。
たいていは、彼等の行動に呆然としていたが、マクスウェルとポーラ、そしてタルの三人だけが、別の理由で沈黙した。
口では「敵討ち」などと言っていたが、ミツバはジェレミーが死亡したなどと、これっぽちも信じていない顔をしていた。
どこかでしぶとく生きているに違いない。ジェレミーには、それを期待して良いだけの器量と幸運があると、ミツバもマクスウェルも信じている。
そして、それは彼等にも重なることだった。
いまだに行方の知れないジュエル。彼女は、どこかで生きているに違いない。
タルが、自分よりもわずかに背の低いマクスウェルとポーラのそばに立ち、小声で呟いた。
「……俺達もだ。助けるぞ、必ず」
無言のまま、二人は頷く。明日を見る彼等の瞳に、力がこもった。
(初:10.06.25)