クォ・ヴァディス 23

4-9

 独立派のアジトとなっているアクセルの屋敷は、久しぶりのグッドニュースに沸いている。
 一度は自分たちを見捨てたミドルポートが、再び手を差し伸べてくれる、というのだ。
 しかも、先立ってオベルに一撃を加えているというではないか。今の独立派を構成する人間の中で、それに喜ばない者はいない。
 彼らは例外なく疲れ果てている。
 滅亡しか待っていないことが確実な未来を座視することにも、責任をなすりつけ合って殺し合いをすることにも。

「もうすぐ、ミドルポートから先見の使者が来る」

 この情報が流れ出してから、深夜ながら独立派の人間たちはアクセルの屋敷に続々と詰め掛けた。
 再び芽生えた勝利と生還への糸口を、自分の目と耳で確認し、安心感を得るために。

「我々の正義が達成される日も近い! 愚かなオベルに正義の鉄拳を下すその日まで、我らの結束はダイアモンドのごとく強固にあらん!」

 興奮した中心メンバーの一人は、そのような雄たけびを上げた。
 これほど都合の良い雄たけびを聞く機会も、滅多にあるまい。
 彼はつい半日前まで、自分の隣に座るメンバーからの死の刺客を恐れて、身体を震わせていたのである。
 これは彼だけではなく、全員がそうであった。
 希望が目の前に横たわっているのに、どうして自分たちに不都合な事実を思い出さなければならないのだろう。

 この歓喜の空気に染まれない男が、ひとりいた。
 短く刈り込まれた銀色の髪、あざ黒い肌、たくましい筋骨、かたくなな眉と目、そして意思ふてぶてしい口元。
 ロドルフォという二十八歳のその男は、ナ・ナルという島に棲む青年の、一典型と言っていいであろう。
 腕のいい漁師であり、親孝行で、そして思い込みの強さ、激しさも他人よりも一段上であった。
 この思い込みの激しさゆえに、彼はアクセルに対抗する若者の代表としての地位を固めていたのである。
 そのロドルフォが、派内の弛緩した空気を一喝した。

「浮かれすぎだぞ、お前ら。話はまだ噂にすぎんじゃないか。もし、オベル辺りの策謀だったらどうするか」

 だが、この言葉が受け入れられることはなかった。
 どこの世界でも、悲観的な預言者というのは永遠の少数派である。
 なにより、独立派の現在の混乱を招いた張本人が、このロドルフォとあっては。
 みな、ロドルフォの力強い言葉を信じて立ち上がり、結果としてこの惨状であった。
 もう彼を信仰しているものは誰もいない。
 ロドルフォが未だに中心メンバーの一人として座っていられるのは、少々奇妙な理由による。
 ロドルフォを殺してしまえば、彼を信じて立ち上がった他の者の正義まで否定されてしまう可能性があったからだ。
 責任を回避したがるくせに、自分の誤りは認めない。
 そうした歪んだ思惑の集積が、ロドルフォの命を繋いでいる。
 その場にいた全員から黙殺されてしまったロドルフォは、面白くもなさそうに、窓の向こうに視線を移した。
 どうやら、生き残った独立派のほぼ全員が、この屋敷の周囲にいるようだ。

「この、馬鹿者どもが……」

 ロドルフォは、誰にも聞こえぬような小さな声で呟いたが、その「馬鹿者」の最たる例が自分であることも、よく理解していた。
 その屋敷の外から、大きな声が響いた。

「ミドルポートからの使者が来られました!」

 屋内にいた全員が、一人を除いて立ち上がった。
 ロドルフォだけがむっつりとしてソファに腰を 落としたままだが、目を向ける者もいない。
 そして、ドアのほうに視線が集中した。
 ミドルポートの使者がドアを開いた瞬間、彼らの未来へのドアも開け放たれるのであった。

4-10

 その使者は、随分と背が高く、痩身の男だった。
 以前にクーデター話を持ってきた男は、縦幅以上に横幅が広く、裕福なミドルポートの食糧事情を身体であらわしているかのようであったが、それとは見事に正反対である。
 まるで神様を向かえでもするかのような騒ぎと礼節で、使者は上座へと迎えられた。
 彼は大きな荷物を持っていたが、それにはミドルポートからの贈り物か何かが入っているのだろう。
 一名を除いて、誰も疑いもしない。
 その一名、ロドルフォが、いきなり不躾な疑問を吐いた。

「ミドルポートからの使者だそうだが、随分と堂々としているな、客人。
 これだけの大人数が集まっているというのに、物怖じ一つしないとは、見上げた胆力だ。
 以前に来た者は、おっかなびっくりしていたが、はたして何が違うのかね」

 だが、その回答は使者ではなく、同胞であるはずのナ・ナル人によってもたらされた。
 ロドルフォはいきなり左横から顔を殴りつけられ、派手に転倒したのだ。

「ロドルフォ、この期に及んで、お前に質問をする権利があるとでも思っているのか。
 我々はこれ以上、お前に引っ掻き回されるなどごめんだ!」

 言って、その男は使者に向き直り、卑屈に手をもんだ。
 失礼な言動を許して欲しい。あれ・・は馬鹿なのだ。
 あれの言うことが、我々の総意であるとは思ってもらいたくない……。
 使者の男は無言で頷いたが、頭の中では真逆のことを考えていた。
 なるほど、アクセルの言うとおりだ。まとも・・・かどうかはともかく、この中で人らしい人は、あのロドルフォだけのようだな……。

 この使者を演じているのは、無論、アカギである。
 危険な役ではあるが、彼以外に適役がいないのだから仕方がない。
 アクセルやラクジーは、独立派に顔が知られているからさせるわけにもいかない。
 エルフがミドルポートの使者になるのも不自然であろう。
 ならばナ・ナルに無関係の者がるしかないが、そうなると消去法の結果として、自分しか残らないのだった。
 演技の訓練をしていないわけではないが、アカギの得意分野とはいえない。
 彼にとっても正念場である。

 アカギは声をできる限り自然に作り、語った。
 細かな打ち合わせや支援物資の引渡しは、明日に届く便にて行いたい。
 私は現地の様子を確認してくるようにと、至急に送られた使者である。
 ラインバッハ二世は皆様の余りの危急を知り、ナ・ナルより手を引いたことを悔やんでいるが、それも正面のオベルに対して全力で向かわねばならず、余力がなかったせいである。
 すべてはオベルのせいであり、今後は憎きオベルを打ち倒し、共に栄えていくための協力体制を、強固なものにしていきたいと願っている……。

 聞いた者たちは天を突かんばかりの勢いで歓声を上げた。
 自分たちの正義は、やはり正しかったのだ。
 そして世界は、正義が勝つようになっているのである。
 ロドルフォだけが疑わしげな表情をありありと出していたが、誰もその理由を問うことはなかった。
 ロドルフォを殴りつけた男は、まるで蝿のように両手を揉みながら謝罪した。

「いま、この島は混乱の極みで、御使者をねぎらうような酒もありません。どうかご容赦を……」

 その混乱を招いたのは自分たちだろう、と糾弾してやりたい気分を押さえ込んで、アカギは荷物の中から大きな「瓶」を取り出した。
 これは、ラインバッハ二世からの贈り物です。
 明日に届く物資に比べればささやかなものですが、とりあえずはこれで、これまでの苦労を癒してください……。
 島民たちは、喜んでそれを受け取って、杯に分け始めた。

「量があまりないのが残念ですが、足りますでしょうか?」

 アカギの質問に、独立派の一人が応えた。

「大丈夫です。残っている同志は七十人ほどしかいません。
 そのうち十人は重要な役についていて外せないので、今ここにいるのは六十人ほどです。十分に行き渡るでしょう。
 いや、今日の幸福を思えば、生き残った七十名こそが、真の正義を全うする資格を神から与えられた、選ばれた者たちなのかもしれませんな」

 極めて醜悪な、それは楽観論だった。
 その「生き残れなかった同志」は、どうして死んだというのだろう。
 自分たちが仲間内で起こした殺人によって同志の数が減少したのだ、という現実を、彼らはなんとも思っていないようであった。
 むしろ、誇っているようですらある。人間として良心が、完全に摩滅しきっていた。
 アカギは、男の顔に唾を吐きかけたいという衝動を、必死で抑え込んだ。
 まだ正体を出すわけにはいかない。
 その場はまるでお祭り騒ぎとなった。
 全員にグラスが渡され、それに「ミドルポートからの贈り物」である酒が注がれた。

「今まで我らは苦境にあった。だが、それも今夜、この時で終わりだ。
 我々はミドルポート共に起ち、戦い、この群島に、そしてこのナ・ナルに、真の独立と平和を勝ち取るのだ!」

 その意気は炎のように立ち上っている。涙を流している者すらいた。
 死刑台へと続く階段の十二段目から、一気に玉座のきざはしへと足をかけたのだ。
 無理もあるまい。

 そして、号令と同時に、皆がその杯を勢いよく煽った。
 玉座の階に見えたその正体が、装飾された死刑台への最後の階段であるとも知らずに。

4-11

 その光景を語る術を、アカギは持っていない。
 彼の周囲には、一寸も動かない人間の肉体が、六十ばかり転がっている。
 異様な光景だった。先ほどまでの熱い空気が、そのまま凍りついたかのような静けさに包まれている。
 立っているのは、二人の人間だけだった。

 アカギと、ロドルフォである。

 ロドルフォだけはグラスを渡されず、「酒」を飲むこともなかった。
 彼だけが独立派の結束からはじき出され、そして彼だけが助かったのであった。
 この皮肉な幸運を誰に対して感謝すべきか、彼には分からなかった。
 ロドルフォは狼狽することなく、命乞いをするわけでもなく、淡々と周囲を見渡している。
 そのロドルフォが、声を荒げるでもなく、聞いた。

「毒か……死んでいるのか?」

「まだ生きている。もっとも、この後はどうなるかわからん。
 アクセルの意思次第だな」

「アクセルが俺たちを許すはずはないし、俺は許しを乞おうとも思わない。
 そうか、これはエルフの薬だな。あれは確か、人間にとっては毒だった」

 その認識は半分ほど間違っていたが、アカギは訂正しなかった。
 毒というものは、知識のある者が作ろうと思えば、自然の物質からでも作ることができる。
 エルフの神木の皮は、樹液ほどではないが、人間にとっては毒になる成分を含んでおり、アカギはそれを利用した。
 それだけの話だ。
 ロドルフォは不自然なくらい淡々と、周囲を見回したりため息をついたりしている。

「これがアクセルの智恵とも思えないが……、あんたはオベルの回し者か」

「お前が知る必要はない」

 アカギの返答は短い。
 もうこの屋敷に用はない。火を放つだけだ。
 あとは、アクセルが良いようにするだろう。
 アカギは不意に、この男の真意を探りたくなった。

「どうしてお前は、そんなに平然としていられる。死ぬのが怖くないのか」

「死の覚悟がなくて、これだけの騒ぎが起こせるか。
 死ぬのを怖がっていたのは、仲間を殺しあっていたヤツらだけだ。
 死ぬだけの覚悟がないくせに、美味そうな餌には食いつく。
 そんな都合の良い願望を持っていた 愚か者だけさ」

「自分の覚悟だけは本物だったと、そういうつもりか。
 なら、なぜ仲間たちを制御しなかった?
 事を起こしたお前がしっかりしていたら、島をこんな悲惨な結果にすることもなかったはずだ」

「途中で、自分にそんな器量がないんだと、わかってしまったからな」

 はは、と、ロドルフォは嗤った。空虚な笑いだった。

「島にいたのは、血の温度が高いだけの馬鹿者だけだった。誰も俺の理想を正しく理解しようとしなかった。
 ナ・ナルは誰にも頼らず、ナ・ナル人の手によってのみ運命を左右すべきなんだ。
 それを、オベルからの手紙を見ただけで、みんなトチ狂いやがった。
 誰も俺の言うことなど聞かなくなった。責任を俺一人に押し付けて、狂ってしまいやがった。
 もう、どうでもよくなっちまったよ」

「そうして、穏健派を餓死させて、独立派を同士討ちに追い込んで、お前だけが平然としているのか」

「うるさい! 仲間をこんなにしやがったお前に、人道を説教される覚えはない!」

 ロドルフォの口調が、いきなり怒気を含んだものに変わった。

「俺が悪いんじゃない。俺は何も悪いことなどしていない!
 俺の言うことを聞かずに、忍耐しきれなかった無能なこいつらが悪いんだ。
 俺のことを理解してくれたのは、ラインバッハ二世だけだった!
 彼は言ってくれたんだ。
 俺は正しい、共に正義を貫こうと。そして共に豊かになろうと。
 俺はナ・ナルをナ・ナル人の手で、ミドルポートのように豊かな島にしたかった。その邪魔をするオベルを排除したかった。
 だからミドルポートと組んだんだ! それのどこが悪い! どこに反対する理由がある!?
 みんなが馬鹿だったんだ! アクセルも、その親父も、エルフのやつらも、オベルのやつらも、俺を理解しなかった、みんなが馬鹿だったんだ!」

 何かの堰が壊れたのか、ロドルフォは喚き続ける。
 それを叩きつけられたアカギは、途端にやるせない気持ちになった。
 ロドルフォは知らないのだ。
 彼が抱く理想も、それを邪魔しようとするオベルの思惑も、全てが ラインバッハ二世によって【 作られたもの 】だ、ということを。
 彼自身が、ラインバッハ二世によって祭り上げられた、ラインバッハ二世にとってのみ都合の良い泥人形であった、ということを。
 本当に無知な存在は他の誰でもない、彼自身だったのだ、ということを。
 ロドルフォは何も知らないのだ。
 結果として残ったのは、島民の死体と、彼の理想の残骸だけだった。

 だが、アカギはその事実を知らせる気にはならなかった。
 語ったところでいまさらどうにもならぬ。結果は何も変わらない。
 アカギはロドルフォに背を向け、言った。

「なにが、ナ・ナル人の手で運命を、だ。
 お前は商人でもないくせに、ミドルポートにナ・ナルを売り渡した、ただの売国奴にすぎん。違うか」

 だが、ロドルフォはなおも喚く。

「違う! 夢を見るだけなら金も努力もいらない。
 だが、夢をかなえるには色んなものがいるんだ。人も、金も、策もな。
 指導者がそのための援助を受けて、何が悪い!」

「途中で物事を投げ出したヤツが、指導者なんか語るな!」

 アカギの言葉が怒りにまみれた。
 彼の脳裏を不意によぎったのは、マクスウェルの姿である。
 この愚かな男よりも遥かに年下の少年は、普通ならば耐え難いほどのプレッシャーの中で、自分に課せられた重責に対して文句の一言も言わず、多くの人命を預かったまま、その責任を果たしてみせたのだ。
 かえりみて、この男の醜悪さはどうだ。
 他人を巻き込んで、その命を食いつぶしながら全てを放り出して、責任の一つすらとろうとしない。
 彼の言う【 死の覚悟 】とは、すなわち自分の死を正当化するための方便に過ぎないのだ。

 アカギは部屋の灯りをともしていた蝋燭から、火を取る。そして床にそれを放った。
 多くの人間を収容したまま、屋敷はあっという間に炎に包まれる。
 もうじき計画に従って、アクセルたちが突入してくるだろう。
 そこでアクセルがどんな表情をするのか、もうアカギの興味の外にある。

「お前は【 本物の人間の誇り 】というものがわかっていない。だから、アクセルのことが理解できないんだ。
 アクセルなら、薄汚い金や策に浅ましく飛びつくなんてことはしなかった。
 それだけでも、お前はアクセルの足元にも及ばない。
 仲間の肉を食らいながら高説をぶったって、誰が尊敬などするものか……!」

「世の中には、己の肉を提供するくらいしか能のないヤツだっているんだ!
 変えようともしないで、変わらない現実に文句をいうことなど、卑怯者のすることだ。
 だったら、己の肉を食われてでも誰かに世の中を変革してもらうのが、本懐ってもんだろうが……!」

 ロドルフォは、どうあっても自分の主張を曲げようとはしない。
 それを翻意させなければならい必要も理由も、アカギにはない。
 結局はっきりとしたことは、お互いの存在がお互いにとって理解の外にある、という事実だけだった。
 会話は終わった。これ以上確認することもない。
 アカギは小刀を手にすると、殆ど瞬間的にロドルフォの背後へ回り込む。

「お前が自分をどう評価しようが、俺の知ったことじゃない。だが……」

 言って、小刀をスッとロドルフォの背中に吸い込ませた。

「お前たちがアクセルやビッキー……、俺の【 仲間 】に対してやったことの落とし前だけは、取らせてもらうぜ」

 死のクーデターを企てた若者の胸から、わずかに刀の先が生えた。
 ロドルフォの口から、作り物の正義の変わりに、百CCの血が零れ落ちる。
 だが、その表情は不遜なほどに傲慢だった。
 迫り来る死に対して、手招きでもしているかのように。

 そのとき、屋敷の炎を見て、アクセルたちが乱入してきた。
 まだ動ける過激派がいた場合、アカギに加勢するためだ。
 人生の最後を迎えようとするロドルフォの視界に、天敵ともいえる島長の姿が映る。
 二人の表情は対照的だった。
 アクセルは苦々しい怒りを、ロドルフォは口の端を吊り上げて嗤っていた。
 まるで表情と立場が逆転している。
 そしてその口から、音程を外した笑い声が、血とともに零れ落ちる。

「俺ほど、俺ほどに! 俺ほどナ・ナルを愛していた者がいるか!
 俺は死ぬ。ナ・ナルも死んだ! アクセル、貴様はナ・ナルを殺す。必ずだ!
 一秒ごとに、俺の言葉を思い出して噛みしめろよ。お前がいつか……ッ!」

 だが、その最後の狂笑は、意外な形で強制的に幕を引かれた。
 アカギもアクセルも、何が起こったのか全くわからなかった。
 血を吐きながら叫び続けていたロドルフォの首が、轟音とともにいきなり【爆発した】のだ。
 アカギもアクセルも、自分たちの胸元に飛び散ったのがロドルフォの顔面の血と肉のかけらであることを、数瞬の後にようやく理解した。
 そして、首から上を失ったロドルフォの肉体がゆっくりと床に倒れていく中、彼らも我に返る。

「なんだ、何が起こった!?」

「分からんが、このままここいいるのは危険だ! ここを離れるぞ」

 このアカギの提案は、一瞬にして、その場の全員の同意を得られた。


 脱出した後、燃え盛る屋敷を見上げながら、アクセルはアカギに呟いた。

「あの炎は、【ふるいナ・ナル】の終焉だ……」

 その表情は、迷いと憂いとに、正確に二分されている。
 ロドルフォの言葉が、アクセルの心中を飛びまわっていた。
 お前はナ・ナルを殺す。
 彼はそう言った。
 ロドルフォこそが、ナ・ナル島民を危機に追い込んだ張本人ではないか。
 そんな人間の言葉に、耳を傾ける価値などない。
 そう思いはしても、完全に無視しきることも、アクセルにはできなかった。
 この事件の責任が自分に全くないと言い切る自信がなかったからである。

 ともかく、これでナ・ナルの過激派は事実上、一掃された。
 ロドルフォは死に、意識を失っていた過激派の島民たちは、燃え盛る屋敷と共に全員が焼き殺された。
 解決しないよりはましだろう、という程度の醜悪な決着だった。
 しかし、どのような形であれ、ひとまず決着はついたのだ。
 アカギもアクセルも、自分たちの判断が正しいなどとは思ってはいない。
 特にアカギの心中には、割り切れない靄がかかったままだ。
 解決をあせり過ぎはしなかったか。ほかに解決策はなかったか。
 その思いが、どうしても離れなかった。

 アカギの心に、マクスウェルの姿が残っている。
 この事件のことを聞かされたとき、果たして彼はどんな顔をするだろう。
 そのためだけではないが、アカギは一刻も早くこの島を離れたかった。
 深夜の月明かりの元で、血の色をした火の柱が立っている。
 燃え盛る炎を見上げながら、アカギは終始、無言だった。

COMMENT

(初:09.05.10)