そして、艦隊出撃の日、四月九日の朝が訪れた。
果たして、誰にとって望むべきことであり、誰にとって望まざることであるのか判然としないまま、合計二十七隻からなる連合艦隊は、リノ・エン・クルデスの出撃の御意を待っている。
この出撃が決して群島諸国にとって幸福をもたらすまいということは、リノ・エン・クルデスが最も理解していた。
今回の事件での最高の決着の形は、何らかの形でナ・ナルからのリアクションがあることである。
そうすれば、リノ・エン・クルデスとしても、いくらでも舵のとりようはある。
そして、ナ・ナルから、オベルに屈するか、もしくはオベルに譲歩する形でのリアクションを引き出すために、強大な軍事力と強気の姿勢とをちらつかせて、長めの猶予期間を与えているのだ。
強大な軍事力というものは、「使うこと」に意味があるのではない。
「所持していること」、そして「その存在を外交に利用すること」それ自体に、意味がある。
つまり、「軍事力」の存在を垣間見せながら、いかにそれを使わずに、相手から有利な条件を引き出すかが肝要なのだ。
ナ・ナルを軍事制圧しても、オベルにとって利益が無いことは前述した。
できればそういう事態に陥ることは避けたいが、オベルにとって最高とは言わずとも、最良の結果を勝ち取るためには、出兵そのものは避けられぬものであった。
王家の者が襲われた以上、オベルとしては、強硬な態度に出ざるを得ないのだ。
その点については、マクスウェルの憂慮もあり、リノ・エン・クルデスも細心の注意を払った。
「敵」の目的がオベル海軍主力をオベル本島から引き離すことである可能性を、マクスウェルは指摘し、リノもそれを是とし、派遣軍と本島との連絡を密にすることには特に綿密に検討された。
派遣軍の旗艦は、オベル海軍の最新鋭艦である「オセアニセス号」に定められた。
「海神の娘たち」を意味する名のこの船は、二年前の解放戦争の最中に竣工した、全長二六三メートル余、全幅三八メートルという、群島史上最大の戦艦であり、解放軍の海上本拠地として、常にその雄姿を前線に置いてきた。
オセアニセスは、竣工直後から一貫して名付け親でもあるマクスウェルが艦長を勤めている。
解放戦争終結後には大きな争いもなく、オベル周辺の哨戒と海上の軍事訓練が主な役割だった。今回久しぶりに、本格的な軍事活動に従事するにいたり、艦内は大いに活気付いた。
出撃直前、リノはこのオセアニセス号の甲板から、全軍に向けて訓示した。
「我らはこれより、ナ・ナルに向けて出撃する。
これは、元より我らが望むものではなく、ナ・ナルが求めて起こした諍いである。
既に、親愛と信頼による交渉の機会は、ナ・ナルの非道かつ非礼なる一方的野蛮的行為と、その後の沈黙による主張によって失われた。
残された手段は、剣と砲によって語ることのみ。
群島の正義と平和を回復するために、諸君らの奮闘に期待するところ、大である」
リノ・エン・クルデスの太く低い良く通る声が、海上の波と風に乗って、全軍兵士の鼓膜を刺激し、彼の訓示は、熱い歓声の津波となって返ってきた。
マクスウェルやフレア、そしてミドルポート艦隊の指揮権をリノに預けて自らは旗艦に乗り込んだラインバッハらは、満足げに首肯した。
この結束がある限り、ナ・ナルが姑息な手段をとろうとも、敗北するなどということは、万に一つもありえないことだった。
訓示を終えて艦橋に下がったリノに、最新の情報がもたらされる。
「ラズリル艦隊はいつでも出発できるそうですが、ミドルポート艦隊の出撃準備が遅れています。
艦列を並べての出航には、間に合わぬかも知れぬ、と……」
申し訳なさそうに頭を下げるラインバッハに、リノは鷹揚に手を振った。
「ああ、構わんよ。威圧的に艦隊を並べて出撃するような権威主義など、この群島には不要なものだ。
最終的にナ・ナルの包囲に間に合えばよい。準備は怠るなかれ、と伝えてくれ」
オベル艦隊は正式な軍隊であり、ラズリル艦隊も旧ガイエン海上騎士団から組織しなおされた事実上の軍隊であるが、ミドルポート艦隊は、いわば領主の私兵集団である。
ラズリル艦隊に匹敵する戦闘能力を有してはいるものの、組織力の結束や密度では、この二国の艦隊にはかなわない。
それに、彼自身が言明したように、リノ・エン・クルデスは、決して形式的な艦隊行動にこだわってはいなかった。
極論すれば、結果としてこの戦いに決着をつける瞬間に、ミドルポートとラズリルが関わっていれば、それでいいのである。
ナ・ナルを屈服させたのがオベル一国ではなく、この三カ国である、という歴史的事実が残れば、細部は気にする必要はないのだった。
こうして、ミドルポートの四隻を除いたオベル・ラズリル連合艦隊二十三隻は、一斉に碇を上げ、荒々しい南国の海へと漕ぎ出した。
その圧倒的な陣容の船出は、当事者たちにいやでも勝利の予感を刻み付けた。
ナ・ナルまでは二週間の船旅となる。
どのような軌跡をたどろうとも、彼らの目指すゴールには、輝く未来しか刻まれていないはずであった。
その予測を増長と断ずるのは、酷であろう。
実際に、巨艦オセアニセスを先頭にしたこれだけの戦力に正面から勝利しうる敵は、群島諸国の周辺には存在せず、しかも総指揮は「武王」リノ・エン・クルデス、旗艦の指揮を執るのは群島解放戦争の若き英雄マクスウェルである。
まったく、どこに敗因となるべき要素があるというのか。勝利以外の選択肢を持つ必要を、彼らは全く信じられなかった。
次にオベルの土を踏むのは、どんなに遅くても二ヶ月後。そのときには、彼らの士気はますます上がっているであろう。
ナ・ナルの愚行を軍靴の底に踏みつけて呷る、勝利という名の美酒によって……。
航海は、なんの変事も無く、順調に進んでいるように思われる。
進発して三日目の四月十二日、オベルから離れること千二百キロ。
既に夕刻に入り、紅く染まる春先の陽光も波も穏やかで、風も素直に彼らの航海を後押しした。
八隻の大型艦、十五隻の小・中型艦からなる艦隊は、一定の距離を保ちつつ、手旗信号と灯光による連絡を小まめに行いながら、ナ・ナル方面に向かって波を掻き分けていた。
オセアニセス号の艦橋では、リノ・エン・クルデス、マクスウェル、ケネス、ラインバッハら連合軍首脳による協議が続いている。
ナ・ナルまでの海図と、ナ・ナル島の地図が用意され、どのような航路を取るか、島包囲の際はどのような位置に碇を沈めるか、上陸作戦にはどのような侵攻路を進むかなど、細かな確認が行われた。
全ての確認がなされ、場が落ち着いてコーヒーが運ばれてくると、ケネスが一つの提案をした。
「今回は、海賊のキカ一家に助太刀を頼むわけにはいかないでしょうか」
キカは、群島にその名を知られる海賊の女首魁である。
群島最大の海賊一味を率いる組織力にも、そして個人的な武勇にも優れ、オベル国王リノ・エン・クルデス、ミドルポート領主ラインバッハ二世、英雄マクスウェルと並ぶ、群島諸国の実力者と目されていた。
リノとは盟友同士の関係でもある。
リノは思わず眉間にしわを寄せたが、これは一気に飲もうとしたコーヒーが思いのほか熱く、舌を痛めたせいである。
「うむ、俺も考えないではなかったが、今回はやめておいたほうがいいだろうな。
キカは前回(クールーク皇国崩壊事件)のときも、前々回(群島解放戦争)のときも、俺たちと敵も目的も一致したから手を貸してくれたが、本来は、自分たちが政治に利用されるのを嫌うたちだ。
特に今回は、ナ・ナルがキカたちに何かをしたわけじゃないし、多分に政治色の強い事件でもある。
無碍に断わられることはないだろうが、いい返事ももらえないだろう」
コーヒーカップをテーブルに置きながら、リノは答える。
この言葉は事実ではあったが、リノの本心としては半分の答えだった。
リノの内心には、この程度の事件など、オベルの独力で解決せしめて当然だという思いがある。
ミドルポートとラズリルを巻き込んだのは、あくまで「群島諸国連合」の名の元に、自らの行動を正当化するためであり、今回の事件をオベル対ナ・ナルの小競り合いではなく、周囲に「連合」内での重要事件であると認識させるためであった。
事件発生以降、一貫してマクスウェルの護衛を勤めているミレイは、会議の場に席を与えられたものの、一歩引いた場所に腰を下ろしたまま、真剣な表情に無言のヴェールを被せて会議の成り行きを聞いていた。
若いとはいえ、オベルの重臣に名を連ねるミレイが発言しても、なんら不自然なことではなかったが、現在の護衛という立場と、ケネスやラインバッハなど、他都市の重鎮の存在に遠慮していたのである。
ミレイの部下は、レナード・イーガンという彼女の若い副官が預かり、オセアニセス号内の所定の位置で待機している。
若いとはいっても、レナードはミレイよりも年上である。というよりも、オベル王国の歴史の過去と現在とを通して、ミレイよりも若い将軍など存在しない。
マクスウェルがミレイとは同年代と思われるが、彼は出生も生年もはっきりせず、実年齢は不明である。
ミレイは二年前を思い出して、思わず懐かしさを覚えた。
二年前、マクスウェルやラインバッハと知遇を得たばかりの頃、ミレイは、当時からすでにこの船の艦長であったマクスウェルの護衛役として、この船に乗っていたのだ。
当時から変わった点といえば、ミレイ自身が部下を持つ身となり、マクスウェルは群島における存在感を増した。
そして、当時、ミレイの同僚として協力してマクスウェルの護衛を勤めたグレッチェンとヘルガの姿がないことだった。
オベルで軍事にも政治にもかかわりを持たない生活しているヘルガはともかく、グレッチェンは現在、旗艦に移乗しているケネスの代行として、ラズリル艦隊の指揮を執っている。
ラズリル艦隊がオベルに到着して以降、ミレイとグレッチェンは親しく顔を合わせる機会に恵まれなかったが、事件が終わった後にでも、一度、久闊を叙したいものだと思う。
実は一度だけ、グレッチェンは艦隊進発前に、ケネスに自分をマクスウェルの護衛役に推挙してくれるよう要請している。
だが、マクスウェルは今やオベルの客将であり、ラズリルの人間ではない。
一方で、グレッチェンはラズリルの軍事に関わる人間である。
オベル王国がマクスウェルの護衛役を既に定めているところに、他国の人間がしゃしゃりでると、幸福な結果はもたらされるまい。
ケネスはそういう論法で、グレッチェンを納得させた。
「公式な人付き合いというものは、私的な交友と違って、色々と足に絡むものがあるのさ。くだらないことだけどね」
と、ケネスは言った。二年前とは皆、違うのだ。
つまりミレイは、彼女自身が知らないところで、二人分の働きを要求されていることになる。
会議の散会が宣言された後、マクスウェルは艦橋から甲板に足を向けた。
ミレイも剣の柄に手を当てたまま、その後をついていく。
旗艦にいるとは思えない物々しさだが、既にマクスウェルは無人島で一度襲われ、最も安全と思われていたオベルではフレアが襲撃されている。警戒してしすぎるということは無かった。
オベル国王の警護を命じられていたミズキが、その様を感情のこもらない瞳で見送った。
マクスウェルは、あまり派手に自己主張するところがない割には飄々とした一面があり、滅多なことでは感情を荒げない。
マクスウェルがミレイの前で激情を表した数少ない場面は、三週間前、ジュエルが襲われた事実を告げられたときと、フレア王女が襲撃された、その時であった。
そのマクスウェルは、難しそうな表情で甲板から海を見下ろしている。
普段は親しく声をかけてくる海兵たちも、彼の思考を邪魔しないためか、遠巻きに見守るのみで語りかけることはない。
事実、この三週間、マクスウェルは眠っているとき以外は、常にこの事件のことを考えていた。
彼が最も思慮を砕いたのは、この事件の「首謀者」のことだった。
この事件には、必ず「第三者」が関わっている。ナ・ナルをそそのかし、暴挙に至らせた者が必ずいるのだ。
だが、その正体となると、容易には求められない。
そもそも、目的が判然としない。
自分に賞金がかけられているらしいこともあり、一時は自分が持つ「罰の紋章」が目的なのかとも思ったが、それにしては自分へのアプローチは、最初の襲撃の一度のみである。
では、その後に立てた予測通り、オベル海軍をオベル本島から引き剥がし、オベルを占領することが目的だとすると、これまた「オベルを占領して何がしたいのか」という疑問に行き当たる。
結局は、堂々巡りになるのだった。
そしてここ数日繰り返したように、堂々巡りに陥る思考を断ち切るために、マクスウェルが上空に顔を向けた途端、彼の身に変化が起こった。
マクスウェルは、「罰の紋章」を宿した左腕が急に熱を帯びるのを感じた。
そして、左手の甲が異様な、真紅と黒の陽炎のような光を発しているのに気づいたのだ。
急激に頭が重くなる。
存在しない何者かが、精神と心と肉体とを、内部から乱暴にかきむしっているような、異様な感覚を、マクスウェルの全身を支配した。
左腕を押さえ、うめき声を上げながら、マクスウェルは甲板に片膝を着いた。
「マクスウェル様!」
「大丈夫だ、心配……ない……」
心配そうに近づいてくるミレイや海兵たちを、激しく混濁する意識と全身を支配する軋痛感に耐えながら、マクスウェルは嗜める。
だが、その光景は、誰が見ても「心配ない」と言えるものではなかった。
マクスウェルの押さえている腕から漏れる赤黒い光に、徐々に音が重なりだす。
彼の周囲に集まる人間たちの鼓膜を、かすかに刺激するその金切音は、まるで人間の断末魔の悲鳴のようにも聞こえた。
マクスウェルにはわかっている。そして、彼の周囲の何人かが理解した。
「罰の紋章」が「寄生主」であるマクスウェルに、なんらかのアプローチをかけているのだ。
マクスウェルの神経に、激しい痛みと共に、「罰の紋章」の「意思」が流入する。
それは過去、この紋章が引き起こした数々の惨劇の記憶を伴い、彼の精神に激しい負担を強いた。
強烈なフラッシュバックだった。
まるで蜃気楼のように淡い実体の中で、赤黒い光が炸裂する凄惨な光景が次々と、凄まじい速度で彼の脳内に展開していく。
かつてこの紋章を使用した者、この紋章に焼き殺された者、全ての記憶と苦痛。
それらが一気にマクスウェルの心を通過していく。
そして、その最後に彼の心に投射されたもの。
これが、最も強烈なショックとなった。
それは、それまでの記憶とはかけ離れたものだった。
余りにも透明で、余りにも純粋で、余りにも美しく……。
「く……」
「マクスウェル様!」
罰の紋章を恐れることなく、ミレイが倒れかけるマクスウェルの身体を支える。そのミレイを、更に屈強な甲板員の一人が支えた。
マクスウェルは、急激に大量の汗をかいていた。それだけ、彼の心身に多大な負担がかかっているのだ。
思わず左腕を脇に押さえ込み、右手を痛む頭に当てたマクスウェルの中で、最後のビジョンが映し出される。
それは、また「あの少年」だった。
十歳くらいの、質のいい服を着せられた、金色の髪の少年。
いったい、これが何度目の邂逅になるのか。二度目か、それとも三度目か。
少年の行動は、以前と同じだった。何度も手や口を動かし、何かをマクスウェルに伝えんとしている。
言語が音声化しないと気づいたのか、困ったような表情で、より派手な身振り手振りでマクスウェルに意思の伝達を試みる。
だが、マクスウェルには、彼が言わんとすることを理解できなかった。理解する時間を与えられなかった。
まるで強い風の前のろうそくの炎のように、少年を含む情景が細かな粒子となり、掻き消えてしまったのだ。
少年が現れた時間は、一分に満たないであろう。
一瞬の空白をおいてから、徐々にマクスウェルは自らの思考を取り戻していく。
それに合わせるように、罰の紋章から発せられていた陽炎のような光と、断末魔のような音は消えていった。
そして全てが収まった後、マクスウェルの全身から、ふっと力が抜けた。
「!」
瞬間的に彼の全体重を両腕で支えることになったミレイは、無意識に足腰を踏ん張ったが、彼女を支えてくれていた甲板員のおかげで、なんとか倒れずにすむことができた。
マクスウェルは、激しく呼吸を乱しながら、全てを振り払うように頭を振り、左手の甲に禍々しい姿で浮き上がっている紋章を見た。
「いったい……いったい、何を言いたいんだ、お前は……。なにかを……知っているのか……?」
「マクスウェル様……?」
呟くように語り掛けたミレイの言葉に、ふと我に返ったマクスウェルは、頼りない歩調で、慌ててミレイから離れた。
「あ……、すまない。ありがとう、ミレイ」
「いえ、私はいいのですが……。いったい、何があったのですか?」
ミレイの問いと同じ疑問を抱いているであろう幾人かの甲板員が、彼らの周囲に集まる。
皆、一様に心配そうな表情を浮かべていた。
誰も、積極的に罰の紋章に関わりたいとは思わなかったが、同時に誰も、この若い艦長を失いたくも無かったのだ。
「解らない……。罰の紋章が、俺に何かを伝えようとしていることは確かだと思うけど、それがなんなのか……」
マクスウェルの表情に斜が翳った。
ミレイの表情も、それに連動するかのように曇ったが、思い当たることがあって、ミレイは言った。
「今回の事件が、罰の紋章に深く関わるなにかを含んでいるのでしょうか?」
マクスウェルが指を顎に当てる。
「今のところは、なんとも言えない。
たとえ罰の紋章に関わるなにかがあるのだとしても、敵の……」
言葉を続けようとしたときに、彼の背後からかけられた大きな声が、マクスウェルの声をさえぎった。
「艦長! マクスウェル艦長ー!」
一際大きく、一際よく通るその声は、後部甲板から届いた。
オベル海軍一の視力と声量を誇る見張り、ニコのものだ。
「左舷後方に、救助信号を出しながら接近してくる漁船を確認! 積載物、乗船人数共に不明! いかがいたしますか!」
「軍用船ではないのか!?」
「無砲門の小型漁船ですが、その他の情報は不明です。
視認できるのは、甲板に出て信号を出している二名のみ」
数秒間考えて、マクスウェルは断を下した。
「警戒を解くな。戦闘準備を整えてから、保護を求めてくるようならば保護してくれ。
俺は陛下にご報告する」
「了解!」
言って、ニコは再び後部甲板に姿を消した。
保護するように言ったものの、マクスウェルの脳裏には強烈な警戒信号が点滅していた。
そのボートに乗っている人間が危険なのか、そのボートに乗せられた何かが危険なのかはわからないが、とにかく、そのボートは良くない何かを積んでいる。
先ほど、罰の紋章からの強烈な接触を受けて警戒しすぎているのか、それともただの勘かは解らないが、マクスウェルに確信に近い何かを思わせていた。
マクスウェルは、もう少しよろける足で、艦橋に向けて走り出した。
思わずミレイが止める。
「マクスウェル様、報告は誰かに任せて、少しお休みになってはいかがですか」
だが、普段は人の意見に柔軟なマクスウェルは、その勧めを柔らかに断わった。
「それとこれとは別の話だよ、ミレイ。
未熟なりに、艦長には与えられた責任がある。そうだろう?」
それは、マクスウェルのただ一人の師である旧ガイエン騎士団長、故グレン・コットの、最も基本とする教えだった。
(初:08.08.20)