クォ・ヴァディス 03

1-3

 フレアからリノの密命を伝えられたミレイは、即座に十五名の部下を選び出した。
 船を一隻、用意させるに当たって、武装の充実した中型船ではなく、速度に長じた小型船を用意させたのは、ミレイのセンスのなせるわざであったろう。
 この任務において重視されるのは、敵本拠地を一掃するための攻撃力ではなく、すばやくマクスウェルを「保護」し、帰還するための速度であったからである。

 ミレイから指令を受けた部下たちは、首をかしげながらも、最善の準備を最速で施した。密命が発せられてから、一時間半後には、すでに出航の準備が整っていたのだから、これも賞賛されるべき手際であった。
 ミレイは時間を無駄にすることなく、すぐに出航を命じた。

 群島解放戦争の英雄であるマクスウェルは、チョコレート色の髪とブルーの瞳を持つ中背の男性である。一見には「どこにでもいるハンサム」といった印象で、特別に秀でた容姿の持ち主というわけではない。ただ、多いとはいえない口数に比べ、尋常ではない精神的なエネルギーを感じさせる視線が、彼に会う人々に強烈な印象を残した。
 彼は群島に住む全ての人間にとって、無視できぬ存在である。その理由は、二つ。ひとつは「クールークから群島を解放した英雄」として彼が持つ偶像性。
 そしてもう一つは、この世界の創生に関わるとされる巨大なエネルギーの象徴「真の紋章」の継承者である、という点だ。

 マクスウェルは解放戦争後、一時は以前に暮らしていた旧ガイエン領の港町であるラズリルに戻ったが、すぐにオベル国王リノ・エン・クルデスの要請に応じて、オベルに居を移した。
 リノ・エン・クルデスとしては、群島解放戦争の英雄であるマクスウェルの持つ「政治的な可能性」が、ガイエンからの独立という、戦争後も続くラズリルの政治的混乱のなかで、どのように悪用されるか予測がつかず、それならばと、先手を打ち群島の英雄を自ら保護するというかたちをとって、懐に引き入れたのだった。
 特に、マクスウェルが幼少期から最近まで過ごしていたラズリルでは、この若すぎる英雄の人気は極めて高い。どのような形であれ、彼を利用しようとするグループが皆無であることは、まずありえないであろう。
 そして当のマクスウェルは、ラズリルよりもオベルを選んだ。「故郷」への愛着が消えてしまったわけではないが、誤解があったとはいえ、無実の罪で流罪にされたラズリルよりも、解放軍結成以前から仲間と共に受け入れてくれ、根拠地を置いたオベルのほうに愛着を持つのは、やむをえないところではあった。
 そして何より、ラズリルでの熱狂的な人気は、マクスウェル自身にとっては、決して嬉しいものではなかった。外に表したことはないが、彼自身はうんざりしていたのである。

 現在、マクスウェルは、彼が過去、ラズリルで流刑に処せられて漂流し、最初に流れ着いた無人島(現在はオベル領)をリノ・エン・クルデスから与えられ、彼に保護されながら、気ままな生活に甘んじている。
 クールーク皇国の崩壊に功績があった若者キリルが彼を無人島に尋ねたとき、マクスウェルは悪名高き「罰の紋章」で夕食用の巨大蟹を攻撃していた、というエピソードは、彼の人柄を表す指標として、もはや笑い話に近い伝説と化している。
 だが、時折呼び出されて参画するオベルの御前会議においての数々の発言から、彼が豊かな政治的・軍事的センスに恵まれていることは確かな事実であった。

 マクスウェル本人にその意思がないにしても、彼は依然、現在の群島諸国における「最強のカード」であることに間違いは無いのだ。
 彼が宿している真なる二七の紋章の一つ「罰の紋章」がもたらす、驚異的な攻撃力・破壊力を含め、使い方を一つ間違えば、群島諸国をまとめて滅ぼす、凶悪なジョーカーとなりえる、「最凶にして最強のカード」である。
 解放戦争の最後、マクスウェルの「罰の紋章」が、襲いくる津波と、巨大で人工的な石の塊であるエルイール要塞を、赤と黒の光と共に一瞬のうちに「消滅」させた、あまりも衝撃的な光景を、ミレイはその脳裏に焼き付けている。

 あれほどの破壊力と、未来への可能性を強奪され悪用されれば、どのような惨禍が巻き起こされるか、想像ができぬ。恐らく、解放戦争以上の、悲惨な結果になるであろう。
 ミレイにしてみれば、解放戦争で充分に「運命」に振り回されたマクスウェルには、もう誰かによって左右されることなく、穏やかな人生を過ごして欲しかった。
 彼は「全てを許して」英雄となったが、それは彼の望む人生でも決断でもなかったに違いない。その、ミレイの憂慮を耳にしたときも、マクスウェルは優しく微笑んだだけだった。
 この穏やかな性格の少年の人生を、これ以上かき乱す意思の存在を、ミレイは許せなかったのだ。

 その将軍閣下の意思が乗り移ったかのように、ミレイの指揮する小型船は、今や英雄の居島として知られる小島を目指して駆けに駆けた。
 本来ならば四日かかる行程を、彼女らは二日で到達したのだ。
 ミレイと同様、彼女の部下にしても、気さくな英雄の存在は、失われてはならぬものだったのである。

「閣下、島が見えました」

 見張り役である部下の報告を受け、ミレイは甲板にその姿を現した。リノ・エン・クルデスの命令で、マクスウェルのオベルと無人島の間の移動を担当する役はミレイにまわってくることが多かった。彼女には既に見慣れた光景である。
 そして、何度見ても美しい南海の小島であった。四季の富をもたらす緑なす自然と、純白の砂を敷き詰められた輝くような海岸。英雄の隠れ家として、実に相応しい。

「舵、このまま。慌てることはないわ。ゆっくりと接岸して」

 命令が密命であるだけに、ミレイはことを荒げるつもりはなかった。
 マクスウェルがリノ・エン・クルデスの召喚を断わるはずは無いので、いつも通り彼を船に乗せ、そしていつもよりも迅速にオベルに帰還しさえすれば、それで命令は達成される、はずであった。
 だが、ミレイの指令から二分もしないうちに、その思考は変更を余儀なくされた。見張り役の悲痛な叫び声が、甲板にこだましたのだ。

「前方、黒煙を確認! 山に火がかけられています! 海岸で何者かが戦闘状態にあるようです!」

 この叫びを受けて、ミレイは真っ先に命令を変更した。

「前進全速、戦闘配置! 一刻も早く接岸せよ!」

 そして、見張りに確認の声をかける。

「戦闘状態にあるのが誰か確認はできる!?」

「状況は少数対複数のようです。
 あの双剣と黒い光は、間違いありません、マクスウェル様です!」

(しまった、遅かった!)

 ミレイは苦々しい認識に苦悶の表情を浮かべた。だが、マクスウェルを見殺しにするつもりなど毛頭なかった。
 黒い光が散発しているということは、マクスウェルが真の紋章のひとつである「罰の紋章」をすでに発動しているということだ。
 二刀流の双剣の達人であるマクスウェルをしてそうさせているということは、相手がよほど大人数であるのか、すでに戦闘状態に入って長時間が経過しているのか。

 一気に緊張感の水位を上げた彼女の船は、それまで以上の恐るべき速度で、海岸に向けて走った。

1-4

 太陽光を反射する白い海岸の砂は、礼儀というものを弁えぬ乱入者の荒々しい訪問と、それに続く戦闘行為によって、無残にも踏み荒らされていた。
 マクスウェルが敵の存在に気づき、戦闘状態に入ってから、すでに五時間が経過している。
 彼はよく持ちこたえた。複数の敵を相手に、正面から斬り込む愚を冒さず、自ら知り尽くした無人島の自然を利用してゲリラ戦に持ち込んで、一人ひとり、的確に敵を打ち倒した。
 途中から力強い援軍を得た彼は、そのまま敵を追い返すかに思われた。
 だが、敵は作戦を変更した。あろうことか、この無人島の美しい自然に火をかけたのだ。それは、ゲリラ戦を展開する少数の敵をあぶりだすには、まったく原始的で、そして効果的な戦法である。

 かくしてマクスウェルと、途中から彼を手助けして敵を打ち倒していた、オベル王家付きのボディガードである女忍びのミズキは、海岸の一隅に追い込まれていたのだった。
 追い込まれてからの二人の爆発的な戦闘力は、確かに敵を圧倒した。マクスウェルの双剣と罰の紋章、そしてミズキの体術とモズの紋章は、どう見ても戦闘の素人である敵を、次々に粉砕する。

 だが、いかんせん、二人で相手をするには、敵の数が多すぎた。
 二人は、倒した敵の数を、三十人までは覚えていたが、それから先はキリがないので数えるのをやめた。
 だが、それまでとほぼ同数の敵を倒してなお、彼らを海岸の隅に追い詰め、取り囲む敵の数は五十人を超えているようだ。
 つまり、マクスウェル一人を相手にするのに、百倍以上の兵力を用意していたことになる。明らかに、最初から彼を殺害することを目的とした襲撃だった。

 今はマクスウェルの「罰の紋章」を警戒して遠巻きにしているが、いつ総攻撃が開始されるかわからない。そしてそれが実行された場合、今度こそマクスウェルとミズキは、人生という劇場からの強制的な退場を余儀なくされるであろう。
 マクスウェルのチョコレート色の髪と、ミズキの闇を溶かしたような漆黒のセミロングの髪が揺れている。それは風のせいではなく、長時間の戦闘からくる疲労によるものだった。

 左の敵から彼を守るように寄り添うミズキが、マクスウェルに小声で語りかける。

「マクスウェル様、私が血路を開きます。なんとしても脱出してください」

 冷静で、常に自らの死を厭わないミズキらしい言いぐさだったが、マクスウェルは疲労した腕で双剣を構えながら、それを突っぱねた。

「そんな進言を、俺が受け入れるとは思っていないだろう?」

 だが、これも彼女らしく、ミズキも退かない。

「英雄の最大の仕事は、どんなことをしても生き延びて、民たちを導くことです。
 そして、私はその英雄のために死ぬ役を負うものです。履き違えてはなりません」

「とうに戦争は終わった。俺はもう英雄なんかじゃない。
 それに、英雄なんてくだらない人種のために死ぬのが仕事だというなら、そんな考えこそ、俺のために捨ててくれ」

 ミズキが無表情で、顔を横に振る。

「貴方はいつも正しい。しかし、それがわからない人間にとっては、英雄とは、やはり雲上の存在です。
 貴方がこうして襲われているのは、貴方が「くだらない」とお思いの、英雄としての「価値」を、貴方自身が充分にお持ちだからです」

「充分に、か」

 マクスウェルは、不意に彼らしくない皮肉な笑みを口元に浮かべた。

「価値があるのは、他人の手で「英雄」と書かれた、派手な看板だけだ。それに眼がくらんだ人間にとって、中身の俺自身の価値なんてどうでもいいのさ。こんな虚栄の看板が欲しいなら、熨斗でもつけて、いくらでもくれてやるのに」

 この期に及んで泣き叫ぶこともせず、苦笑を浮かべられるマクスウェルの冷静さは流石であったが、それは同時に、六十人以上の仲間を既に失っている敵側の怒りに火を注いでしまったようである。
 誰かが叫ぶ。

「何をしている! マクスウェルの首には一〇〇〇万ポッチの賞金がかかっているんだぞ! 
 女のほうは殺そうが犯そうが、好きにしていいんだ! 一気にかかれ!」

 五十人からの敵が、一気に色めき立つ。
 たった二人のマクスウェルとミズキにとって、相手が戦闘の素人だとしても、その数自体が、すでに暴力になりえた。
 ミズキがマクスウェルをかばうように立ちはだかったが、マクスウェルは静かに言った。

「罰の紋章の禁忌を解放する。ミズキさん、下がって」

「マクスウェル様、それは……!」

 常に無表情に近いミズキが、一瞬とはいえ狼狽した。
 それは、マクスウェルにとっての最後の切り札であった。
「許し」の期間に入り、宿主をさいなむことがなくなった「罰の紋章」の真の力を、自らこじ開けようというのだ。
 無論、それは「宿主の魂」をけずりとる「罰の紋章」の特性を、最大限に解放することでもある。
 それを実現した後、マクスウェル本人がどうなるか、誰にもわからない。
 ミレイらとともに、罰の紋章の真の恐ろしさを体験しているミズキにとっては、最も開けてはならない禁断の扉だったのである。

 敵の何人かが一歩を踏み出し、マクスウェルが覚悟を極め、そんな彼を守るようにミズキが位置を変えた次の瞬間だった。
 その場にいた誰もが、眼を疑った。
 どこから現れたのか、マクスウェルとミズキの見慣れた軍装の一団が、勇ましい怒号と共に、敵の背後から斬りかかったのである。
 正面を切って突撃を敢行したのは、ミレイだった。無様に混乱する敵を切り伏せ、押し倒し、止めを刺し、次の敵と剣を交える。
 その戦い方の美しさは、同時に目を見張る戦果を上げた。

「ミズキさん、今だ。斬り抜けるぞ!」

「は!」

 マクスウェルはこの機を逃さず、疲労した身体に鞭打って、ミズキと共に敵に斬りかかる。
 戦況は激変した。
 戦闘の素人である敵五十名と、鍛え上げられた軍人十八名は、ほぼ同等の戦力といえる。
 情けなく右往左往する敵を、オベル兵は果敢に追い詰め、分断し、各個撃破していく。
 二十分間に及ぶ執拗な斬り合いで、ついにマクスウェルとミレイは敵を撃退した。約五十名の敵のうち、八割を斬殺し、残りの二割を撤退に追い込んだ。
 敵は船で無人島から逃走したが、マクスウェルはそれを追わなかった。
 まだ外洋に敵がいるかもしれない。ミレイも部下四名を失っており、マクスウェルとミズキを含めたわずか十四名で、まだ何人いるかわからない敵を追い詰めるのは、無謀だと思ったからである。

1-5

 全てが終わった後、無人島は無残な姿を夕日にさらしていた。
 緑萌えていた自然は焼き尽くされ、純白の海岸は無粋な血と死体で真紅に染め上げられ、原型を留めていなかったのだ。
 だが、それを憂う余裕は、マクスウェルにもミレイにもミズキにもなかった。
 ミレイは、先ほどの戦闘で命を失った四名の部下の遺体の傍に立ち、苦みばしった酸味を口元に浮かべた。
 確かに、軍人の職務とは、いつ命を失ってもおかしくないものではある。当然、任務に際しては死の覚悟を極めるものだが、実際に失われてみれば、快いもののはずがなかった。

 マクスウェルは、疲れきって岩の上に腰を下ろしながら、近寄ってきたミレイに、やはり疲れきった笑顔を向けた。

「ミレイ、ありがとう。本当に良く来てくれた。
 君が来てくれなかったら、俺たちは今頃、死んでいただろう。命の恩人だ。礼の言いようも無い」

 ミレイは逆に恐縮して、マクスウェルに頭を下げた。

「私がもう少し早く到着していれば、このような惨禍は防げました。申し訳ありません」

 マクスウェルは、慌ててミレイに頭を上げさせる。

「聞いたよ、オベルからここまで、たった二日で来てくれたそうだね。
 それ以上に早く来るなど、誰にも無理だ。君は全力を尽くした。謝罪の必要など無い。
 それに、謝らなければならないのは俺のほうだ。俺の不注意で、君の大切な部下を四人も死なせてしまった。
 俺の愚かさの代わりに、命を差し出さなければならないほど、彼らは罪深かったはずがない」

 そして、立ち上がったマクスウェルは、ミレイと四人の遺体に対して、深々と頭を下げたのだった。

「すまなかった」

「マ、マクスウェル様……」

 ミレイがマクスウェルの真摯さに心動かされながらも、頭を下げられてどうしてよいかわからず、視線をあちこちに向けながら、マクスウェルに頭を上げるように言おうとした直前、その背後から第三者の声がかけられた。

「マクスウェル様」

 声をかけてきたのは、ミズキである。その声を確認して、ミレイは慌ててマクスウェルの正面から脇に移動した。
 ミズキは、ミレイの部下の一人に、敵の遺体を持ってこさせていた。
 ミレイとは視線が重なったが、ミズキは一礼をしただけで、すぐに視線をマクスウェルに向ける。

 ミズキは、ミレイよりも三歳ほど年上である。二人は互いを積極的に嫌っているわけではなかったが、明らかに互いを苦手としていた。
 ミレイは、ミズキのとりつく島のない冷静さに対して、どう対応してよいかわからなかったし、ミズキは、ミレイの持つ華々しさに、自らの感性とは相容れぬなにかを感じ取っていた。
 共に、戦争当時はマクスウェル直属として、ミレイは表で、そしてミズキは裏で、様々に活躍した、戦勝の立役者である。互いの実力には敬意を表していたし、互いにオベル王家とマクスウェルに対する忠誠心に偽りはなかったが、だからと言って、必ずしも道が交わるとは限らないのだった。

 そして、それを理解していたから、マクスウェルも、そんな二人の関係に対して言及はしなかった。
 マクスウェルが言及したのは、ミレイの部下が抱えていた遺体についてである。
 それは、マクスウェルらを襲い、返り討ちにあった「敵」の遺体だった。

「ミズキさん、それは?」

 その言葉を受けて、ミズキは、その部下に視線で合図して遺体を地面に寝かさせた。

「マクスウェル様、これをご覧ください」

 言いながら、部下は、遺体が頭に巻いていたバンダナを取ってみせる。
 その額には、特徴的な三角形の紋様が刻印されていた。

「これは、ナ・ナル島の住人の証の……」

 ミレイが驚いたように声を上げる。ミズキが、説明を加えた。

「確認できた八十三の遺体のうち、六十八に同様の刻印が見られました。
 これは、マクスウェル様を襲撃した敵の大半が、ナ・ナル島の住人であることを意味しています」

「そんな……」

 悲鳴に近いミレイの声を耳に入れながら、マクスウェルは考え込む。
 元々、ナ・ナルは保守的で、かつ攻撃的な気質の土地である。先の群島解放戦争でも、結果的には解放軍に参加したものの、最初は敵であるクールークに与し、解放軍の首魁であるマクスウェルとリノ・エン・クルデスを窮地に陥れた。
 だが現在は、前島長の長子であるアクセルが島長を継ぎ、渋々ながらも、群島諸国連合に参加している。
 そのアクセル新島長は、マクスウェル達と共に戦争を戦い抜いた間柄であり、彼がその地位を保っている間は、少なくとも表立ってナ・ナルが連合から離脱することは無い、というのが、オベル首脳部の思惑だったのだが。
 どうやら、かなりの修正を施さなければならないようだった。

 そしてミズキは、薄々とナ・ナルに感じていた危険性をぬぐい切れず、リノ・エン・クルデスの護衛を同胞であるアカギにまかせて、自らは独断でナ・ナルの調査に専念していたのだった。

「で、ではミズキ殿は、それをマクスウェル様に伝えるために、この島を訪れたのですか?」

「そうです」

 ミレイの問いに、ミズキはこともなげに、かつ無表情で応じる。

「国王陛下よりも先にマクスウェル様に、ですか」

「陛下の周囲にはアカギが詰めています。しかし、マクスウェル様はお一人。
 なにかあった場合、陛下の裁可を得にオベル本島に戻っていたのでは間に合わないと、私が判断しました」

 そしてミズキは、その表情の無い視線をミレイに向けて、断言した。

「それに、ラマダ様の最後の命でもある。私の忠誠は常に、オベル王家よりも先に、マクスウェル様の下にあります」

「…………………!」

 ミレイは思わず絶句した。一国の家臣として、これ以上に危険な発言もなかろうが、むしろミズキは、無表情で、それが当然であるかのように、冷然と言ってのけたのだ。
 思わず何かを言いそうになったミレイを、マクスウェルが制した。

「恐らく、ミズキさんが懸念していたことを、陛下も気づいていたのだと思うよ。
 群島諸国、そしてオベルに対して弓を引く場合、罰の紋章を持っている俺を、まずどうにかしたいのは、当然の考え方だ。仲間に引き入れるか、幽閉するか。あるいは……殺すか」

 ミレイがはっとしてマクスウェルの顔を見るが、ミズキが彼の声を継いだ。

「私が帰ってこないので、最悪の場合を憂慮して、陛下はミレイ将軍をこちらに寄越したのだと思います。
 マクスウェル様を、敵の手にかけさせないためにも」

「そして、より最悪の場合、俺が殺されても、この罰の紋章が敵の手に渡らぬように、か……」

 マクスウェルは、彼らしくない皮肉を思わずもらした。この呪われた紋章を抱いたまま、彼は孤独に生活するつもりだった。
 だが現実は、常に彼の希望を裏切る。それは、この紋章を宿してしまってから、戦前も、そして戦後の今も、変わりない。
「許し」の期間に入っても、呪われた紋章としての本質は、どうやら失われてはいないようだった。

「マクスウェル様……」

 若き英雄の、凄愴な表情を見るに耐えず、ミレイは思わず絶句した。
 いったい、この方が何をしたというのだろう。何の罪で、このような過酷な運命を背負わなければならないのか。
 それを彼に課した何者かを、彼のために呪わずにはいられなかった。たとえそれを、マクスウェルが望んでいないとわかってはいても、ミレイはそうせざるをえなかった。

 ミレイの一言に我に返ったマクスウェルは、二人に正対した。

「ミレイ、ミズキさん。とりあえず、オベル本島に戻ろう。
 陛下にご報告申し上げなければならないし、今後の対策も協議しないといけない」

 そうなると、マクスウェルも、ミレイも、ミズキも、部外者を気取るわけにはいかなくなる。再び運命の波が、彼らを包もうとしていた……。

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(初:08.08.20)