WARNING!!
この小説は、意味不明、かつ誇大な表現を多数含んでおり、原作ゲームの趣旨から大きく外れている、あるいは、読後に麗しくない感情を覚える可能性があります。
読まれる場合には、その点を充分にご理解ください。
また、本作に登場する人物・団体・屋号・商品名などは、現実・原作のいかなるものとも、一切関係ありません。
夏。周囲を大海に囲まれた島国オベルの夏は、熱気に包まれ暑苦しく寝苦しい日々が続いている。
誰もがその自然条件に文句をつけつつも、小さな人間の力では大自然に対抗などできぬことも知っており、大半の人間は避暑のために小さからざる努力をなし、心の中で夏の神を半殺しにしながら眠りにつく。
寝苦しい夜に見る夢にうなされる人間が多いのは、空想世界で半殺しにされた神々の、ささやかな復讐であろうか。
そして、良く晴れたこの夜、この小さな部屋の住人も、呻いていた。それは暑さによるものか、悪夢によるものかは、当人にすら分からないであろう。
一人暮らしの、その住人以外には存在しないはずの「第三者」には尚更のことである。
だがこの夜、そこには存在しないはずの、そして存在してはならないはずの「第三者」が、存在しえた。
それは、まるで蜃気楼のように空中から出現した。
姿かたちは普通の人間女性であるかのように見える。長く黒い髪を腰までたらし、静かで落ち着いた面持ちをしているが、その瞳は閉じられたままだ。
その女性は、姿かたちこそ普通の女性であった。だが、もしもこの状況を目視して、その女性を普通の女性であると判断する人間は、まずおるまい。
なにせ彼女は、空中から湧き出るように現れ、柔らかな光に包まれながら、空中に浮いているのである。
その女性が口を開いた。
「突然現れたことを、どうか許してください」
空中に浮かんでいる女性からいきなり言われて、許す人間が実際にいるかどうかは微妙なところだが、その女性は構わず続ける。
「私の名はレックナート。真の紋章を見守る者。バランスの執行者と呼ぶ者もいるようです。……が」
誰に聞かれることも無く自己紹介を始めたその女性──レックナートは、だが、やや不満そうな感情を、一瞬口元にひらめかせた。
彼女が自己紹介を向けた相手は、失礼にも深い眠りについたまま、目を覚まさないのである。レックナートが真の紋章の【関係者】に【夜這い】をかけたのはこれが幾度目かのことだが、完全に寝無視(?)されたのは初めてのことだった。
普通の人間ならば諦めるところであろうが、レックナートには大変失礼に思われたようである。
だが彼女は懸命にもその感情の発露を一瞬で引っ込め、改めて口を開いた。
「私の名はレックナート。真の紋章を見守る者。バランスの執行者と呼ぶ者もいるようです」
同じ言葉を繰り返してみたが、結果も繰り返された。自己紹介されたほうは、したほうの思惑を無視して、掛け布団代わりのタオルケットを抱きしめ、ときおりいびきと軽い呻きを発しながら、さして甘美でもない夢の世界から出てこようとはしなかった。
その人の 名をミレイという。オベル王国海軍最年少の、そして唯一の、女性将軍閣下であった。
もともと、南国に属する土地にしては珍しく、オベルの夏は気温、湿気の双方が高い数値を示すため、慣れない人間にとっては、お世辞にも過ごしやすいとは言えない状況なのだが、このミレイにとっては、この夏は特に過ごしにくいものとなっていた。
今夏は、ミレイが将軍位を得てちょうど一年になる。
多分に偶然が作用した結果とはいえ、血統に寄らず、ミレイが実力で勝ち得た指令官職であり、更に彼女自身が真面目で潔癖な性格であることもあって、その事実と職務の遂行態度にあたっては、他人からなんら批難されるべき事実など存在しない。
しかし、女性であり、更に18歳という若すぎる成功者に対して嫉視反感が向けられるのは、どこの世界でも同じであった。
ただでさえ、一回りも年上で、一回りも背の高い男たちを部下として制御しなければならない職務自体がストレスの元であるのに、
「女のくせに」
「若すぎる」
「完璧超人すぎる。こんな女がいるわけない」
「つーか、CGじゃねーの?」
……などという陰口は、真面目なミレイにとっては、存在そのものが非常識であり、重かった。
さらには、
「将軍の職務への真摯さ、忠誠心は認めよう。その実力、美貌を認めることも、やぶさかではない。
だがしかしッ!! 将軍の18歳という年齢を「少女」というカテゴリーに収めることは断固として認めることはできず、したがって将軍を「美少女」と称することに対して、我々は確固たる決意を持って拒絶の意を示すものであるッ!!
こんなことなら「シスプリ」の世界から出てくるのではなかった!! 我々のドキドキ感を返せ。ウワァァァァン!!」
「【 18歳 】ではなく、【 18禁 】なら、いくらでも支持したのだが、無念なことだ」
……などと、ミレイにとってはもはや何を言われているのかすら理解不可能な批判(?)もあり、彼女のストレスはたまる一方であった。
「罰の紋章」を持つ同僚のマクスウェルや、ミレイの上司に当たるオベル国王リノ・エン・クルデスからは、そんな批判など意に介する必要は無い、無視していればよい、などとアドバイスされ、表面上は超然たる態度を保っているミレイではあったが、内心ではあふれ返るストレスの海に溺死寸前の状況であったのである。
そして、そんなミレイにとっての唯一の安息の時間が、睡眠であった。今日も、本当ならゆっくりと風呂につかる時間もあったのだが、帰宅するなりベッドに身体を投げ出し、夕食もとらずにそのまま夢の世界に旅立ってしまっていた。
元来、ミレイはそんなに生活態度・寝相ともに悪いほうではないのだが、山積する仕事と疲労とストレスがそうさせるのか、最近では、服を脱ぎ散らかしたままの下着姿で、大いびきをかいて寝入ってしまうことも少なくない。
彼女が心酔しているマクスウェルなどには、絶対に見られたくない光景であろう。
だがそれは、あくまでミレイの私生活上の乱れである。彼女以外の他人が、感情を荒げるようなことではない。あえて言えばミレイの友人たちが、心配と呆れを籠めて忠告する程度である。
だが、レックナートにとっては、その程度で済む問題ではなかったようである。真の紋章を見守る役目をボランティアで負っている彼女としては、その重要な役目のためにわざわざ訪れた、客である自分に対して、このような礼儀にもとった寝相を見せ付けられるのは、充分に立腹に値することであった。
午前2時になんのアポも無く、いきなり空中に現れた、知り合いでもなんでもない訪問客に対して、礼を尽くさなければならない必要性がミレイにあるかどうかという当然の議論に対しては、レックナートは沈黙を守るのみである。
「むしろ通報されなかっただけありがたいと思え」
……とは、後日のミレイの談であり、こちらのほうが一般的な感情に近いのではあるまいか。
だが、レックナートにとって重要なのは、話をすることであった。そのためには、とりあえずでもミレイに目を覚ましてもらわないと困るのだった。
レックナートは礼を尽くし、今一度、同じように語りかけてみたものの、返ってきたのは、やはりミレイのいびきと寝返り姿であった。
もしもレックナートが若い男性であるのなら、ミレイのこのようなしどけない姿を見せつけられれば、理性の箍を瞬間的に弾き飛ばして、性的な意味でシャレにならない展開になるのであろうが、残念ながらというべきか、幸運にもというべきか、レックナートは若い男性ではなく、ミレイと同年代の女性でも無く、彼女よりも遥かに年上の女性だった。
外見上の話であれば、両者の年齢差は20歳ほどにしか見えないが、ミレイが太陽暦286年生まれなのに対し、レックナートが門の紋章を持ってウィンディーと共にハルモニアの虐殺から逃走したのが、太陽暦70年のことである。つまり両者の年齢差は、最低でも216歳はあるのだが、真の紋章が絡むとこの世界はとたんになんでもアリになってしまうので、そのあたりのツッコミは不可能であり無意味であるのだった。
ともあれ、レックナートは最低でもミレイより216歳も年上なのであり、そう特殊な性癖の所有者というわけでもないので、基本的に若い女の色気や人気には腹が立つのだが、「他称」なりとも「バランスの執行者」などという大仰な異名を頂いていることもあり、ここは紳士的にミレイの起床に勤めることにした。
空中に浮かんでいたレックナートは、ふわりと地面に降り立った。それと同時に、彼女を覆っていた淡い光が消えた。存在しない第三者の視点があれば、この時点で初めて、レックナートに人間的な生命力を感じたかもしれない。
そうして実体化レックナートは、紳士的にミレイに目を覚ましてもらうために、
その長い髪を空中に舞わせ、まるで蝶のように、ミレイのベッドに向かってジャンプしたレックナートは、
「バランス執行ギロチンドロップ!!」
その白く長い脚を、神のような正確さでミレイの首に叩き落した。
凄まじい音がミレイの寝室に響き渡ったあと、沈黙が部屋を多い尽くす。
綺麗に技を極めたほうは気分爽快で、小さくガッツポーズすら出たが、叩き落されたほうはたまったものではなかった。
「んげっ!!」
という、なんとも表現しづらい悲鳴を上げたあと、ミレイは一言も発しなかった。
レックナートは、目を覚ましたミレイが、清楚に抗議してくるのではないかと、静かに起き上がりながらベッドのほうに目を向けた。
その反応を期待されたミレイのほうは、白目を剥き、首をありえない方向に曲げたまま、なんの反応も見せなかった。
「………………………………………………………………」
無言のまましばらくミレイを見下ろしたレックナートは、小さく首を振った。そして、呟く。
「……さようなら……」
逃げた。
午前4時。ミレイに割り当てられたオベル王国海軍の将校用の宿舎は、深夜の珍客を迎えても尚、なんとか静かな空気を保っている。
あれから色々とあり、なんとか目を覚ましたミレイは、心当たりのない首の痛みに疑問を感じながらも、礼儀正しく深夜の非礼な客を丁重に迎えた。
レックナートは、まさかミレイを目覚めさせるために、もう一発ギロチンドロップを極めた、などとは口に出せず、ミレイに出された茶を、丁寧に礼を言って、実はずうずうしく、上品に口をつけている。
「それでは、ミレイさんは私のことをご存知なのですか」
レックナートの問いに、ミレイはしきりに首を気にしながらも、応えた。
「はい。群島解放戦争の折、テッドさんの事件に関して、マクスウェル様とリノ・エン・クルデス陛下が霧の船に立ち入られたさい、私も同行させていただきました。
その時に、レックナート様にお会いしています」
「霧の船……そんな事件もありましたね……」
遠い目をしながら、レックナートは遠い記憶を懐かしむように呟いた。
実際のところ、その事件で覚えていることといえば、「導師」というにはあまりにも怪しすぎる「霧の導師」の風体と、それへの反動からか、可愛さ129%アップでレックナートの心を
「あの時は一瞬のことで、不幸にもレックナート様と知己を得る機会に恵まれませんでしたが、さて、今宵はどのような御用でお伺いいただけたのでしょうか?」
あくまで真面目で常識的なミレイである。
レックナートは超然たる態度を装いながらも、心の中では考えあぐねていた。
果たして、本当のことを言うべきであろうか?
「罰の紋章を見守る」と称して、マクスウェルに夜這いをかけすぎて出入り禁止を食らい、ヒマだから、たまたま近くに家があったミレイのところにきた、などと、本当のことを言うべきであろうか?
(いや、言うべきではない)
レックナートの冷徹な頭脳は、様々な可能性を考慮した結果、そう結論付けた。
まずミレイは常識人である。今は年上である自分に敬意を表して、儀礼を守って接待してくれているが、彼女と、彼女が敬愛するマクスウェルに対して、度を越した失礼があったとわかれば、例え200歳以上年上といえど、容赦はしないであろう。
忘れてはならない。ミレイはうら若き身といえど将軍という役職に就いているのである。その意思さえあれば、権力という名の超必殺技を、彼女はいつでも放つことができるのである。
反面、レックナート自身には負い目がある。マクスウェルに夜這いをかけまくったり、ミレイに
ギロチンドロップを二発も叩き落した、という事実が、彼女を弱気にさせた。
このあたり、【罰の紋章】は怖くないけど【権力】は怖いという謎の価値観が、レックナートの次の一手を決めさせたのである。
レックナートは言った。
「私には負うべき役目があります。真の紋章を見守る、【バランスの執行者】としての責務がそれです」
二杯目の茶を自分のカップに注ぎながら、ミレイは真剣な表情で聞いている。彼女に関係がある「真の紋章」といえば、マクスウェルが宿している「罰の紋章」しかありえない。
だが、レックナートが続けた言葉は、ミレイの予想の遥か斜め上へ飛んでいった。
「製作者サイドがあまりにも一人のキャラに傾倒しすぎるのは、シナリオバランスの面でも、ゲームバランスの面でも、決して幸福な結果を齎さすことはない、ということは、過去のクソゲー、バカゲーの例からも明らか。
それを避けるためにも、私には、【罰の紋章】を持つ主人公マクスウェルと、そうでない脇役の皆さんを、バランスよく見守らなければならない、あるいは、他の脇役の皆さんにもスポットライトを当てなければならない責務があるのです」
腕を振り上げながら熱く語り終えて、レックナートは残った茶を一気に飲み干した。
力の入った熱弁ではあったが、真実のところは、口からでまかせ、嘘八百もいいところである。
実際、このオベルには、ミレイのほかにもリノ・エン・クルデス、トリスタン、ジェレミー、ユウ、キャリーなど、レックナート曰く【脇役の皆さん】が多く住んでいるが、レックナートがその存在をかろうじて覚えていたのは、リノ・エン・クルデスと、常にボディガードとしてマクスウェルの傍にいたミレイだけである。
レックナートに言わせれば、「悪役を入れれば108人以上もいるのに、全員覚えていられるかッ!! 常識で考えろ常識でッ!!」ということになるのだが、そのような不覚悟では、残念ながら言葉に真実味を完璧にまぶすことは不可能だったようだ。
レックナートも、ミレイを完璧には説得し切れなかったことを理解した。
「ご理解いただけましたか?」
ミレイは怪訝な表情を浮かべたまま、首をひねった。
「はあ、なんとなく失礼なことを言われているな、ということは分かりました」
声を低めて呟いた。
改めて考えて見なくても、当たり前である。
まったくの他人から
「お前はあの
などといきなり言われて、
「さすがレックナートッ!! 私たちには言えないことをあっさりと言ってのける!! そこにシビれる、あこがれるゥッ!!」
などと感動のあまり我を忘れる人間が、どこの世界にいるだろうか。
それに、レックナートの主張そのものにも、違和感を感じる。
「製作者サイドがあまりにも一人のキャラに傾倒しすぎるのは、シナリオバランスの面でも、ゲームバランスの面でも、決して幸福な結果を齎さすことはない」という主張には、ほぼ同意するが、果たして自分が出演した「幻想水滸伝4」は、それに当てはまるのか?
事実はほぼ真逆であり、派手なところがなく、内容そのものがあまりにも淡白だったことが、「4」の最大の問題点ではなかったのか?
これらの疑問点を、ミレイは放っておくことができなかった。
せっかく、主張者自身が目前にいるのだから、レックナートに疑問をぶつけないという選択肢はない。
そして、彼女の疑問を受け止めたレックナートの表情を、ミレイはしばらく忘れないだろう。
レックナートはしばらく無言だったが、あえてその表情を言語で表現すれば、「しまった!」、「忘れていた!」のいずれかであろう。
ミレイの表情がますます険しくなる。
「レックナート様、まさかとは思うのですが……」
そう前置きしておいて、ミレイは決定的な疑問、レックナートにとってはトドメとなるべき疑問を呈した。
「ご自分が出演なさった「4」を、プレイしていないのではありませんか!?」
「うわぁッ!!」
レックナートは顔を真っ青にすると、勢いよく立ち上がってミレイから顔を背けた。そして、細かく身体を震わせ始めた。
動揺している。思いっきり動揺している。その状況が明らか過ぎて、ミレイにとっては逆に怪しすぎた。
ミレイを困惑させたのは、その状況からレックナートがいきなり泣き叫び始めたことである。
レックナートは身体をよじり、大粒の涙をその閉じた瞳から流しながら、慟哭をあげた。
「HEEEYYYYY!! あンまりだァァァァッッ!!」
レックナートは、大声を上げて派手に泣いていたが、それも三分ほどの出来事だった。
呆気にとられるミレイの前で突然、泣き止むと、むしろスッキリとした表情で、ミレイの前に座りなおした。
「ふぅ、スッキリしました。
私はウィンディーに比べて、チと荒っぽい性格でしてね。ブチ切れそうになると、泣きわめいて落ち着くようにしているのです。
さて、なんの話でしたっけ?」
なんの話だ、と質問したいのは、むしろミレイのほうであったが、これだけ豪快に状況に置いていかれると、むしろ爽快ですらあった。意味がわからなすぎて、逆に快感すら感じる。
目の前で展開されている現実をキッパリと遮断する術を、このとき初めて、彼女は得たようである。
ミレイ自身、まだ知る由もないが、この経験がこの後、長きに渡ってレックナートと接していく中で、大いに役立つことになる。
「はあ、レックナート様が「4」を未プレイなのではないか、という質問なのですが」
その疑問を、レックナートはきっぱりと否定した。
「途中で投げましたが、プレイはしています。あまり印象に残っていないのと、「ティアクライス」のやりすぎで忘れていただけです」
「途中止めで、しかも忘れたんかい……」
【バランスの執行者】を名乗るにはお粗末な結果に、ミレイは明らかに落胆の表情を見せたが、レックナートはそんな彼女に優しく語り掛ける。
「ミレイさん、こういう話を知っていますか?」
「?」
「セガ・サターンを代表する名作「サクラ大戦」の主人公・真宮寺さくらを演じた声優、横山智佐さんが、こういう言葉を残しています。
「サクラ大戦は、私にとっては難しいゲームだった」と……。
つまり、ゲーム内での重要人物であるという事実と、そのゲームがクリアできるという事実は、まったく別の問題なのです……」
相変わらずレックナートが何を言っているのか、ミレイにはさっぱり分からないが、とりあえず理解できる範囲で、再び疑問を出してみた。
「しかし、我々と、我々の中の人とでは、また事情が異なるのではないでしょうか?」
突然、レックナートは乱暴にテーブルを叩き、声を張り上げ、ミレイを驚かせた。
「中の人などいない!!」
もうメチャクチャであった。
「理不尽」という言葉を遥かに通り越したこの「横暴」には、さすがのミレイも対処不可能であった。いっそのこと、この場で扼殺してやろうかとすら思ったほどである。
だが、声を引きつらせながらも、ミレイはあくまで最後まで礼節をもって、目の前の偉人(あらゆる意味で)に対応しようとした。
「レックナート様の御主張は、理解は不可能ですが承りました。それで結局、レックナート様は、私にどうしろと仰りたいのですか」
「そうですね……」
そのしなやかな指を、そのか細い顎に当てて、レックナートは数秒ではあったが沈思した。
レックナート本人は、同性であるミレイが一瞬、言葉を失ってしまうほどの美人である。
しなやかな身体、長く美しい黒髪、落ち着いた雰囲気と容姿。女という生命が持つべき美しさの要素を、ほぼ全て手中にしており、ミレイとしては羨むことしかできない。
レックナートにとっての問題点は主に、その美しい外見から皮と頭蓋骨を挟んだ中身に集中してしまっていたようである。
しばらく考えた後、レックナートは立ち上がると、静かにミレイの元に近づいた。
そして、ゆっくりと自分の顔を、ミレイの顔に近づける。レックナートに劣らず、ミレイの容姿も、十分に及第点は突破している。「美しさ」と「可憐さ」のちょうど中間点に位置するであろう、絶妙な「危うさ」が、その若さに彩を添えていた。
そのミレイの細い顎に、これも白く細い、レックナートの指が添えられる。その余りの「近さ」に、同性ながらミレイは胸の高鳴りを感じ、頬をうっすらと赤らめた。
だが、レックナートが次に発した言葉は、ミレイのすべての予想を見事にブッ千切った。
「記憶を失えェェェいッ!!」
常軌も常識も逸しているとしか思えないレックナートの雄たけびを聴いた瞬間に、ミレイの五感は断ち切られた。彼女は、自分が最後の瞬間になにをされたのか、後々までわからなかった。
レックナートの顔が一瞬、後方に引いた次の瞬間、その細い身体からは想像もできないほど強烈な上半身のバネを効かせて、ミレイの顔面に強烈なヘッドバットを叩き込んだのである。
これこそ、後にレックナートの代名詞となる「真・門の紋章」魔法Lv.4、「バランス執行ヘッドバット」(敵単体に基本ダメージ1300、10%の確率で即死)の原型であり、歴史上に確認できる、記念すべき一発目であった。
だが、その記念すべき一発を食らったほうのミレイはたまったものではない。食らった瞬間に意識を断ち切られた彼女は、「んヴぃふぇ!」という、放送コードギリギリの悲鳴を上げながら、グルンとイスごと空中で一回転し、そのまま非情にもベッドにたたき付けられた。
物理法則を完全に無視した、格闘ゲーム並みの吹き飛びダウンであるが、この状況の場合は、それを可能にした、レックナートの上半身を賞賛すべきであろう。紋章はまったく関係ない。
レックナートは、理不尽にもベッドで失神させられたミレイを、悲しそうな表情で見下ろしながら、つぶやいた。
「この私が登場作品をクリアしていないということは、コナミ上層部も知らない秘中の秘……。
それを知ってしまった以上、ミレイさんにはなにもかもを忘れていただかねばなりませんでした」
半分以上は自分から告白したのではあるが、そんなことはレックナートにとってはどうでもよいことのようである。
そして、レックナートの閉じられた瞳から、一筋の涙が頬を伝い落ちる。それを、そっと指でぬぐった。
「それもこれも、すべて、罰の紋章がこの世界に齎した影響なのですね」
話し相手が失神しているのをいいことに言いたい放題であるが、レックナートとしては大真面目だった。
「どんな悲しみをものりこえて、私はその世界の潮流を、見守り続けなければなりません。
それこそが、【バランスの執行者】として、私に課せられた使命なのですから……」
もっともらしいことを、もっともらしい口調で言い終えたレックナートは、この場では満足したのか、小さく頷いた。
そのとき、そのレックナートの身体に変化が起こった。少しずつ、その身体が透け始めたのだ。そして、まるで重量を失ったかのように、ふわりと浮き上がった。この部屋に最初に現れた時と、同じ状態である。
そして。その身体は、空気に溶け切り、消え去った。時刻は、午前六時になっていた。
結局この日、ミレイは将軍就任以来はじめて、軍務に遅刻した。激しく痛む首と頭を抑えながら、果たしてあの真夜中のエピソードが、悪夢なのか、それとも性質の悪い現実なのか、後々までミレイは判断がつかなかった。
(to be continude ... ?)
自分で言ってはいけませんが、はっきり言って、意味がわかりません。
レックナートを主人公にした小説を書いてみたい、と思い始めて書いてみたらこんなになりました。
おっかしーなー?
(初:09.02.20)