桐島カンナの憂鬱 (大分方言版)

 時計の針が午後五時を指すちょこっと前。
 大帝国劇場の地下にあんトレーニングルームで、空手の胴着に身を包んだ桐嶋カンナは息を切らせて座り込んでいたけん。
 たったさっきまで、彼女は空手の組み手に勤しんでいたけん。彼女の相手をしちょった男は、もうその場にはおらん。

「お疲れ様、カンナ」

 座り込むカンナの前で、彼女ほどやねーが、これまた大柄な金髪の女性が、カンナを覗き込んで微笑みかけたけん。
 カンナの長年の親友、マリアや。

「今日も程よくやられちゃったごたるね、隊長に」

 微笑んで言いながら、マリアはカンナに冷たい水の入ったカップを手渡したけん。

「まるっきしや。気持ちいいほどやられたね」

 カンナも笑いながらそれを受け取るっち、豪快に飲み干す。
 体中に冷たさが行き渡るのがわかる。疲れきっちょったからだには、有難い。
 カンナは息を整える。本来は空手の達人に相応しい体力の持ち主であん。少々の疲れならば、回復も早い。

「なあ、マリア」

 カンナは真面目な表情を作っち、マリアに向き直る。

「なに、カンナ?」

「あたしは、ちっちゃい頃から父親の教育で空手一筋やったけん。
 おかげでちぃーと『女らしさ』には疎いけど、でんこつ空手に関しちはだれにも負けん自信があんし、その誇りもあん」

 マリアは、カンナの独白とも思える言葉を、静かに聞いちょん。

「でん、それでん隊長にはかなわんで。
 隊長のこつはすいちょるだし、尊敬もしちょん。
 でん……」

 カンナは水の入っちょったカップを静かに床に置く。
 ほんで、ちぃーとだけ俯いたけん。

「やっぱり、空手で負くんのは悔しい……」

 呟きに等しい、それは声やったけん。
 マリアは何も言わんと、カンナの隣に座る。

 彼女らが所属する特殊部隊―帝国華檄団―の隊長は、大神一郎ちう名の青年やったけん。
 海軍士官学校を主席で卒業し、同時に少尉待遇でこん部隊の隊長としち着任した、いわばエリート軍人や。
 年齢はカンナやマリアと同年代。二十歳をちょこっと超えちょん。

「のぉ、マリア」

 カンナは、マリアんしを向かんと同じフレーズで彼女に話をふる。

「なに、カンナ?」

「隊長は……、今までん、どげんな過去を送っちきたんやろうな。
 どげんな風に生活したら、あげなに強くなれるんやろう……」

 それは、カンナだけやねー、花組の他の隊員も、薄々持っちょん疑問やったけん。
 隊員が大神について知っちょんのは、出身県と士官学校主席卒業、ちうこつぐらいで、その間に彼がどげんいう生活を送っちきたのか、だれも知らなかったけん。
 大神は自分から話そうとしなかったこつやねんし、隊員も遠慮しち進んで聞くこつもなかったけん。

 大神自体は、やや優柔不断な傾向はあんが、普段は真面目な普通の青年であん。
 ただ、格闘をさせちも剣をとらせても、無双の使い手やったこつやねんし、戦闘の指揮をとらせても、それは冷静の一言につきたけん。

「あたいは知りたい。隊長の過去やない、隊長の強さの秘密を」

 カンナは呟く。
 やけど、それにはマリアは答えなかったけん。
 マリアにはなんとなくわかっちょったのや。
 大神の雰囲気は、自分に似ちょん。小さい頃から、幾多の戦場を経験しちきたマリアと、なにかしら通ずるものがあん。
 やけど、それも恐らく大神のじぇんぶやねーやろう。大神にはもっと深く複雑な何か、―恐らくはそれが大神の強さの源泉―を、マリアは洞察しちょったけん。

 その時、壁掛け時計が、五時の鐘を鳴らしたけん。
 マリアは、「あ」と思い立っち立ち上がったけん。

「忘れてたわ。かすみが、みんなでおやつにしちょくれなっち。それであんたを呼びにきたのよ」

「お、いいなあ。ちょうど腹が減っちたとこや。おいしく頂くとすんかえ」

 カンナは大きく伸びをすんと、すっくと立ち上がったけん。
 いっつんと同じ夕方のひと時が、静かに過ぎ去っちょったけん。

(fin)

COMMENT

 同日公開の「聖域」とともに、10年以上前の同人誌からの再録。「大神さんが謎の人物だった」シリーズその3(その1は「夢の終わり」)
 ちょうど2014年6月にPS2の「サクラ大戦物語」を遊んでサクラ熱が再燃していたので、昔の原稿を引っ張り出してきたしだいです。
 時期的には「サクラ1」と「2」の間くらいの出来事ですが、なんで大分方言で書いたのかは、今となってはわかりません。

(初:2002.08.26)