少年がそこにいた。
歳の頃は、十五、六だろうか。鮮やかな緑のバンダナをした、利発そうな少年だ。
夜の静けさに溶け込むように、じっと夜空を見上げていた。
ここはトラン共和国にあるコウアンの街外れ。
少年が座っている丘からは、その街並みがもう見えている。日は完全に沈んでいるが、まだ宿は開いているだろう。
しかし、少年はあえて野営をする事を選んでいた。
「シエラさん」
唐突に振り返り、少年はその名を呼ぶ。声は闇へと向けられていたが、その影の中から一人の少女が現れる。
青と白の衣装に身を包んだ、一人の少女が。雪のような白い肌と、触れれば壊れてしまいそうな、小柄な体。
その容貌は、まさに可憐といってもいいだろう。
だが――――――
「気付いておったか」
鈴の音のようなその声は、いささか時代を感じさせるものであった。
シエラと呼ばれた少女は、先ほどとは打って変わって、気配を振りまいて少年へと近づく。
「半信半疑でしたけどね」
「……面白くないのぅ」
少年が頬を緩めて言えば、シエラは言葉通り、顔を顰めて呟いていた。
「グレミオは?」
「既に眠っておる」
少年の隣に座りながら、シエラは答える。
「起きておったら、また騒ぎ出しているであろう?」
「あはは、そうですね」
グレミオとは、少年の付き人の事だ。少年が物心つく頃から世話をしていた、いわば育ての親といったところか。
何よりも少年の事を大事に思っているので、姿が見えなくなれば、それもう心配する。
「で、何をしておる。眠れぬのか?」
「まぁ、そんなところです。シエラさんは?」
寝ていたのでは、と少年は語尾を上げて確認した。それを、シエラは軽く鼻で笑う。
「ふん、わらわが野で寝れるわけがなかろう」
「そうですね」
何を馬鹿な事を、と言いたげなシエラに、少年は苦笑した。だったら、何で一緒に居るんだろうか。そう思いはするが、口にはしない。
猫を被っていないシエラに口答えしても、意味が無いのだ。その事を少年は、身を持って知っていた。
「だったら、宿に行けば良かったのに」
「ならば、何故お主達はそうせんのじゃ?」
質問で返されれば、少年は言葉に詰まる。押し黙る少年を見て、シエラは勝ち誇ったように笑った。
「自分の国で肩身が狭いのは、どうかと思うがのう」
「別に僕の国じゃないですよ。ここは皆の国ですから」
「……お主は謙虚じゃのう。あの熊にも見習わせたかったものじゃ」
「あはは」
そう、少年には宿を取らない理由があった。取れないというべきか。
もう何年前になるのであろうか。一つの帝国が滅び、新しい国が興った。
その国が、他ならぬこの大地。トラン共和国。
解放戦争とも呼ばれる戦い。多くの星の下に集った戦士たちを率いて、駆け抜けた少年が居た。
様々な苦難を乗り越え、英雄として称えられた少年が居た。
だが、それも過去の話。
自分たちを導いてくれると思っていた英雄は、戦争が終わると同時に姿を消していた。
英雄の行方を知る者は、ほんの一握りの人間だけで。それも今は、隣に居る少女と、向こうで眠る青年のみになっていた。
「誰も気付かんとは思うがな?」
「……でしょうね」
自分を見つめるシエラに、少年は小さく微笑む。
あの戦乱から、幾年も過ぎ去った。その傷跡は今は無く、全ての人は平和を謳歌している。
だからこそ、少年は終わりの無い旅へ出た。
「未だ気がかりか。その紋章が」
シエラの一言に、ピクリと少年の眉が動く。
「何を気にしておる。それが真に呪いであれば、とっくに付き人は消えておろう」
指摘される事実に、少年はまた頬を緩めた。
そして、自身の右手―――――その甲を見つめる。
「お主の姿を鮮明に覚えている者も、数えるほどいるかどうか」
シエラは少年から視線を外し、空に浮かぶ月を見上げた。
「辛いか? この運命が」
そう問いかける声は、今までよりも少しだけ優しい。同じ運命を持つ者としての思い遣りか。
例え、誰が今のシエラを見ても、その口調に違和感を持つ人間は居ないだろう。それほどに、今のシエラの横顔は相応しいものになっていた。
「わかっています。これが呪いだけじゃない事も」
同じように月を見上げ、少年は答えた。
「本当に呪いの紋章なら……あの国を変える事も、皆を助ける事も、出来なかった」
「そう、お主が持つのは生と死を司る紋章なのじゃから」
ソウルイーター。それが、少年がその右手に宿す紋章の名だった。
真の27の紋章の一つ。だが、今まで誰もその本当の姿を知ることはなかった。
「死を食らうだけではない。それはお主が一番わかっておろう?」
「……そうですね」
二人は一緒に闇へと視線を送る。その先には、この会話に気付かず眠り続けるグレミオの姿があった。
「延命を生をと言うならば、わらわの紋章も、他の者もそうであろうが」
今度は呆れたように、シエラは言った。例外もあるが、真の紋章を持つ者は不老の体となる。
シエラの少女らしからぬ口調も、それが理由だった。
彼女もその一つである、月の紋章を宿す者なのだから。
「確かにその紋章は命を食らう。しかし、決してそのせいにしてはならぬ」
「紋章に翻弄される運命なんて馬鹿らしい、ですか?」
「わかっておるのなら良い。人は紋章に集ったわけでは無いのじゃから」
力強く笑うシエラに、少年も強く頷く。自分の時も、あの子の時も……星に導かれたからだけじゃない。
皆が強く願ったから。その手で掴もうとしたから。その想いは、決して紋章の力などでは無かった。
「まだまだ放っては置けぬのう」
「あ、心配してくれてたんですか?」
「……勘違いするでない。戯れじゃ」
意外そうに驚く少年に、シエラは顔を背けて返した。
だが、恋する少女のような照れ隠しではない。どちらかと言えば、孫を心配するような心境に近いのだ。
もっとも、シエラが苦手なのは、不意打ちの好意だったりするが。
「まぁ……お主らと居れば、猫を被る必要も無いしの」
「あはは、グレミオは驚いてましたよね。シエラさんの本性を見たとき」
「全く、器量の小さい男じゃ」
思い出し笑いを浮かべる少年に、シエラは顔を顰める。
グレミオほど大らかな性格の男性はそうは居ない。それもシエラにかかっては、この程度である。
この傍若無人ぶりこそが、シエラの真骨頂だった。
「さて、そろそろ戻るか? いつまでも此処に居ては風邪をひくぞ」
「そうですね。でも……もう少しここに居ます」
シエラは立ち上がってそう促すが、少年は首を振る。
姿は紋章を宿した時のまま。体は成長しないまでも、心は確実に育った。
それは自他ともに認めるだろう。
だが……少年は、まだまだ大人にはなりきれていなかった。
時折、こういう風に一人になるのも、その証だった。
そして、シエラは小さくため息をつく。
(やれやれ……これじゃから、目が離せぬというに)
「ならば、わらわも付き合おう」
「別に気を遣わなくても……」
「よい。戯れが続く事もあろう?」
そう言って、シエラは微笑んだ。その笑みは、歳相応の少女のそれで――――――
「……ありがとうございます」
「うむ、それで良い」
同じように笑う少年も、あの頃と変わりはしなかった。
(FIN)
いやー、スゲェ速度でございましたねぇ。何か遊びに行く度に、もう7万か8万か9万かっ! と驚いてましたのに。
今回、寄贈させていただいたのは、『幻想水滸伝T&U』より、坊っちゃんとシエラ嬢の会話です。
現在、Xの方をプレイされていると思われますので、最初の頃を思い出してもらえるかなーとか思いまして。
ぶっちゃけ、私はU以降はプレイしてないんですが。なんかポリゴンになってから、疎遠になってしまいましてねぇ……。
ともあれ、データロードした場合でUの戦いが終わった時に、こんなシーンもあったら面白いんじゃないかと構想を練り始め、書き上げました。
坊ちゃんは小説のティルで行こうか迷ったり、シエラの口調難しいとか思ったり、グレミオ台詞すらねぇよとか、一人ツッコミ入れながらの作業でしたが。
よく考えれば、10万とか全然関係ないような。空気読めてないような気がする。
これがKEEFさんの逆鱗に触れない事を、切に祈っております。
それでは、もう一度。
一周年&10万HIT、本当におめでとうございます!!
ALICEさん、ありがとうございました!
なんと、ALICEさんからは、一月半の間に三本もの小説を頂いてしまいました。しかも、今回は幻想水滸伝!
タァイムリー!!
私が「幻想水滸伝5」を終わらせた直後だけあって、感動もひとしおでございますよ!
実を言うと、「5」のエンディング(108星のその後)に、何人か1&2のキャラの名前が出ていたので、余計に懐かしく感じてしまいました。
シエラ可愛いよシエラ(´д`)ハァハァ。
幻想水滸伝のお話は私のとこでも何本か書いてますが、執筆スピードも内容の充実度も完全に負けてますww。うぬ、負けないように精進せねばな。
ALICEさん、本当にありがとうございました!