この俺、衛宮士郎は結構、忍耐強い方だと思う。正義の味方は泣き言なんて言っていられない。そう思っていたからなのか、それとも、他に理由があったのか。まぁ、ちょっとやそっとじゃ真剣に怒ったりすることは少ない。
だけど―――――こればっかりは譲れなかった。
「塩が一つまみ分、多い」
とか。
「あと二分煮るべきだったな」
とか。
「焼き色はまだまだ、か」
などなど。食事の度にぼそりと言われれば、少しずつその忍耐も擦り切れていった。
「……で?」
「何だ? はっきり言わなければ理解出来んが」
「じゃあはっきり言ってやる!」
夜になり、辺りが静まり返った頃。俺は目的の相手を呼び出し、睨み合っていた。その相手とは、言うまでも無く、鋭い眼を持つ赤い騎士。聖杯戦争という、不可解な事件の折に出会った、人ではない存在。
アーチャーの称号を冠した、戦友のサーヴァント。味方としては頼もしいのだが…………俺にはどうしても馴染めなかった。
「お前、何が言いたいんだよ?飯の度に、捨て台詞吐いてはすぐ消えて」
「私は助言してやっているつもりだが」
「大きなお世話だっ。俺はいつも最高と思える料理を出してる」
「確かに凛達は満足しているようだ」
「だったら―――――」
「だが、私の目から見ればまだまだ甘い」
「っ!」
少なからず自信のあった料理の腕前を、こうも馬鹿にされれば腹が立つ。しかも、コイツの目はずっとこう言っているのだ。
『私なら――――お前よりも皆を満足させる事が出来る』
と。
「ふん……。そこまで言うからには、お前の腕は確かなんだろうな?」
「不本意だがな。お前などとは比べるまでもない」
「言うじゃないか……!」
見下したように、アーチャーは言う。ここまではっきり言われては、もう引き下がれない。俺はキッと奴を見据えた。
「だったら!俺と勝負しろっ!」
「無駄な事だ。そんなくだらない事をやっている場合か? 今は――――」
「うるさいっ、俺にとっては大事な事だ!」
最近は桜にも追い上げられているし、遠坂の腕前も予想外だった。負けたままではいられない。それに何故か、コイツにだけは負けられない――――。そんな思いが沸々と込み上げてくるのだ。
「勝負は料理! どっちが皆に美味いと言わせるか!?」
「無駄だと言っているだろう。大体だな、そんなくだらん事を凛が許すと思うか?」
「―――――面白そうじゃない」
その声は後ろから聞こえた。振り向けば、目の前の相手と同じように、真っ赤な服を着た戦友の姿があった。
「と、遠坂……聞いてたのか?」
「ええ。最初からね」
いつものように髪をかき上げながら、遠坂はアーチャーの前へと立つ。
「いいじゃない、アーチャー。やってあげなさい」
「本気か、凛? こんな結果の見えている勝負は意味が無い」
「本気よ。貴方もまだ本調子じゃないんだから、そんなに急ぐ事でもないわ」
「しかし―――――」
「あら、本当は自信がないのかしら?」
挑発するかのような遠坂の口調に、アーチャーの双眸がスッと細められる。
「了解した。つまらん事だが、マスターの意思を尊重しよう」
その目は、俺に向けられていた。
「…………」
コイツ……やりやがった。今ので、仕方が無いという状況を作り出した。すなわち、マスターの命だから、やるしかないと。それは俺の逃げ道が無い事も意味していた。
「さて、もはや止めるとは言うまいな? 衛宮士郎」
「あ、当たり前だ! お前こそ覚悟しろよっ!」
「はいはい、今日はここまで」
手を叩いて、遠坂は俺達の間へ入る。
「それじゃ、勝負は三日後の夕飯。どっちが美味しいかを競う。これでいいわね?」
確認する遠坂に、俺は頷き、アーチャーは無言で肯定する。
「そ。まぁ審査員に困る事はないし。精々頑張ってね」
言うなり背を向けて家へと戻っていく。後に残されるは、相容れない二人。
「やれやれ、凛にも困ったものだ」
「ふん、よく言うぜ。ハナからこうするつもりだったんだろ」
「何を言う。私は仕方なく――――いや、もはやどうでもいい事だ」
鼻で笑って、赤い騎士は姿を消した。霊体化。姿は見えないが、確かにヤツはそこにいる。
「精々、足掻くがいい。結果は変わらんだろうがな」
その声が聞こえた時には、気配は全くなくなっていた。
朝食が終わって、のほほんとお茶を啜っているセイバーに問いかける。すると、セイバーはパチリと瞬きをしてから、
「今更何を言うのです、シロウ。私はいつも満足しています」
「そっか……」
微笑んで言ってくれるセイバー。その笑顔と言葉が、何よりも俺を奮い立たせてくれる。
「いや――――待てよ」
そんなセイバーをアーチャーだって知っている。にも関わらず、あの余裕だ。それを踏まえて、俺に勝ち目は無いとヤツは言った。
「となると……本当に真剣にかからないと……」
「シロウ」
「え? あ、どうしたセイバー」
「何かあったのですか? 今のシロウの目は何か迷っている」
「……まいったな」
セイバーには隠し事が出来ない。本当にセイバーは俺の心配をしてくれている。そこに、主従の関係が起因しているかなんてのは、愚問だ。
「あー……ちょっとな」
「では、話してください。私でも力になれるかもしれない」
姿勢を正してそう言ってくれる。まぁ、セイバーにも無関係じゃないし、ここは話しておくべきだろう。
「実はさ―――――」
俺は今までと、昨日の経緯を話し始めた。
「勘違いしてもらっては困る。私はやりたくなどなかった」
「よく言うわよ。私を利用しておいて」
所変わって。ここは衛宮邸の客室。つまりは凛の部屋である。
「で? 本当にアンタ、料理できるわけ?」
「……何だ、その人を馬鹿にしたような目は」
「だって、英霊が料理するなんて聞いた事ないもの」
確かに、武器ではなくエプロンが似合う英霊というのは凛でなくても嫌だろう。料理がとてつもなく上手くて英雄にまで祀り上げられた人間など、聞いたことがない。
「この身とて人であったのだ。料理の一つや二つ造作もない。一度、君にお茶を淹れた事があったろう」
「……そういえば、そんな事もあったわね」
「心配しなくてもいい。私はあの男にだけは負けん」
「アンタ……何か違う事、考えてない?」
呆れた顔で、凛はため息をつく。しかし、その心の中は暖かかった。
――――何だ、コイツも人間らしい所あるじゃない。
アーチャーはどこか冷静ではなかった。ただその一点が、凛には嬉しくて、誇らしかった。戦い、命を奪い合うだけの存在ではない。今の衛宮邸を作る環境が、その証拠なのだから。
悲しむべきは、凛はこの弓兵の目的を知らないし、知る由もないという事。
「凛、何をにやけているのだ」
「……へ?」
「何をにやけているのだ、と聞いた。全く、時折君がわからなくなる」
「なっ、何言ってんのよっ! にやけてなんてないっ!!」
「そうやってムキになるのがその証拠だろう」
やれやれ、とアーチャーは肩を竦める。彼自身も気付いてはいなかった。この地へとやって来た己が目的も、追い続けた理想も、決して忘れたわけではない。
しかし、ふと思ってしまったのだ。
――――悪くない、と。
ただ、悪くないと。そう思っている自分がいる事に、彼は気付いてはいなかった。
「ま、アンタがそう言うからには必勝なんでしょうけど」
「当然だ。君が召還したこの私は最強のサーヴァントだ。誰であろうと負けはしない」
「や、こんな事でマジになられても…………」
言葉とは裏腹に、頬を緩めてしまう。
「だから、何故にやけるのだ」
その傍らに立つ赤い騎士も、確かに微笑んでいた。叶わぬ願いを抱いてしまう程に。
――――ただ、こんな日常が続けばいいのに。。
そして三日後……。
「ふん、逃げずに来たか……」
「態度でかいな、居候のくせに」
「全くです」
「しかも赤いですね」
「うん、赤いねー」
「あのね、アーチャー。逃げるも何も、ココ衛宮君の家だから」
あ、ちょっとアーチャー、ヘコんでる。何か意外だな、こんな光景。
居間には、俺、セイバー、遠坂、藤ねぇ、桜、アーチャーの計六人が在席中である。アーチャーの外見には、藤ねぇも桜も唖然としていたが、またも親父の知り合いだと無理やり押し通した。まぁ、親父にも変わった所があったし、セイバーの時よりもすんなりと話が進んだ。ただ気になったのが、親父の名前を聞くたびに、アイツの顔が厳しくなった事。厳密に言えば、その雰囲気だろうか?
上手くは言えないのだが、何故か。そう何故か―――――痛々しかった。
「ええぃ、そんな事はどうでもよかろう。私がこの国へ来た目的を果たそうではないか」
「……というワケで、衛宮君も準備しなさい」
「おう、わかった」
答えて、俺も台所へと向かう。さぁ、ここからは真剣勝負だ…………って俺はいつも通りにするだけ。
「衛宮士郎」
「な、何だよ?」
「何を作る気だ?」
「いきなり敵情視察かよ…………まぁいいか。そうだなぁ……久々に肉じゃがでも」
「煮物か……。お前の煮物は精進が足りんというのに」
「う、うるさいなっ! 大体何でお前、和食に詳しいんだよ!」
「む、良い海老があるではないか。宝の持ち腐れとはこの事だ」
「シカトかよっ!!」
こ、コイツとはやっぱり合わないっ!!
「お前は何を作るんだよ?」
「ふむ……お前が煮物ならば、私は魚でも焼くか」
「ちょっと待て。俺も作ろうとしてたんだ。他のにしろよ」
「お前の指図は受けん」
冷蔵庫の中を物色していたアーチャーが手にしていたモノ。それは、豆腐だった。
「あっ、テメ、この野郎!何する気だ!?」
「見てわからんか、たわけ。吸い物を作るに決まっている」
「だからソレも俺が作ろうとしてたんだっ!!」
「ならばお前が違うのにすればよかろう」
「そんなバランスが崩れる事出来るかっ!!!」。
「……大丈夫でしょうか?」
「んー、いいんじゃないかしら。放っておけば」
「そんな無責任な……」
そわそわと台所を見る桜とは対照的に、凛は落ち着いたものだった。というか、慌てているのは桜だけで、セイバーも大河ものん気にお茶を飲んでいる。
「いいんですか? 先生もセイバーさんも。夕飯が無くなるかもしれませんよ?」
「心配には及びません、サクラ」
「そーそー。士郎に任せときなさいって」
黙って四人は台所を眺める。聞こえてくるのは口論と叫び声。しかし、それでもしっかりと包丁のまな板を叩くリズムは聞こえてくる。
「ふん、そんな事だから満足に剣も使えないのだ」
「うるさいっ!」
「ほれ、豆腐が型崩れしたではないか」
「あーもう!ちょっと黙ってろよっ!!」
「折角、忠告してやっているというのに……」
などなど。どう聞いても、いがみ合っているようにしか聞こえないのだが。
「……なんだか楽しそうですね」
「でしょー?」
「だから心配には及ばないと言ったでしょう」
「そうですね……」
静かに微笑んで。確かに笑って、三人は彼らを見つめていた。その中で、顔を顰めている人間が一人。タイガーこと、藤村大河である。
「どうかしたんですか?藤村先生」
「え? ううん、大した事じゃないんだけどね」
笑って首を振る大河に、凛は首をかしげた。
―――――何だか士郎が二人いるみたい。
その呟きは誰にも届かず、宙へと消えた。
「……………………」
「どうした、衛宮士郎。言いたい事があるなら言ってみろ」
悔しいが、アーチャーの腕前は俺よりも上だった。豪語していただけあって、味付けも焼き加減も見事としか言えない。
「はぁ…………意地を張っても仕方ないか。お前の方が美味いよ、クソっ」
「でも、士郎のも美味しいよー?」
「はい。さすが先輩です」
「っていうか、私はこうドドーンと一杯出てくるかと思ってたけど……」
遠坂の言いたい事はわかる。俺とアーチャー。それぞれの料理が出てくると思ってたんだろう。しかし、テーブルの上にはいつもと同じ量が人数分だけ。
「作りすぎてバランスが取れないと、食べる気もしないだろ」
「そうだ。メインに合ったものを作らなくては」
それだけが、ヤツとの共通点だった。結局、二人で作ったようなもんだ。
「やはりシロウの料理が一番だ。御代わりを」
黙々と食べ、茶碗を出してくるセイバー。とりあえず、文句がなくて良かった良かった。
「そうなんだよねー。なんかアーチャーさん? のも士郎と似たような味付けだし」
「うむ、それはこの未熟者に合わせたからな」
さらりと聞き捨てならない事を言いやがる。
「未熟者…………?」
「私の味付けをすると、お前の料理には箸が行かないだろうからな、感謝しろ」
「テメェッ、言わせておけば!!」
「見苦しいぞ、食事中だ」
俺の怒りを軽く受け流し、アーチャーは肉じゃがを口へと運ぶ。
「む、だからもう少し煮ろと言ったではないか。味が薄い所がある」
「………この野郎」
ムカツク奴だ。本っっっっっっ当にコイツとは相容れないらしい。
「それなら、アーチャーさん。士郎を弟子にしたら?」
「「は?」」
藤ねぇの言葉に、俺達の動きが同時に止まる。
「だからー、二人とも似てるんだから士郎もその内、アーチャーさんみたいになれるかもよ?」
その言葉に、俺はギギィッと首を動かし―――――
アーチャーも同じように俺を見据えて―――――
同時にこう言っていた。
「それだけは死んでも御免だ」」
(FIN)
というわけで、KEEFさんへと贈らせて頂いたFateSS『衛宮邸お料理戦争(笑)』でした。
いや、料理してる部分が全然無くて、しかもリクエストのドタバタってのも全然入ってなかったような気が…………orz
初めて書いたFateですが……まだまだキャラが掴めてません。セイバールートの聖杯戦争中で、こんな1コマがあったら面白いかもと思って書きましたが。
アーチャーが一番苦戦しました。凛ルートじゃマジで相容れませんが、他のルートじゃそうでもない印象を受けたので。特に桜ルート。
拙い短編でしたが、寄贈させて頂きました。満足……出来ませんよね?あはははは………orz
しかし、自分での精一杯の出来ですので、何とぞご容赦を(開き直りかもしんない)
KEEFさんの機嫌を損ねない限りは、また書けるかもしれませんww ではでは。いつまで経っても、まだまだ底辺に住み着くモノカキALICEでした。
ALICEさんより頂いた、20000ヒット到達記念ノベルでした!
いやぁ、面白かった! ご本人は『キャラが掴めてない』と謙遜されていますが、充分に伝わってきましたよ。機嫌を損ねるなど、とんでもない!
ご自身のサイト『空に舞う羽と雪』ではKeyネタを中心に活動されているのを知りつつFateをリクエストした私も失礼ですが(T▽T;)、それに応えていただいたALICEさんには本当に感謝です!
どうも、ありがとうございました!