儚くて美しいもの 2

ALICE様・作(ALICE様あとがき KEEF感謝コメント


 そろそろいいだろう。鍋の蓋を開けた瞬間、すごい量の湯気が立ち上った。
 その中身は、グツグツと音を立てて、俺達を急かしているようだった。

「美味しそうだね!」

「あはは、鍋なんて久しぶりね」

「父さん達が引越してからは、数えるほどだったし」

「家でも、そんなに多くはなかったですよ」

 それぞれに感想を述べながら、器に移していく。全員が満たされたところで、雪姉が缶ビールのタブを開けた。

「あ、お姉ちゃん。私が入れますよ」

「そーお? じゃあ、お願いね」

「綾人君は、私がやってあげるよ」

「ん、サンキュ」

 自分のコップに、なみなみと注がれていく液体。これが瓶だったりしたら、もっと雰囲気出たんだろうなぁ。などと、馬鹿みたいな考えが浮かぶ。ホントに馬鹿だ。

「んじゃ、楓もコップ。今日は飲め」

「えぇ!?」

「たまには付き合えって。コップ一杯でいいからさ」

「う、うん……」

「それなら、霞ちゃんも飲まないわけにはいかないわねー」

「……もう諦めてます」

 若干抵抗のある楓と裏腹に、既に霞のコップはビールで満たされていた。雪姉の隣だったのが、最大の間違いだったな。
 もっとも、仕方ないと云えば仕方ないのだが。

「綾と楓ちゃんの七周年を祝って! さぁ、一気!」

「「「乾杯は!?」」」

 フライングの宴の開始。
 そのツッコミは、抜群のハモリで入れられる事になった。


「ちょっと綾、楓ちゃんが居るからってペース遅いんじゃない?」

「あ、あのなぁ。今日ぐらい、ゆっくり飲ませろよ」

「……これでペース遅いの?」

「凄いですね」

 鍋をつつき始めてから、まだ一時間も経っていないのに、既に三本も空けている。

「あー、この人ビールだけなら底無しだからな」

「そんな事どうでもいいのよ。さぁ、飲みなさい!」

「わーったよ」

 答えて、残りを飲み干す。が、次の瞬間には元以上の量に増えていた。
 いや、構わないけどさ……今日の趣旨を理解してる?

「お兄ちゃんも強いんですね……」

「そうでもないけどな。お前だって、まだまだイケるだろ」

「わ、私よりもお姉ちゃんの方が強いですっ」

「へーそうなんだー」

「え、ちょ、霞!? あーっ、もういらないのにーっ!!」

 見事、スケープゴートにされてしまった楓。霞、お前案外酷いな。実の姉を売るなよ。
 とりあえず、無礼講なので放って置こう。
 一部始終を眺めつつ、俺は鍋から具を取って、また足した。

「あら、また空になっちゃった。取ってこよーっと」

「かーすーみー?」

「し、仕方なかったんですっ!」

「まぁまぁ。罰として、霞はノルマ二本に決定」

「そ、そんなっ!?」

「つーわけで、雪姉ー。あと二本追加ー」

「ラジャー!」

 一気に三対一。勝ち誇る楓と涙する霞。
 うーん、テンション高いなぁ……。いつもじゃ想像出来ないぞ、こんな二人。まぁ面白いから許されてしまう。酒の席ってのは、そんなもんだ。

「あ、しまった」

「どうしたの?」

「なんか忘れたと思ったら、ニラだ。道理で緑が足りないと思った」

「でも、十分でしょ? 他の具だって沢山あるんだし」

「それもそうだな。こら、霞。コップを持って何処へ行く?」

 気付かないとでも思ったのか。霞は見咎められた姿勢のまま、固まりつつ、

「お兄ちゃん……女の子にそれを尋ねるのは、失礼ですよ」

「それは悪かった。でも、コップは置いていけ」

「ふふ……霞……諦めた方が良いよ……」

「お姉ちゃん……怖いです」

 スゲェ邪悪な笑みで、妹を見る楓。ごめん。俺、今ちょっと霞に同意した。

「じゃあ、それを飲んで行けば問題無いわね」

 雪姉もさらりと、越えられない難関を定義する。段々と霞が可哀想になってきた。
 いや、もともと炊き付けたのは俺なんだけど……。

「わかりました」

「え?」

「の、飲めばいいんですねっ!?」

「え、あ――――――」

 意気込んで一気に―――――霞はソレを飲み干した。
 手は腰で。思い切りが良い……って感心してる場合じゃなくて!
 そして、ドンっとコップをテーブルに置く霞。顔を伏せたまま、何も言おうとしない。
 しばし、場が静まり返った。

「……霞?」

 楓が問いかけるが、返事が無い。酒乱の気は無かったと思うんだが……?
 そう思った瞬間だった。

「ッッ―――――」

「か、霞ちゃん!?」

 ガバッと顔を上げ、リビングから飛び出していった。そのまま、帰ってこない。

「……悪い事しちゃったね」

「大丈夫かな?」

「うーん……後で水持ってってやろう」

 霞が戻ってきたのは、それから三十分後だった。


「ほらほらー! 主役がそんなじゃ盛り上がらないわよー!?」

「ちょ、ちょっと待て……! おかしいだろ!? なんで俺だけ一缶丸々なんだよっ!?」

「大丈夫っ、綾人君なら生き残れるよ!」

「お兄ちゃんだけ飲まないのは、卑怯です!」

 三時間経過。皆、結構良い具合に出来上がっていた。
 ……酔っ払いの集会か、ここは。

「ふーん、あたしの酒が飲めないっていうの?」

「せめて大きめのコップ一杯!」

「ダメです。そんなの許されません」

 よっぽどさっきの事を根に持っているらしい。据わった目で、霞がズイと詰め寄る。
 くっ……か、楓は!?

「綾人君……」

「な、なんだ?」

「今日は……記念日なんだよ?」

「死刑宣告!?」

 形勢逆転。先ほどの霞の二の舞に成り下がっていた。

「「「さぁ!!」」」

「ぐ……クソ……ったれ!!!」

 そして、俺は覚悟を決めた。缶に口をつけ、一気に傾ける!
 流れ込んでくる液体を、喉を通していく。躊躇しない。止めたら無理。飲み干せ。飲みつくせ。
 コールが無いのが――――辛い。

「……っ……!」

 あ、ちょっと逆流しそう。それほど無様な事は無い。
 吐くなら、トイレ。じゃないと処理が大変だ。
 何で後始末の事を考えながら、飲まなくてはならないのだろう。
 矛盾した思考の中、俺はラストスパートをかけた。

「っっ!! どうだ、コラァ!?」

「え? まだ足りない?」

「言ってねぇぇぇぇぇ!! うぇっ……無理」

 笑顔で二本目をチラつかせた雪姉に、心の中で毒を吐きつつ、俺はトイレを目指した。


「あー……クソ……」

「おかえりー」

「って、おい」

「ん?」

「なんだ、この有様」

 しばらくしてリビングに戻って、俺は呆然とした。仲良くコタツにくるまって、神崎姉妹が寝息をたてていた。

「まぁまぁ、頑張った方でしょ。これ以上は酷ってもんよ」

「それはわかるが……一体、今日は何だったんだよ?」

 手酌している雪姉に、俺は項垂れて問いかけた。
 出会って、約束して、七年目の記念日。しかし、阿鼻叫喚の宴と化していた。
 もっとこう……。

「しっとりと過ごしたかったって?」

「まぁ……」

 そんな柄じゃないのはわかっているが。楓はそういうのが好きなんじゃないかと、思っていたのだ。

「でも、楓ちゃんが望んだのは、こういうモノなのよ?」

「え?」

 ぽつりと呟いた雪姉の言葉に、俺はその顔を上げた。

「楓ちゃんは、こんな風に騒いだりした事無かったから」

「そ、そんな事無いだろ? 翔子とか由美達と遊んだ事だって―――――」

 不意に、俺は言葉を止めていた。雪姉が……とても悲しく微笑んだから。

「いつか……こんな瞬間に巡り合えるといいね」

「何言って……」

「綾が待ち続けてれば、きっといつか叶うから」

「だから、何言ってんだよ!?」

 わけがわからなくなって、ついに俺は叫んでいた。しかし、雪姉は悲しげな表情のまま、静かに笑う。

「もう朝が来ちゃう」

「はぁ? さっき日が変わったところだろ」

「朝が来れば、この世界も消えちゃう。だから……」

 そう呟いた瞬間に―――――世界が消えた。

『きっと……もうすぐ会えるから』

 酷く懐かしい声で、『俺』の視界は黒で塗りつぶされた。

 目を開ければ、朝だった。何も変わらない、いつもの部屋。
 自分のベッドで、俺はその身を起こしていた。

「…………あれ?」

 我ながら、間の抜けた声が零れ出た。頭は全然痛くない。二日酔いを覚悟していたのに。
 むしろ、好調。すぐにでも、かかり稽古ぐらい出来そうだ。

「……やっぱ、か……」

 低い声で、呟く。全て覚えていた。
 頭の何処かでは、確かにわかっていたのだ。求め続けていた、小さな幸せ。
 決して、大仰なものが欲しかったわけじゃない。平凡で、どこにでもあるようなもので良かった。
 それすら―――――夢でしか叶わない。

「……楽しかったなぁ」

 俺の知らない楓がいた。でも、あの頃のままの楓がいた。幸せそうに笑っていた。俺も……楓も。

「…………」

 もう一度ベッドに倒れこみ、目を覆う。
 ため息一つ。
 あのまま―――――夢の中に居られたら。

「―――――なんて言ったら、怒るよな?」

 お前はずっと夢を見てるんだから。

『きっと……もうすぐ会えるから』

 あれは誰の声だったんだろう?
 楓でも、霞でも、雪姉でも無かった。でも、いつか聞いたような、懐かしい声。

「うっし」

 反動をつけて、起き上がる。
 夢でもいい。嘘でもいい。それらはいつか薄れて、忘れてしまう。でも、現実は色褪せない。
 形は変わっても、醒める事は無いから。

「今度は……もっとペース考えてやろうな」

 俺にしかわからないかもしれない。再現する事は、難しいかもしれない。
 けれど、楓が望んだ事があの夢であるのなら。

「さ、朝飯の用意だ」

今日の朝は、いつもよりも気合が入った。

(FIN)

▼ ALICE様あとがき

 えーと、コレが最初に考えた方のSSです。
 何でしょう? 雪姉がいれば雰囲気も明るくなるんですが、神崎姉妹が出ると悲しくなります。
 わざわざ、「その先」をリクエストしてくれたKEEFさんには、とても申し訳なく思っております。
 一回読んだだけでは、理解できない内容ですが……。本編が終われば、こんな感じに収まるかと。
 冬はともかく、ほのぼのには出来ませんでした。いつもシリアスっぽいものになってしまう……。
 やはり二本目の方が楽しめるんじゃないかと。雪姉のキャラが最大の救いですね。
 個人的には、結構書き易かったんですけどねぇ。壊滅的なまでに、一人称しか書けません。
 おそらくKEEFさん以外の方には、「なんだよ、コレ?」と唾を吐きたくなるようなSSですが、少しでも興味を持ってくれれば、有り難いです。いや、ホントに。
 では、KEEFさん。この度は、50.000HITならびに、一周年!
 本当におめでとうございます!!

▼ KEEFコメント

 はい、ALICEさん、ありがとうございました! 当サイト50000ヒット記念に頂いたニ作の、一作目でした!
 いや〜、まさか二本も頂けるとは思ってなかったので、感謝感激雨あられでございます! (>▽<)/。・。・°★・。・。☆・°・。・°
 今回は、ALICEさんの大長編オリジナル+クロスオーバー作品「その先」より、リクエストさせて頂きました。お応えいただいて、本当にありがとうございました! (>▽<)/。・。・°★・。・。☆・°・。・°
 夢を見ているとき、そこが「夢」の中なのだと自覚できる夢を「明晰夢」といいますが、綾人にとって今回の明晰夢が、彼にとって前向きな行動の源にすることが出来ればいいですね。楓の望んだ夢が、幸福に実現されることを、願わずにはいられません。