センチメンタル・グラフィティ

1998年1月22日発売/NECインターチャネル/(せつなさ大炸裂)点

 思えば、このタイトルを巡る発狂的な大騒ぎから、もう年経つんですね。

 本作の発売前半年間の熱狂は、最初に恋愛シミュレーションというジャンルを確立した「ときめきメモリアル」発売後の騒動以来の熱気だったと思います。
 最初は本作のイメージイラストが発表され、パソコン通信のとある会議室でそれが話題になったことから始まりました。
 1997年といえば、まだまだネットは一般的なものではなく、本作のことも、最初は海中を深く流れる海流のような「噂」に過ぎませんでした。
 しかしそれらは確実に勢いを増し、キャラクターデザインを担当する甲斐智久氏の魅力的なイラストや、「幼馴染と会うために全国を回る」という斬新な設定、頻繁に行われたPRイベントやコンサート、発売前から始まったラジオ番組「センチメンタルナイト」、声優の半分を一般公募し「うさぎ組」として売り出すなどの強力な販売戦略が、「ときメモ」の後継者としての本作への期待を、いやがうえにも膨らませていきました。

 本作発売前の異常人気が初めて世間の脚光を浴びたのは、本作の予告編にあたる「センチメンタル・グラフィティ ファースト・ウィンドウ」の発売の時です。
 3万本限定生産のこの「予告編」に、一気に10万本もの予約が殺到、ネットとは縁の遠かった一般プレイヤーをアッと言わせました。

 その後、本作の設定やシステムが発表されるたびに、どう考えてもまともなゲームにはなりえないことは明らかで、ヘビーゲーマーたちは段々と興味を失っていきましたが、一度火のついたブームそのものを抑えることはできませんでした。
 ゲーム発売前だというのに、次々と発売されるキャラクターグッズやイメージソングなどは売れに売れ、一説によると、本作発売以前のグッズの純利益だけで数億円に及んだと言います。

 その異常な前人気に圧し掛かられる形で、発売予定日が延期に延期を繰り返していた(当初の発売予定日は1997年夏だった)肝心のゲームのほうは、既に内容が明らかになった発売直前には、その無理のあるシステムやチープな画面、イメージイラストと全く異なる画面内のキャラクターなどですっかり熱も冷え切り、「これだけ儲かったんだから、ゲームを発売しないほうが良い結果になるのでは」という声も上がる中、年を改めてようやく発売。
 大方の思惑通り、ゲームは散々というか、ぶっちゃけ大変残念な内容でしたが、それでも20万本を越えるセールスを記録、サターン後期の最大のヒット作になりました。

(というか、本作のプロデューサーである多部田俊雄氏という人が、役職の頭に「地獄の」とつけても全く差し支えの無い、ゲーム黎明期から現在に至るまで、ダメダメな前科がありまくる人(特に「モンスターメーカー」のファンに対して)のため、それを知っている一部のプレイヤーは最初から期待なんかしてなかった)

 とにもかくにも、あらゆる伝説を残した、ゲーム史に残る(残して良いかどうかの是非はともかく)一本であることに間違いはありません。

 はっきり言って、ゲーム内容には触れずにこのまま終わったほうが、誰も不幸にならないハッピーエンドだとは思うのですが、やっぱりそういうわけにもいかないでしょう。
 発売前の熱狂が伝説なら、ツッコミどころしか存在しないゲーム内容も、あらゆる意味で伝説級だからです。

 主人公は幼いころ、両親の都合で引越しを繰り返し、全国を回りました。
 その地その地で運命的な出会いを繰り返し、高校生になってようやく落ち着いた生活を手に入れます。
 そんな高校三年の夏休み、差出人不明の一通の手紙が届きます。
 内容はただ一言、「あなたに会いたい……」
 主人公に心当たりがあるのは、全国に点在する12人の「幼なじみ」。
 果たして、手紙の差出人は誰なのか? 主人公は、彼女の思いをかなえることが出来るのか?
 こうして、愛の全国行脚が始まる……。

 もうなんとういうか、地方にいる複数の幼なじみとの遠距離恋愛を正当化するためだけに作られた、めちゃくちゃ不自然な設定ですが、そんなもんに突っ込んでいたら、とてもじゃないけど本作はプレイできません。本作の真に不自然なところはここからです。

 ヒロインの女の子たちが、真っ黒な背景の中で、無表情のままで完全に意味不明なポーズをしていたり、無表情のままで水のないところを泳いでいたり、無表情のままで暴風の中を踊っていたり、無表情のままで雨に打たれ(以下略)。
 電源入れていきなりこの仕打ちです。「暗黒太極拳」「暗黒舞踏会」「不思議な踊り」と散々に言われたオープニングムービーですが、これらの言葉が誇張も過不足もなく、最も適切に内容を説明しています。

 ……というか、もう何もかも前衛的過ぎて、「宇宙からのメッセージを受信した製作者が、周囲の良識者をなぎ倒して、興奮に息を荒げ、髪を振り乱して我を忘れて作った」くらいしか、このムービーの意味するところを、自分に納得させる理由を思いつきません。
 それくらい、完璧に意味不明で、まったく脈絡なし。ある意味、ゲーム業界に輝く偉業ですらあります。

 手紙の主を探し出すために、主人公は週末のたびに全国を回ることになるのですが、そのための交通費を稼ぐところからもうゲームです。
 考えてもみてください。学校に通いながらバイトに励み、週末には野宿しながらバスで全国をまわる高校生。
 そんなヤツいねぇよ! 確実にいねぇよ! さいとうたかをの「サバイバル」にだって出てこねぇよ!
 これだけサバイバーな生活を送る主人公が各地で出会うヒロインにしたって、全くと言っていいほど「地方色」なんてありゃしません。全員が全員、まあ流暢な標準語で喋ります。これならまだ、札幌のことを観光案内機械のように詳細に説明口調全開でしゃべり続ける「北へ。-WhiteIllusion-」の春野琴梨ほうが、よほど地方色に溢れているといえます。
 あ、「りゅんりゅん♪」って喋る、えみりゅんとかいう宇宙人ならいましたが、あれはヒロインに分別したらまずいだろ。

 要するに、無理に全国に配置しなくても、一つの学校に詰め込んだほうがよほど普通にギャルゲーとして成立するんですよ。例の宇宙人以外は。だって、私の出身である広島県にも「七瀬優」というヒロインがいますが、あんまり嬉しいとも思いませんでしたし。
 しかも、みんながみんな典型的なギャルゲー要素を詰め込んだだけの安直な造詣で、また「手紙」を出してきたのは一人だけのはずなんですが、そんなことお構い無しで、みんな最初からラブラブ光線全開照射。
 ゲームとしていちばん活用しなきゃいけないはずの部分がすでにクリア済みという、これまた無茶に安易な設定。
 恋愛ゲーにこういうことを突っ込むのも無粋ですが、幼稚園のときに分かれた「幼なじみ」に十数年ぶりに会って、普通いきなり抱きつくかぁ?

 ヒロインには二種類のパラメータがあり、会って話をすると「信頼度」が、長らく会わないでいると「せつなさ度」が上がっていきます。あまりに長いこと放って「せつなさ度」が上がりすぎると、ヒロインたちは留守番電話をかけてくるのですが、それでも放っておくと「せつなさ炸裂」(スゲェ響きだ)となり、その女の子とのエンディングを迎えられなくなります。

 君らよりよほどプレイしてる私たちの切なさのほうが、よほど炸裂しているがな。

 最後は、一番信頼度が高い女の子が「手紙」を出した当人ということに「され」、その女の子とのエンディングとなります。あきらかに無理やり後付けな既成事実なんだけど、いいのかそんなんで?

 明らかにゲームの出来としては三流なんだけど、やはり一度いい思いをすると忘れられないのか、本作の後、二匹目、三匹目のドジョウを狙って、「センチメンタルジャーニー」「センチメンタルグラフィティ2」「センチメンタルプレリュード」等の続編が発売されましたが、あの熱狂を再び目にすることはありませんでした。
「センチメンタルグラフィティ2」に至っては、本作の主人公の葬式の場面から始まるという、前代未聞のはっちゃけぶりでした。
 インパクトのあるイントロを用意したかった気分は分かるんですが、都合で殺される主人公というのも、なかなかいないと思います。
 ゲームの内容はイマイチでも、宣伝に金をかければどんなものでも売れる。広報活動の大切さを最も大きな形で体現した、恐らく最初で最後の一本ではないかと思います。

(2008.01.14)