黒の断章

1997年8月8日発売/OZクラブ/94点

都内某所。入居者数がそろわないままの不景気なマンション。
互いの顔さえ知らぬ入居者達。突如起こった一家惨殺事件。
好奇心から事件に巻き込まれる探偵、涼崎すずさきと草薙。

そこには何の関連も──あるはずが無かった。

合衆国メイン州リヴァーバンクス、ベルテインの夜、廃教会、ミスカトニック大学、ナコト写本。
ヴェイリウム、放射線炭素測定、ヘルズ・ハーフエイカー、YESかNOか。

──黒の断章──

そこには何の関連も──あるはずが無かったのだ。


 本作は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが創作し、後に数々の作家によって構築された神話世界「クトゥルフ神話」をストーリーのベースに敷いた、アボガドパワーズ渾身の一作。
 PCソフトからの移植作で、アダルト色の濃い、非常に濃密なストーリーを持つアドベンチャーです。
(元々PC版は18禁でしたが、サターン版が予想以上に売れたため、このサターン版をベースにアダルトゲームとしてアレンジしなおし、PCに逆移植されました)。

 とにもかくにも、そのストーリーのダークながらも濃密な雰囲気・内容と、非常に綺麗なグラフィックの組み合わせが素晴らしいです(グラフィックに関しては、少々好みが分かれるかもしれませんが)。
 私は当時、クトゥルフ神話については知識が皆無であったため、本作の楽しみどころの半分以上を逃していたことが残念でなりませんでしたが、改めてプレイしなおしてその面白さを実感。

 ストーリーは、豪華だけれども寂れたマンションで起こった殺人事件から、主人公・涼崎聡が起こした6年前の事件へ、そして「クトゥルフ神話」と「ネクロノミコン」というオカルト好きにはたまらない要素が詰め込まれたアメリカ編へと続きます。

 この作品について一番素晴らしいのが、声優の起用がバッチリはまっていること。ここまでストーリーに自然に溶け込む声の演技も珍しいのではないかと思えるぐらい良い出来。
 しかも、アメリカ編では全員台詞が英語なんですが、外国人キャラクターを担当する声優は全員ネイティブのアメリカ人。
 ドイツ語訛りの英語もきちんと再現していて、日本人である主人公・涼崎聡もちゃんと英語でしゃべるという徹底振り。
 出来がちょっとでも微妙だと、「日本のアドベンチャーなんだから日本語で喋らせろ!」と怒るところなんですが、本作に限っては真逆に「よくやった!」とスタッフの頭をナデナデしてあげたいくらいです。
 後で聞けば、わざわざアメリカまで行ってレコーディングしたせいで、開発費がかさんでしまい、採算分岐点が上がってしまったのだとか。
 結果的に、けっこう売れたものの、高騰した開発費を挽回できるところまでは届かず、結局、本作は赤字だったらしいです。
 これも人気が高い続編「ESの方程式」が、(セガのゴーサインが出たにも関わらず)サターンに移植されなかったのは、徹底した作りこみを望むスタッフが、「黒の断章」の二の舞(作りこんで、それなりに売れたのに、赤字)を恐れたからだそうで、アボガドパワーズがこのシリーズを非常に大切に扱っていることが良くわかります。
 某格闘ゲームの製作スタッフに、その爪の垢を百万トンくらい一気飲みさせてやりたいです。

 キャラクター、ストーリー、音楽と、とりたてて不満がない本作ですが、やはり前述のように「クトゥルフ神話」の知識がないと、基本的に面白さが少々削がれてしまうのが非常に残念。
 基本的にはコマンド総当りで進めるものの、原作を知らないアニメのゲームをやっているようなもので、濃密な設定や濃いキャラクターは、それを知っていることを前提に構築されているので、(知らなくても十分面白いんですが)やや魅力が下がるかも。なにせ、本作中には「クトゥルフ」に関する記述が殆どないもので。

 ちなみに、「クトゥルフ」という読み方は、ラヴクラフトがつけた「Cthulhu」という単語の、数ある読み方の一つでしかありません(本来、「Cthulhu」とは、人間では発音不可能な単語を無理やりアルファベットに置き換えたものだそうです)。
 当然、日本でも「クトゥルフ」の他に、「クトゥルー」「クスルー」「クルウルウ」「トゥールー」「チューリュー」「九頭龍」等、数々の読み方が提唱されています。中にはなかなか無茶なものもありますが、特に荒俣宏が提唱した「ク・リトル・リトル」は、原語をどうひねくりまわしても絶対に読めないと思う。
(「佐藤」を「カッパーフィールド」と読ませるような感覚だ)

(あと、これをれを語りだすとキリがないし、ゲームには直接関係がないような気もするので、ここで語るのは反則なようで恐縮ですが、私はオーガスト・ダーレスの業績については、基本的に否定派です)

(2006.11.13)